日本は防衛費GDP1%枠を守れるか オバマが去り悪夢のトランプやってくる
「民主主義はあなたたちの肩に」
米大統領選のキャンペーンで同盟国の日本に在日米軍駐留経費の全額負担をちらつかせたドナルド・トランプ共和党候補の大統領就位式(1月20日)が近づいてきました。トランプは「一つの中国」政策に疑問を唱えるなど中国に対し強硬姿勢を突きつけています。
オバマ米大統領の広島訪問、安倍晋三首相の真珠湾訪問で絆を強めた日米同盟の運命はどうなるのでしょう。
安倍首相がこれまでの憲法解釈では認められていなかった集団的自衛権の限定的行使容認に踏み切ったことで、中国にG2(米中対話)を呼びかけるなど煮え切らなかったオバマ大統領も日米同盟を一気に深化させました。
米国初の黒人大統領オバマも55歳。10日、2期8年の任期を締めくくるスピーチを地元シカゴで行い「あらゆる面でアメリカはより良く、強い国になった」と振り返りました。そして「民主主義はあなたたちがあって当たり前だと思ったとき、脅威にさらされる」とトランプ大統領誕生に備えるよう訴えました。
オバマが米国の民主主義を脅かしていると挙げた脅威は3つです。(1)経済格差(2)人種間の断絶(3)事実に基づかない意見が横行する社会への後退です。
風前の灯火のオバマ・レガシー
2001年米中枢同時テロの首謀者ウサマ・ビンラディン殺害以外の、オバマケア(医療保険制度改革)、キューバ国交回復、イラン核開発や地球温暖化対策の合意といったオバマのレガシー(政治的遺産)はトランプ登場でどうなるか、まったく分からなくなりました。
先の大統領選で敗れたとは言え、民主党のヒラリー・クリントン候補の得票率は48%。トランプの46%を上回りました。その意味でオバマの8年間は米国の有権者に評価されたとも言えますが、聴衆に「あと4年、大統領を」と求められて「それはできないよ」と答えたり、涙を拭ったりするオバマの姿は上滑りしているようにも感じました。
プーチンの「有益な愚か者」
一方のトランプ。ニューヨークのトランプタワーで11日、300人以上の報道陣を集めて記者会見を開きました。ロシア情報機関がトランプのセックススキャンダルをつかんでいる報告書が存在すると報じたCNNの記者を「あなたのところは偽ニュース」と遮る場面がテレビに大写しとなり、世界中に報じられました。
トランプは少なくともロシアのプーチン大統領にとって「有益な愚か者(『役に立つ馬鹿』とも言う。ロシアのシンパで、知らないうちに利用されてしまうのでロシアの情報機関からも馬鹿にされている人たちのこと)」の1人であるのはもはや疑いようがありません。
セックススキャンダルの報告書暴露は、米露が接近し欧州の安全保障が一気に不安定化するのを防ぐために、人気スパイ007で有名な英情報局秘密情報部(MI6)が仕掛けたカウンターインテリジェンス(防諜活動)でしょう。この手の情報は国家機密に関するため報道する前に当局にお伺いを立てなければならない「Dノーティス」の対象です。
「Dノーティス」が解除され、ジョン・マケイン米上院議員にトランプがロシアのアセット(協力者)になっている恐れを示す報告書の存在を伝えたアンドリュー・ウッド元駐モスクワ英国大使も英メディアのインタビューに次々と応じています。
こうした状況を見ると、これは英国情報コミュニティー了解の上で仕掛けられた防諜活動に違いありません。筆者はウッド元大使から何度も取材したことがあります。インタビューが終わったあと握手を求めると「ここは敷居の下だから握手すると永遠の別れになるかもしれず、縁起が悪い。少し外してしよう」と教えられました。
北方領土交渉に前のめりになる安倍政権について尋ねたときも「ロシアは常にすべて謎のまま終わるんだよ」と煙に巻かれてしまいました。石油・天然ガス利権に絡んでロシアべったりの大使経験者もいる中で、ウッド元大使は軽率なところがない慎重な外交官です。
日本メディアは今回の報告書を真面目に受け止めていないようですが、メイ首相の訪米とトランプとの首脳会談を今月下旬に控えるこの時期に暴露された報告書は英国の情報機関と外務省がトランプとプーチンの間に楔を打ち込む乾坤一擲の大勝負だったと筆者はみています。
中国、日本、メキシコを名指ししたトランプ
トランプの最優先課題は「米国史上、最も多くの雇用を生み出す大統領になる」ということです。そのために選挙キャンペーンの時と同じように次のポイントを強調しました。
(1)工場を国外に移して製品を米国に逆輸入して販売する場合には高い国境税をかける。製薬会社は特にひどい
(2)不法移民の流入を防ぐためにメキシコ国境に壁を築く。費用は後でメキシコ政府に支払ってもらう
(3)中国や日本、メキシコとの貿易不均衡を解消する。中国は南シナ海に巨大な要塞も作っている
(4)米大統領選を狙ったサイバー攻撃はロシアがやったと思う。プーチン大統領が私に好意を持ってくれているなら「負債」ではなく「財産」だ
米国の製造業を衰退させた原因として、トランプは対米貿易黒字を積み上げる中国(3671億ドル)、日本(689億ドル)、メキシコ(606億ドル)を名指ししました。ドイツ(748億ドル)が抜けているのが不思議ですが、中国、日本、メキシコは対米貿易黒字が多い順なのです。
安全保障面で米国は、過激派組織ISや国際テロ組織アルカイダ、北朝鮮の核・ミサイル開発に加えて、ロシアと中国の両方を仮想敵国として国防計画を立てることができるほど経済力も財政力も強くありません。
国内の雇用を回復させるためには中国を叩くのが最も手っ取り早く、ロシアに宥和政策をとり、中国を追い込んでいく姿勢を鮮明にしています。
安全保障のジレンマ
トヨタや日産など自動車メーカーに対する影響も心配されますが、最大の懸念は米露接近が顕著になる中、日米同盟の行方です。
「安全保障のジレンマ」 という言葉があります。同盟国に見捨てられてしまう恐怖心に駆られて同盟関係を強化すれば、同盟国の戦争に巻き込まれてしまうリスクが高まるというジレンマです。
安倍首相もトランプもプーチンとの関係は良好で、いずれも経済力だけでなく軍事力もつけてきた中国への警戒心を強めています。秋の共産党大会での再任を控える中国の習近平国家主席を台湾問題など核心的利益に絡んでむやみに刺激すると南シナ海や東シナ海がフラッシュポイントになる恐れもあります。
日米両政府は日本側が16~20年度の在日米軍駐留経費のうち9465億円(133億円増額)を負担することで合意しています。平成28年(16年)度の在日米軍駐留経費は1794億円、平成29年(17年)度は2039億円です。日本の負担率は02年の時点で74.5%に達しています。安倍首相がトランプの圧力で駐留経費の負担率をさらに増やすと防衛費の国内総生産(GDP)1%枠を守れなくなるリスクが生じます。その一方で、米中間の緊張が高まることも心配しなければならなくなるでしょう。
(おわり)