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台湾に登場した世界で唯一の月経博物館(1) 若者の訴える「月経の公平」とは?

田中美帆台湾ルポライター、翻訳家
生活感たっぷりの路地にある月経博物館。月経も日常のひとコマなのだ(撮影筆者)

2か月に一度行われる梱包&発送

 「今日の目標は505セットです」

 2023年9月29日朝9時半。台北市内の細い路地にいた。なじみの顔ばかりなのだろう、路地を歩いていると、そこかしこであいさつが聞こえる。目的の建物の右はドリンク店、左は朝ごはん屋さんで年配の女性たちが立ち話をしている。

 台北には少なくなった昔ながらの路地に「小紅厝月經博物館」はある。世界で唯一の月経をテーマに、台湾にできたこの博物館では、2か月に一度、生理用品の梱包作業が行われる。梱包された生理用品は、台湾全土で600人を超える18歳までの女子に届く。経済的な事情でナプキンが十分に買えないといった課題を抱える「生理の貧困」は、今やジェンダーギャップ世界ランク2位の台湾にもある社会的な課題だ。

 この日集まったボランティアは筆者含めて8人。3人は昼まで、残る5人は終日作業を行う。博物館自体は休館日で、台湾の古い建物によくある縦に伸びたフロアに、大きな段ボールに詰められた大量の生理用品が並んでいた。スーパーの商品倉庫でないと見かけない量の段ボールを前に、参加者がそれぞれ自己紹介をして、作業の説明を聞く。

 まずは段ボールから生理用品を取り出すことがスタートだ。個包装に分けて、長机の上で一つずつセットしていく。だが、その作業は単純ではない。

 というのも、生理による経血の量は、個々人で違う。小紅帽が送るセットは4種類。経血の量で、非常に多い、多い、標準、少ない、に分けて、梱包するナプキンのサイズを変更せねばならない。標準で17.5cm、23cm、23cm、28cmを各1、それにウエットティッシュ2つとレターを加えて1セット。これらを紙袋に詰める。

 段ボールから個包装にバラしていく人、ナプキン4種を紙袋に入れる人、ウエットティッシュとレターを入れる人、品物が入った紙袋を閉じてシールを貼る人に手分けして、流れ作業で進めていく。

 筆者はナプキンを紙袋に入れる作業を担当した。メーカーによって個包装の大きさが違ったり、手にした感覚が違ったりして、案外、バランスが難しい。事前の説明で「大小、小大、と重ねるといいですよ」と聞いていたので、その通りに置いていく。

 筆者の場合、毎月使用するブランドは決まっていてあまり冒険したことがない。それは作業する皆も同じだったと見えて、作業しながらも「へえ、こんなのもあるんですね」「薄いから携帯に便利というコンセプトらしいですよ」などといった情報交換がなされる。

 紙袋1セットが、1人のひと月分にあたり、2か月分をまとめて渡すことになっているという。受け取る彼女たちが不安なく過ごせるように願いつつ、作業を進めていく。

包装し終わった生理用品の山。ひと袋が一人の1か月分(撮影筆者)
包装し終わった生理用品の山。ひと袋が一人の1か月分(撮影筆者)

 朝9時半から12時半までの3時間、ほとんどノンストップで作業は続いた。立ちっぱなしだったからか、「疲れたでしょう?」と声をかけてもらったものの、不思議と疲労感はなかった。むしろうれしかった。それは、誰かの不安を打ち消すであろうことが明確だったからかもしれない。誰かの役に立てるのは、こんなにも清々しいことなのかと思った。同じように思ったのかはわからないが、この日参加したボランティアの中には、5回連続で作業に加わった、という猛者?もいた。

 参加者たちは、博物館を運営する「小紅帽」(赤ずきん)のSNSアカウントをフォローしているという。作業前の自己紹介で「ずっとフォローしていて、今日は予定がなかったので思い切ってきてみました」という声が複数からあがった。そういえば作業説明の冒頭で「まずはここにやってきた自分を大いに誉めてください!」と皆で拍手したのを思い出した。

台湾における「生理の貧困」

 一般に生理期間中、使用するナプキンの枚数は20枚ほどが目安とされ、特に経血量の多い初日から3日目までは2〜3時間おきに交換することが推奨されている。ところが、小紅帽の調査ではコロナ禍で経済的に追い込まれた事例が報告されている。

 「コロナで私と弟はバイトできなくなり、家の経済的な負担を助けられなくなりました。母の経血量はかなり多く、20〜30分ごとにナプキンを取り替えなければなりません。母に使ってもらうために、私は1日に3回しかナプキンを交換できません……」

 たとえ手元に不足なく生理用品があっても、ホルモンバランスが崩れて生理中は精神的に不安定になるのが常だ。にもかかわらず、彼らには自由に交換できない負担がのしかかる。加えて、不衛生にもなると思うと、読みながらいたたまれない気持ちになった。

 小紅帽が梱包した生理用品は、橋渡し役となる学校や提携機関へ送られる。まず仲介役となる担当者から、送付数やサイズに問題ないか本人確認してもらい、その結果が小紅帽にフィードバックされ、次の送付で微調整するという。

 日本でも「生理の貧困」はここ数年、少しずつ話題になり始めている。

 きっかけのひとつは、2021年に行われた「日本の若者の生理に関するアンケート調査」である。オンラインを通じて得られた回答数は773。大半が20代前半で、四年制大学に在籍していた。アンケート回答から「学生の5人に1人が生理用品の入手に苦労」する実態が明らかにされた。コロナの影響でさらに厳しい状況に追い込まれた人も少なくない。

 内閣府では2021年5月から過去3回、地方公共団体の取り組みを調査している(参考リンク)。初回の調査で、生理の貧困に係る取り組みを実施している、と答えた地方公共団体は255。その大半は防災備蓄から調達、つまりは用途転用されたものだった。2022年7月に行われた第3回の調査では、それが715団体に増え、予算措置による対応へと変わっている。

 防災備蓄は防災備蓄で必要だが、被災時にだけ生理がやってくるわけではない。一般に毎月1週間ほど、女性の体に訪れる生理現象として、初潮を迎えた10代前半から閉経する50歳前後まで30〜40年、そのうちの約10年、女性の体は生理期間なのだ。これを日常と言わずして何なのだろう。

同じ生理現象のはずなのに

 考えてみれば不思議なことだが、ヒト科ヒトに生理現象としてある大小便については、公共施設であろうと私企業であろうと、トイレにはたいていトイレットペーパーが設置されている。これは「誰にでも起きること」という社会のコンセンサスがあるからだ。

 それに対して生理/月経はどうだ。もしも生理が生理現象として認識され、トイレットペーパー同様にすべてのトイレに生理用品が設置されていたら、経済的要素に左右される状況はかなり軽減される。

 小紅帽では、「小紅帽的月經友善地圖」(拙訳:赤ずきんの月経協力者マップ)として、台湾全域における、生理用品を無償提供する店舗や施設の場所などをまとめている(リンク)。今年2月には、協力先が60店舗増えた。4月7日現在で「578」の協力先がある。

協力者マップのトップ画面。標準搭載アプリでアクセスできる。
協力者マップのトップ画面。標準搭載アプリでアクセスできる。

 協力のあり方は、トイレの使用許可や無償ナプキンの提供から、経血で汚れた衣服の着替えの提供、カイロの提供、生理中によいとされる食事や飲み物の提供など、さまざまだ。協力先は台湾北部が多く、南部や東部はこれから、といった状況にある。日本人としては観光スポットに常設を求めたいところだ。

 日本では、2016年に個室トイレに生理用ナプキンを常備し無料で提供するサービスとして「OiTr(オイテル)」がスタートしている。設置されている場所がアプリで確認できるため、筆者の友人の子は実際に利用し「助かった〜」といって帰宅した、と聞く。トイレの個室すべてに生理用品が設置されていれば、コントロールできない生理現象との向き合いはもっとずっと楽になるのではないか。

日台に共通する生理のタブー視

 生理用品に関して、日本と台湾で共通する慣習がひとつある。

 「生理用品を買った際、紙袋や中身の見えない黒いビニールに入れて渡される」こと。小紅帽の取材を始めて、あれこれ資料を読んだり考えたりしているうちに、その慣習が持つ奇妙さに気づかされた。

 なぜ、わざわざ、隠さねばならないのか。

 日本では最近、レジ袋の提供がなくなったことで、そのまま渡されるケースも出てきたという。台湾では今も生理用品を買うと必ず「紙袋に入れますか」と聞かれる。筆者は今回の取材を経て「ありがとう。そのままで結構です」と答えるようになった。

 内閣府の調査結果を読んでいて、こんな一文に出会った。

 「生理用品が手元になく、困っている子どもたちから相談があった場合は、緊急用として保健室で配付する対応を行っているが、生理のことを口に出せない、保健室に生理用品を取りに行くことに抵抗を感じる生徒への配慮が必要であることから、市内中学校のトイレ個室等にナプキンストッカーを配置し、急に生理になってしまった場合や、持ってくることを忘れてしまった場合など、手元に生理用品が無くて困ったときは、設置した生理用品から自分が使う分を取り出して使用することができる」

出典:内閣府「生理の貧困に係る地方公共団体の取組(第3回調査)」

 お気づきだろうか。「生理のことを口に出せない、保健室に生理用品を取りに行くことに抵抗を感じる」——そもそも、なぜ子どもたちが口に出せず、抵抗を感じなければならないのか。必要なのは、抵抗を感じずに口に出だせる環境を周囲の大人がつくることだ。

 変えるべきは、生理用品の購入を買い控えるほどの困窮を抱えた家庭というより、そもそも女性の体に起きる生理現象に対応できる環境を周囲の大人や社会が整えることではないのか。トイレットペーパーに困ることはなくとも、生理用品には困る。この不均衡こそが、月経の不公平だろう。

 問題の根底にあるのは、すっかり慣習になってしまった「生理を隠そう」とする意識だ。生理用品を他者に見られないようにしたり、「月のもの」「あれ」などと隠語で言い換えられたりすることによって、生理は口にできなくなり、抵抗を感じさせ、呪いとなって子どもたちを苦しめている。

 小紅帽が取り組んでいるのは、生理の貧困を解消し、月経の不公平を正すこと、「隠さねばならぬ」汚名を返上すること、この3つだ。そしてその行動は今、台湾社会を静かに、しかし着実に変化させている。次回は小紅帽の活動の広がりを紹介する。

【この記事は、Yahoo!ニュース個人のテーマ支援記事です。オーサーが発案した記事テーマについて、一部執筆費用を負担しているものです。この活動は個人の発信者をサポート・応援する目的で行っています。】

台湾ルポライター、翻訳家

1973年愛媛県生まれ。大学卒業後、出版社で編集者として勤務。2013年に退職して台湾に語学留学へ。1年で帰国する予定が、翌年うっかり台湾人と国際結婚。上阪徹のブックライター塾3期修了。2017年からYahoo!ニュースエキスパートオーサー。2021年台湾師範大学台湾史研究所(修士課程)修了。訳書『高雄港の娘』(陳柔縉著、春秋社アジア文芸ライブラリー)。

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