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「BIG DATA(ビッグデータ)」を読んで -人間とデータの関係とは

小林恭子ジャーナリスト

「Big Data」(ビッグデータ)と題する本を、少し前に、書いた人に話を聞くために読んだ。5月末、講談社が「ビッグデータの正体 情報の産業革命が世界のすべてを変える」として出版した本だ。

「ビッグデータ」(巨大な量のデータ)という言葉を意識して聞いたのは、作家・ジャーナリストの佐々木俊尚さんの有料メルマガで、「ビッグデータでプラットフォーム時代を生き延びる」という項目について書かれた文章(2012年1月、2月)を読んだ時だ。

例えば、以下のような文章があった。

ビッグデータというのは、文字通り「巨大なデータ」。インターネットが普及するようになってから20年近くが経ち、ネット企業には膨大な量のデータが蓄積されるようになってきています。検索エンジンのデータベースや、ショッピングサイトの顧客の購買履歴。ソーシャルメディアで人々が発信した情報、ウェブメールなどでの人と人のやりとり。動画や記事。

これらの膨大なデータが積み上がったまま放置されているのはもったいない、なにか有効活用できないだろうか?というのが、ビッグデータという考え方になって表れています。つまりビッグデータという概念は、単なる巨大なデータを指すだけでなく、それにどんな価値を見いだし、どのように有効活用するのかという方策も含まれているのです。(引用終)

その後、さまざまなところで、「ビッグデータで儲ける」趣旨のビジネス記事を読み、「これだけでは、なんだか味気ないなあ」と思っていた。

その一方で、もし私たちのネット上の足跡が大量の情報を形作るのであれば、その情報一つ一つがどこか一箇所にまとめられ、私たちが思いもよらなかったやり方で使われることには、懸念を持った。

そこで、今年3月、英エコノミスト誌のデーターエディター、ケネス・クキエさんが、英オックスフォード大学オックスフォード・インターネット研究所のビクター・マイヤー・ショーンベルガー教授との共著で「ビッグデータ」という本を書いたことを知り、早速、一体ビッグデータをどう思うのかをクキエさんに直接聞いてみようと思った。

―読んでいるときに思ったこと

読みはじめたときの私は、疑心暗鬼でいっぱいだった。ビッグデータの本を書くぐらいだから、著者たちはビッグデータの収集や活用に肯定的な意見を持っている人に違いない。

逆に、私はビッグデータについて心配なことばかり。プライバシーはどうなるのか?勝手に(?)データを使われたら、たまらない。それに、ビッグデータの効用を信じるあまりに、「データがこう言うから」ということで、人間が判断をする余地がなくなってしまうのではないかー?

第一、データをそれほど信じきるのなら、最終的には、データの分析で何でも済ませてしまい、最後は、人間をロボットに置き換えようなんてことにならないのだろうか?効率性を重視するなら、ロボットが良いという結論にならざるを得ないではないか?

しかし、最後まで読むと、ビッグデータとは何で、何ができて、どんな危険性があるのかをリストアップした、非常に分かりやすい本であることが分かった。

ページをめくると、まず、ビッグデータで何ができるかが何十ページにもわたり、列挙される。これがなかなか、「すごい」あるいは、「恐ろしい」。

ネット上にどんどん情報がたまっており、気が遠くなるような量に達していることや、巨大なデータの分析で、生活がさらに便利になっている具体例が出てくる。

―何故ではなく「何が」

ビッグデータの特質が語られる中で、驚くのは、データは「何故」を示さないという指摘だった。人間が物事を考えるときに「何故か」を普通に考えてしまうのとは対照的だ。つまり、人間はついつい、因果関係を考えてしまう。それが癖になっているのだ。

ところが、データは因果関係を考えない。データが扱うのは、「何が」という部分のみだ、と本は説明する。

例えば、ある道路を「毎時間、xxx台の車が走る」ということのみをデータは示す。「何故、xxx台の車が通るのか」を示さない。因果関係を見つけるのは、データを扱う人間なのだ。

恐ろしいなと思ったのは、データによって、未来図が描けてしまうこと。例えば、犯罪の発生を予測することができる。便利?防犯に役立つ?確かに、そうだ。しかし、行過ぎることはないのだろうか?いまだ起きていない犯罪のために、誰かを拘束してしまうことはないのだろうか?(映画好きの方は、米映画「マイノリティー・リポート」を思い出していただきたい。)

この本の醍醐味は、ビッグデータの危険性とマイナスの影響を防ぐための対処法を記してある点だ。この部分は本の最後のほうに出てくる。しかも、それほど長くはない。でも、とても大事な部分だし、ここを読むと読まないでは、ビッグデータとの付き合い方、考え方がずいぶんと変わってくるだろうと思う。

著者が、「ビッグデータはこんなこともできる!」とほめあげたくて書いたのか、それともビッグデータの危険性の警告をしたくて書いたのか、気になった。

そこで、クキエさんに会った時に、聞いてみた。すると、「僕はビッグデータの活用を人に勧めているわけではないよ」、「あばたもえくぼでほめるつもりはない」という答えが返ってきた。

「自分はメッセンジャーだと思っている」、「世の中で何が起きているのかを読者に伝えるのが僕のジャーナリストとしての役目だ」―。

ビッグデータを利用するときに気をつけること、そして何がなされるべきなのかーそれは本の最後のほうに書いてあるので、じっくり見ていただけたら幸いである。

人間はデータに操られる必要はない。データを使うのはあくまでも人間ー私はこの本を読んで、そんなメッセージを受け取った。

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クキエさんのインタビュー記事も良かったら、ご参考に:

(5)データエディターとはどんな仕事?(上)

(6)データエディターとはどんな仕事?(下)

ジャーナリスト

英国を中心に欧州各国の社会・経済・政治事情を執筆。最新刊『なぜBBCだけが伝えられるのか 民意、戦争、王室からジャニーズまで』(光文社新書)、既刊中公新書ラクレ『英国公文書の世界史 -一次資料の宝石箱』。本連載「英国メディアを読み解く」(「英国ニュースダイジェスト」)、「欧州事情」(「メディア展望」)、「最新メディア事情」(「GALAC])ほか多数。著書『フィナンシャル・タイムズの実力』(洋泉社)、『英国メディア史』(中央公論新社)、『日本人が知らないウィキリークス』(洋泉社)、共訳書『チャーチル・ファクター』(プレジデント社)。

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