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原付からナナハンまで乗り継いできた私が電動キックボードの無免許・ノーヘルを不安視する理由

柳原三佳ノンフィクション作家・ジャーナリスト
電動キックボードを日常の足として活用するストックホルムの人々(写真:REX/アフロ)

 今年の7月から、電動キックボードに関する規制が大幅に緩和されることになりました。最近、このニュースが頻繁に報じられているので、気になっている方も多いと思います。

 改めて、どんな「規制」が「緩和」されるのか? 

 まずは、私が特に気になっている2つの変更点を挙げてみたいと思います。

1)運転免許が不要となる

現時点において、電動キックボードは原付バイクと同じ乗り物として扱われており、運転免許が必要です。しかし、この夏の規制緩和によって、最高時速20キロ以下の車体を対象に運転免許が不要となります(ただし、16歳未満の人は、これまでと同様、乗ることができません)。

2)ヘルメットの着用が「努力義務」になる

現時点では、電動キックボードも道路交通法によってヘルメットの着用が義務づけられていますが、この夏の規制緩和によって、ヘルメットの着用が「義務」ではなく「努力義務」に変わります。つまり、今はノーヘルで走ると取り締まりの対象になりますが、7月以降はノーヘルでも捕まらない、というわけです。

 ようするに、時速20キロ以下の電動キックボードは、ほぼ「自転車」と同じ扱いとなり、「特定小型原動機付自転車」という新たな車両区分に分類されることになったのです。

 詳細は以下をご覧ください(警察庁のサイトより抜粋)。

1 特定小型原動機付自転車(電動キックボード等)の交通方法等

● 最高速度や車体の大きさが一定の基準に該当する車両を「特定小型原動機付自転車」とする。

● 特定小型原動機付自転車の運転には運転免許を要しないこととし(ただし、16歳未満の運転は禁止)、ヘルメット着用を努力義務とする。

● 特定小型原動機付自転車は、車道通行を原則とする。

● 特定小型原動機付自転車のうち、一定の速度以下に最高速度が制限されており、それに連動する表示がなされているものについては、例外的に歩道(自転車通行可 の歩道に限る。)等を通行することができることとする。

● 交通反則通告制度及び放置違反金制度の対象とする。また、危険な違反行為を繰り返す者には講習の受講を命ずることとする。

車が1台もいない道なら安心なのですが……
車が1台もいない道なら安心なのですが……写真:アフロ

■免許のない人がノーヘルで乗っても大丈夫なのか?

 さて、今回の「規制緩和」について、皆さんはどう思われるでしょうか? 

 手軽な乗り物として需要の高いキックボード、たしかに、わざわざ免許試験を受けに行かなくても乗れるというのはありがたいでしょう。

 また、ちょっとそこまで行くのにヘルメットなしで移動できるのは便利です。髪の毛がペタンコになることもなく、メイクの崩れを気にする必要もありません。そもそもヘルメットは大荷物、そんなものをぶら下げて街中をうろうろするのは面倒です。

 でも、本当に免許を不要にし、ヘルメットの着用義務をなくしてしまってよいのでしょうか……。

 結論から言います。私は絶対に反対です。

 電動キックボードという非力で不安定な乗り物に、交通ルールを学んでいない人が、ノーヘルで乗るなんて、あまりに危険すぎます。

■免許を取得しても初心者の頃は危ない

 私は16歳のとき、ペーパー試験の原付免許を取り、「パッソル」という懐かしの50cc軽量スクーターに乗りはじめました。そして18歳のとき、教習所に通って中型二輪免許と普通免許を取得し、250ccのバイクに乗り換えました。

 それから5年後、今度は、当時「限定解除」と呼ばれていた大型二輪免許の試験にチャレンジ。当時は教習所でこの免許を取得することができなかったので、運転免許試験場に通うことになりました。

 しかし、小柄な私にとってこの試験は難関で、なんと12回も落ち続け、13回目でやっと実技試験に合格。晴れて750ccのバイクに乗れるようになったのです。

 こうして二輪の経験を重ねながら、50ccから750ccまで、徐々に排気量を上げていく中で感じたことは、運転未熟な初心者の頃に、タイヤ径が小さく、速度規制が時速30キロの原付スクーターに乗っていたあの時期が、いかに危なかったか……、ということです。

 練習を積んで、排気量の大きなバイクに乗り換えたときは、心底安心感が高まりました。混合交通の中で、車の流れに乗って走れるということが、いかに安全であるかを痛感しました。

 制限時速30キロの原付スクーターでもあれほど怖い思いをしたというのに、それよりも速度の低い電動の乗り物が、ノーヘルで車道を走るとどんなことが起こるか? 

 そもそも、大型バイクに乗るためにはあれほど厳しい試験を強いたというのに、同じ道を走行する乗り物が、道交法をまったく学ぶことなく混合交通の中に入り込んでくるのです。二輪のライダーやドライバーの立場からみても恐怖しかありません。

筆者が限定解除後に乗っていたGSX-R750。身長が低いため、当時最軽量の750ccバイクを選んだ(筆者所有)
筆者が限定解除後に乗っていたGSX-R750。身長が低いため、当時最軽量の750ccバイクを選んだ(筆者所有)

■バイクのヘルメット着用義務化は「規制強化」の連続だった

 実は、今でこそすべてのバイクにヘルメットの着用が義務づけられていますが、そこに至るまでには、10年以上の歳月をかけて段階的に道路交通法の改正が行われ、規制が厳しくされてきた歴史があります。

●1975年

 政令指定道路区間に限り、51cc以上のバイクにヘルメット着用を義務化

●1978年 

 一般道においても、51cc以上のバイクにヘルメット着用を義務化

●1986年 

 原付も含めたすべてのバイク、すべての道路でヘルメット着用を義務化

 この流れを見ると、電動キックボードに対して、今、国がおこなおうとしている「規制緩和」とは、全く逆の動きがあったことがわかります。

■ヘルメットの着用義務で救われた多くの命

 今振り返れば、この「規制強化」は大正解でした。

 すべてのバイクにヘルメットの着用を義務化したことによって、どれほど多くのライダーが頭部を守られ、命を救われたことでしょう。そして、バイクとの事故を起こしたドライバーの多くが、「死亡事故」の当事者にならずに済んだはずです。

 私が原付に乗り始めた頃は、まだ50cc以下のバイクにヘルメットの着用義務がなく、義務化されるまでの数年間はノーヘルで走っていました。本当に、よく無事でいられたものだと思います。

 仮に今、規制が緩和され、バイクのヘルメット着用が努力義務になったとしても、私は恐ろしくてとてもノーヘルで走ることなどできません。絶対に頑丈なフルフェイスのヘルメットを着用し続けるでしょう。

 実際に、電動キックボードで転倒して頭を強打したことによる死亡事故が発生しています。幸いにして命が助かっても、頭部を強打すると脳に重い後遺障害を負う可能性もあるのです。

多くのライダーが愛用するフルフェイスのヘルメット。顔面も保護できる
多くのライダーが愛用するフルフェイスのヘルメット。顔面も保護できる写真:アフロ

■4月からは自転車にもヘルメットの努力義務が

 ちなみに今年4月から、自転車にも以下のような基準でヘルメット着用の努力義務が課せられます。

●自転車の運転者は、乗車用ヘルメットをかぶるよう努めなければならない

●自転車の運転者は、他人を当該自転車に乗車させるときは、当該他人に乗車用ヘルメットをかぶらせるよう努めなければならない。

●児童又は幼児を保護する責任のある者は、児童又は幼児が自転車を運転するときは、当該児童又は幼児に乗車用ヘルメットをかぶらせるよう努めなければならない。

 その理由は、自転車乗車時にヘルメットを着用せず事故を起こした場合、その致死率は、着用時に比べて約3倍高いことが分かっているからです。

 本音を言えば、自転車も含めて、公道を走る全ての車両にヘルメットの着用を義務付けるべきだと私は思います。

子供を自転車で送迎する保護者にとっても、命を守るためのヘルメット着用は大きな課題だ
子供を自転車で送迎する保護者にとっても、命を守るためのヘルメット着用は大きな課題だ提供:イメージマート

■こんにゃくゼリーの事故にはあれほど厳しく対応したのに?

 そういえば、かつてこんにゃくゼリーの窒息事故が問題になったとき、消費者庁が「こんにゃく入りゼリー等の物性・形状等改善に関する研究会」を設置し、その後、こんにゃくゼリーの形状が変わったことがありました。

 2011年2月に日本弁護士連合会が出した「こんにゃく入りゼリーの規制を求める意見書」を見ると、1996年から2008年までの12年間に、死亡事故が22件発生していたとのことです。

 しかし、交通死傷事故は、数としてはこんにゃくゼリーの比ではありません。それなのに、なぜ国は交通事故死者を減らす対策にもっと力を注がないのか、不思議でなりませんでした。

 今回もそうです。なぜ今、電動キックボードの規制をあえて緩和するのか、私はその意味が理解できません。

 そもそも、電動キックボードのあの小さな径の車輪はとても不安定です。

 たとえば、点字ブロックのようなほんの少しの段差や、アスファルトの凹凸、ペットボトルや空き缶などの落下物に乗り上げただけでも簡単にバランスを崩してしまいます。

 もしそのとき、転倒して車道側に倒れたら? 跳ね上がったキックボードが歩行者に突っ込んでしまったら…? そんなことを想像するだけでもぞっとします。

 事故が起こってからでは遅すぎます。本当に交通ルールも実技も学ばないまま公道に走り出してよいのでしょうか? ヘルメットをかぶらずに走って大丈夫なのでしょうか? 

 規制緩和が進んでも、自分の命は自分でしっかり守るしかないでしょう。

 2023年1月27日付の『しんぶん赤旗』に、電動キックボードの規制緩和に関しての記事が掲載されていました。海外の事例も取り上げた大変わかりやすい内容で、私の考えと合致していましたので、ここにご紹介しておきます。

<主張/電動キックボード/規制の大幅緩和は危険すぎる (jcp.or.jp)>

■警察庁がパブリック・コメントを募集

 最後に情報です。

 7月に施行が予定されている「電動キックボードの規制を大幅に緩和する改定道路交通法」について、以下のサイトで警察庁がパブリック・コメントの募集をおこなっています。

「道路交通法施行令の一部を改正する政令案」等に対する意見の募集について|e-Govパブリック・コメント

 添付資料が多く、読み込むのはかなり大変ですが、今回の規制緩和に一言物申したいという方は、ぜひ投稿してみてはいかがでしょうか。

 締め切りは2月18日までです。

ノンフィクション作家・ジャーナリスト

交通事故、冤罪、死因究明制度等をテーマに執筆。著書に「真冬の虹 コロナ禍の交通事故被害者たち」「開成をつくった男、佐野鼎」「コレラを防いだ男 関寛斉」「私は虐待していない 検証 揺さぶられっ子症候群」「コレラを防いだ男 関寛斎」「自動車保険の落とし穴」「柴犬マイちゃんへの手紙」「泥だらけのカルテ」「焼かれる前に語れ」「家族のもとへ、あなたを帰す」「交通事故被害者は二度泣かされる」「遺品 あなたを失った代わりに」「死因究明」「裁判官を信じるな」など多数。「巻子の言霊~愛と命を紡いだある夫婦の物語」はNHKで、「示談交渉人裏ファイル」はTBSでドラマ化。書道師範。趣味が高じて自宅に古民家を移築。

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