日本人ツアーコーチの失われた30年 岩渕聡氏が錦織圭から連絡を受けて感じたこととは!?【テニス】
最近、日本経済が長年低迷してきたことを指して、失われた30年というフレーズをよく目にすることがあるが、それは、テニスにおける日本人ツアーコーチにもあてはまることだと考えている。
21世紀になってから、日本選手では、錦織圭が、日本男子で初めて世界のトップ10に入り、2014年USオープンで準優勝するなど前人未到の成績を残した。また、大坂なおみが、日本女子では初めてグランドスラムのシングルスで優勝し、世界ランキングナンバーワンにも輝いた。
だが、日本人ツアーコーチに目を向けるとどうだろうか。
正直日本人コーチの中でワールドテニスツアーレベルにおいて選手を導ける人があまりにも少なく、長年の課題であった。日本テニス協会のナショナルコーチ以外で、グランドスラム本戦を含めたツアー大会を経験したツアーコーチは、日本には指で数えられるほどしかおらず、竹内映二コーチ、丸山淳一コーチ、原田夏樹コーチ、安藤将之コーチらがずっと昔からいて、女性では神尾米コーチらが活動しているが、ここ30年ほとんど顔ぶれは同じで、若い日本人ツアーコーチがなかなか台頭してきていない。
そして、日本人ツアーコーチの人材不足を象徴する出来事がある。それは、岩渕聡氏が錦織のツアーコーチに就任したことではないだろうか。
岩渕氏は、錦織から声がかかって率直に実感したことがあった。
「俺に声がかかるって、コーチ足りないんだなって(苦笑)」
折しも、錦織から連絡をもらった日は、選手時代から所属契約をしている株式会社ルネサンスの代表取締役社長執行役員の岡本利治氏と話をした直後だった。
「最初、錦織から話をもらったのは、昨年末に、岡本社長と今後どうしていこうかとお話をさせていただいた日でした。その日帰ったら、連絡が来て何だろうなと。自分だけでは決められない、自分も考えたい、何が錦織にできるのか、社長と話した直後でしたが、またすぐに連絡して相談させてもらった。
(ツアーコーチでの)経験が、ルネサンスに活かされることもあるだろうし、なかなか経験できることではない。自分も(デビスカップ日本代表)監督をして、選手たちの近くにいましたが、一人を見るというのはやったことがなかったので、それをちょっとやってみたいという好奇心もあった。いきなり錦織というのはちょっとどうかなと思ったんですけど(苦笑)。自分がどういう風に役に立てるかわからなかった。不安しかなかったですけど、チャンスがあるなら、断るよりは挑戦という気持ちで。
半年やったんですけど、本当にいい経験、新しい発見、今までにない経験がいっぱいできたので、それはすごく有難かったですし、自分が足りないところもいっぱい感じました。そういった経験は、この(M15棚倉の)大会だったり、ルネサンスのジュニアだったりコーチだったりに、うまく還元できるようにしたい」(岩渕氏)
ルネサンスは、1979年10月に、「ルネサンス テニススクール幕張」をインドアテニスコート8面でオープンさせたのが始まりで、当時第2次テニスブームも相まって人気を博し、現在では全国にテニススクールを約40カ所展開している(2024年3月時点)。
日本では、ルネサンスのようにテニススクールが非常に発達しており、一般テニス愛好者を指導するテニスコーチのスキルは、とても優れている。初心者や初級者に対しても親身になって、アイデア豊富な教え方で上達につなげていく。
実は、ルネサンスでは、1980~90年代に、創業メンバーの一人である小島弘之コーチが中心になってプロテニスプレーヤー育成に力を注いでいた時期があった。その中には、長塚京子や高木圭郁(たまか)がいた。特に長塚は、グランドスラム本戦やフェドカップ日本代表で活躍する選手に成長し、世界ランキング最高28位を記録した。だが、小島コーチをはじめスキルとビジョンを持った人がいなくなってからは、プロテニスプレーヤー育成は低迷し、同時にツアーコーチも不在となってしまった。
一方、スイミングでは、選手コースで指導できるコーチもトレーナーもいて、ピラミッド型の育成体制が整っていた。競泳日本代表選手の池江璃花子はルネサンス出身だ。
岡本氏は、自身がテニス経験者であり試合にも出たことがあるため、「スイミングを見本として、テニスでも再びできるはず」と、以前のようにプロテニスプレーヤーを育成したいという思いを胸の内に秘めている。
「スクールコーチは、技術的指導がメインで、(プロ)選手に必要なメンタルやフィジカルの知識が少ない。(ルネサンスは)フィットネスクラブの中でやっているテニススクールなので、トレーナーとしての知識をもったテニスコーチがいないと差別化にならないと、皆少しずつ勉強してくれている。まだ、(ルネサンスの中で、テニスは)ジュニア育成の体系がシステムとしてできていないので、それができて初めて、そこに必要な人材が出てくる。今は、仕組みを作ることと並行してやっている。必要性は十分感じている」
プロテニスプレーヤーを育成および指導できる日本人ツアーコーチの存在はもちろん、メンタルやフィジカルを指導できる専門性の高いスタッフの重要性も岡本氏は認識している。
「(ルネサンスでも)そこまでちゃんとセッティングできるといいですね、そういった人たちがそろったアカデミーを作ることが、僕の夢でもあります。鷹之台というクラブがありますから、そういったアカデミーにしていきたいなという気持ちはあります」
ルネサンスは、「ルネサンス 鷹之台テニスクラブ」(千葉)に18面のテニスコートを有し、かつて女子テニスの国際大会を開催したことがあった。岡本氏の“テニス人”としての情熱に火が灯り、世界を見据えた新たなテニスアカデミーの創設への夢、ぜひ実現してほしい。ルネサンスが拠点を作り民間の先頭をきって、日本人ツアーコーチの人材育成をすれば、コーチのさらなる底上げとレベルアップに必ずつながるはずだ。
岩渕氏も、現役引退後、2017年から2022年にデビスカップ日本代表監督を務め、そして、錦織のツアーコーチとして再びワールドプロテニスの最前線に出て、日本人ツアーコーチの人材不足を再認識している。
「ツアーに入って、日本人選手と話すと、やっぱり男女共にすごく困っている人が多い。選択肢が限られた中で回るような感じで、新しい顔がなかなか出にくいところがある。やっぱり経験がなかなかできない、そこまで行けない、ですよね。ツアーコーチは、日本にほとんどいない形になった。最初からすごい待遇がいいかといったら、そういうことはないし、(選手と一緒に世界を回れる)動きがとれて、環境や条件面も受け入れることができるか。本当に日本ではツアーコーチが生まれにくい。特に、日本では(資格などの)段階を踏んでというのが大事という部分がありますし」
昨今の日本人コーチは、日本テニス協会公認S級エリートコーチの資格を取得して満足してしまっているきらいがある。そこからが本当の始まりだというのに。伊達公子も錦織もまだ世界のトップレベルに出現していなかった時代の方が、トップ選手を育てたいという大きな夢を描いていた日本人コーチが多かったのは一体どういうことなのか。
日本人ツアーコーチのレベルアップの必要性は、岩渕氏も痛感している。
「日本である国際大会がもっと連携して、(日本テニスや地方の)協会も絡めて、選手育成はもちろんですけど、ツアーコーチを何年もされている方も何人かいますので、そういう協力も得て、コーチの育成も(するべき)。そういうコーチになりたいという若い人はいると思う。ただ現実的になれない。そこをどうやれば埋めていけるのか。まだわからないですけど、その重要性はツアーに入ってヒシヒシと感じました。すごく重要なので、何とかしたいという気持ちはあります」
また、外国人コーチとは違って、日本人コーチならではの良さもあると岩渕氏は指摘する。
「日本人コーチは、本当にきっちり仕事をして、まじめな方が多いので、自分もそうですけど(笑)。スキルと経験を得れば、いいコーチになる可能性はすごくある。それこそ外国の選手からも声がかかるはず。言葉の難しさはありますけど、優秀なコーチの数が増えれば、そういうチャンスは多くなるのでは」
失われた30年という年数が示すとおり、日本テニス協会主導だけでは、今後も優れた日本人ツアーコーチの育成は難しいだろう。今回話を聞かせてもらったルネサンスのような民間企業をもっと巻き込み、そして、ワールドテニスツアーで実績を残してきた海外のテニスアカデミーと連携しながら、若くやる気のあるコーチを研修させたり、あるいは現場で経験を積ませたりする持続可能な仕組みづくりがもっと必要なのではないか。そして、岩渕氏のような世界の現場を知り、より良い方向へ導く情熱を持った人間のリーダーシップも必要だ。
テニスコーチは、テレビ解説出演や資格云々ではなく、優れたプロテニスプレーヤーやジュニアプレーヤーを育ててなんぼ、ということを今改めて肝に銘じるべきなのだ。