鈴木雅之 “ラブソングの王様”は“カバーの王様” 縁を大切にし原曲への深いリスペクトを感じるカバー集
カバーベストアルバム『DISCOVER JAPAN DX』が好調
「ラブソングの王様、鈴木雅之です」――鈴木雅之はライヴやテレビ番組で挨拶をする時、自身をことをそう紹介する。グループとしてデビューから40年、ソロデビューして35年、ラブソングを歌い続けてきたシンガーとしての矜持を感じると同時に、その数々のラヴソングで多くの人の心を潤してき、ファンやリスナーにも説得力を持って伝わるフレーズだ。
そして鈴木は“ラブソングの王様”であると同時に“カバーの王様”でもある。2011年、「日本のうた、再発見」をコンセプトにしたカバーアルバムシリーズの第一弾『DISCOVER JAPAN』を発売。服部隆之をサウンドプロデューサーに迎え、オリジナル曲だけでなく、自身が歌いたい、そして鈴木が後世に伝えるべき、残すべきと考える日本を代表する名曲たちカバーした。そこには、東日本大震災で被災した人々に、少しでも元気を届けようという鈴木の強い思いが込められている。その後もこのシリーズは2014年に『DISCOVER JAPAN II』、2017年に『DISCOVER JAPAN III ~the voice with manners~』を発表している。
そしてソロデビュー35周年を記念し、このシリーズ三部作からセレクトし、さらに新たにレコーディングしたYOASOBI「怪物」、手嶌葵「明日への手紙」、スターダスト☆レビュー「木蘭の涙」、そして同シリーズ以外のカバー曲も収録したカバーベストアルバム『DISCOVER JAPAN DX』を、2月23日に発売し、好調だ。今回の作品を聴き感じたのは、鈴木が既存のカテゴリーにこだわることなく、誰もが知る曲、知られらざる名曲を含めて、とにかく“いい歌”を歌い続けるという、シンガーとしての意志が貫かれているということ。それはソロ35周年を迎え、シンガーとしての“使命”を全うするんだという強い意思表示にも感じた。これは鈴木自身にインタビューしたわけではないので真偽は定かではないが、とにかくいい歌を、素晴らしい表現力の歌とアレンジで楽しませてくれるアルバム、ということだけは確かだ。
さらに、原曲とそれを歌うアーティストへのリスペクトと愛が、どの曲からも溢れんばかりに伝わってくる。だから原曲の温度感をきちんと伝えながら、鈴木雅之がカバーする意味を歌にきちんと昇華させている。それは2月19日に主演した『玉置浩二ショー』(NHK BSプレミアム)で、このアルバムにも収録されている「メロディー」を、玉置と共にセッションした鈴木の歌からも伝わってきた。玉置も、鈴木のことを心からリスペクトしていることが伝わってきて、名曲がさらに深みを増し、心に入ってきた。
YOASOBIの「怪物」をカバー。「Ayaseが描き出す世界観は、2020年代のラヴソングという意味で群を抜いている」
このアルバムのDisc1、2には『DISCOVER JAPAN』3作品から鈴木がセレクトした作品が収録されている。そのDisc1、このアルバムのオープニングを飾るのは今をときめくYOASOBIの「怪物」だ。「Ayaseが描き出す世界観は、2020年代のラヴソングという意味で群を抜いていると思う」(ライナーノーツ内の鈴木のコメント 以下同)とYOASOBIを高く評価し、2021年に発売された「怪物」が、スタンダードナンバーになると惚れ込んだ鈴木がこの曲を、よりドラマティックに仕上げ、歌っている。「明日への手紙」は手嶌葵の名バラードのカバーで、新たにレコーディングした一曲だ。多くの希望を乗せたこの歌を「ソロとしての原点を思ったときに、いま届けたいバラードとしてこの曲が浮かんで来た。バラードで誰かを応援できることが表せたと思う」と、まさに今だから届けたい、今聴いて欲しいという強い思いを込めている。
「Disc2に収められた曲は、どれも日本人にとって大きな存在の歌であることは言うまでもないけれど、そのどれもが広い意味で素晴らしいラヴソング」(鈴木)と語っているように、新録音曲の「木蓮の涙」(スターダスト☆レビュー)を始め、多くの人の心に残るスタンダードラヴソングで“泣かせて”くれる。
鈴木のアーティストとしての流儀のひとつが、“縁”をとても大切にしていることだ。ソロデビューしてから、多くのシンガー・ソングライターと楽曲提供やプロデュースという形でコラボをしてきた。そんな人達との縁を大切にし、人への恩、感謝を忘れないその人間性が、シンガーとして長きに渡って、ファンからもアーティストからも愛されて続ける存在であることに、つながっているのではないだろうか。この作品のDisc3「OTHER DISCOVERY」にはそんな作品が並んでいるが、一曲一曲の“つながり”の詳細はライナーノーツに詳しく書かれているが、そんな中でも鈴木のキャリアを語る上で絶対に欠かせないのが、大滝詠一だ。
鈴木と大滝詠一がデュエットしているような「Tシャツに口紅 with 大滝詠一 (Solo Ver.)」
元々コーラスグループが好きな大滝は、アマチュア時代のシャネルズを見い出し、自身のアルバム『LET’S ONDO AGAIN』(1978年)のレコーディングに、鈴木を参加させている。そしてラッツ&スターのデビューアルバム『SOUL VACATION』は大瀧がプロデュースした。そのアルバムにも収録されている、「Tシャツの口紅」が初のセルフカバー「Tシャツに口紅 with 大滝詠一 (Solo Ver.)」として収録されているのも、この作品の聴きどころのひとつだ。
実はこの曲は、「デモ・テープの時点でメンバー全員分のコーラスを大滝さんが歌ってくれていたんだ。しかも、ひとりひとりが練習しやすいようにトラックを分けてカセットに入れてくれたんだよね」(鈴木)、という秘話をライナーノーツで読むことができるが、今回鈴木は「1983年のオリジナルのレコーディングのときの大滝さんのヴォーカル・ディレクションを思い出しながら歌ったんだ」と、感慨深いレコーディングだったことを教えてくれている。さらに「大滝さんのコーラス、そして井上 鑑さんのアレンジを含めて、大滝さんが築き上げたNIAGARA FALL OF SOUNDをあらためてDISCOVERできたと思っています」と語っているように、イントロは大滝のカウントから入り、大滝のコーラスが重なり、まるで鈴木と大滝がデュエットしているようで、大きな感動が広がる。
初回生産限定盤のDisc4、5は、『DISCOVER JAPAN』シリーズのMUSIC VIDEOやライヴ映像、レコーディングメイキング映像が収録されており、鈴木の楽曲へのこだわりや、その音楽をより深く感じることができる映像集になっている。さらに、グループデビュー40周年記念した全国ツアーの大阪フェスティバルホール公演を収録した映像作品『masayuki suzuki taste of martini tour 2020/21 ~ALL TIME ROCK ‘N’ ROLL~』も同発された。コロナ禍で延期を余儀なくされ、1年越しとなったツアーで、待ちわびたファンの熱狂、40年分の思いを届けようとパフォーマンスする、メンバーとバンドの凄まじいエネルギーを感じることができる。サプライズゲストとして登場した鈴木愛理との「DADDY!DADDY!DO!」や、闘病から復帰した盟友・桑野信義との共演が収められている。やはりシャネルズ、ラッツ&スターの曲に桑野のトランぺットは欠かせないと誰もが感じるはずだ。
キャリアを重ね、その歌はますます深みを増したと同時に、瑞々しさを感じさせてくれる。それは歌い続けてきたからこそ手にできた、自信と余裕、そして常に進化を続けるべく挑戦を続け、道を切り拓いているいい意味での“貪欲さ”を持ち合わせているからだ。その全てが歌に出ているから、鈴木の歌は“感じる”のだ。