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「薬と病名」が増え続ける。医療DXで患者の気持ちに寄り添うケアは可能か フィンランドで考えた

鐙麻樹北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会理事
患者中心ケアの実現に向けて、ヘルシンキでの会議を現地からレポート(写真:イメージマート)

「病名」と「処方薬」だけが増え続ける現代。でも、それは患者が本当に求めていることだろうか?私たちは大切な何かを忘れてはいないだろうか?「診断名と薬」中心から「患者中心」の医療へと変わるためには、現場のデジタル化は役立つツールにもなりえる。

医療福祉の現場でデジタル革命を起こす祭典『ラディカル・ヘルス・フェスティバル・ヘルシンキ』で、そのような議論が行われた。

医療革命を起こすために、テクノロジーをいかに活用するかが話し合われたフェス 筆者撮影
医療革命を起こすために、テクノロジーをいかに活用するかが話し合われたフェス 筆者撮影

手厚いケアを補うにはデバイス活用が必須

フィンランドの国立保健福祉研究所THLは、国民の状態を知る社会福祉データを管理し、意思決定のための信頼できる情報とデータ分析を提供している。健康分野だけでなく、社会的決定要因にも取り組み、社会問題のモニタリングを行っている。

「戦略的目標は、常にデータの多目的な利用を可能にすることです。これは単なる願望ではなく、法律にも裏打ちされています」と話したのは同研究所のディレクターであるシルパ・ソイニさんだ。

これまでの記事で紹介してきたように、フィンランドを中心に医療福祉の現場で急速なデジタル化が進んでいる。一方で、DXの進展により薬と診断名が増え続け、医療従事者がモニターの数字ばかりを見て患者の顔を見なくなるのは本末転倒だ。だが、専門家たちはAIとデータ化が患者中心のケアをより可能にすると考えている。

医療従事者が不足する今、デバイスの活用は手厚いケアを補うのに必須となる。欧州心臓病学会ESCの理事、ドナ・フィッツシモン教授は「医療従事者が不足する時代に、手厚いケアを補うにはデバイス活用が必須だ」と述べた。

「心不全管理におけるセルフケアは、安定性維持の鍵」だからこそ、テクノロジーが役立つと語るフィッツシモン教授 筆者撮影
「心不全管理におけるセルフケアは、安定性維持の鍵」だからこそ、テクノロジーが役立つと語るフィッツシモン教授 筆者撮影

教授は心不全の専門家が開発した自己学習型治療助言システム「DoctorMe」を紹介し、このデバイスがいつでもどこでも患者の健康状態を即座にフィードバックし、個々の治療ステップに関するアドバイスを提供すると説明した。

筆者撮影
筆者撮影

デバイスによる情報整理で、入院を回避できる未来が可能に

このようなデバイスが患者に受け入れられるためには、「情報提供しても安全だ」と患者が納得できることが大前提だ。

「一人暮らしであるか、夜間は同伴者がいるか、トイレは近くにあるか」など、そういった情報をデバイスで知ることができれば、患者が地域で自活し、入院を回避できる未来が可能になるとフィッツシモン教授は説明した。

患者を「病名」ではなく「人間」として扱ってほしい

現代は患者に「正しい診断名」を下して治療法を提案することがあまりにも重要視されて、患者が人間であることが忘れられている。病名と薬がどんどん増えるばかり。その患者が何に悩み、何を感じているかが非可視化され、自分の物語が消えていく。「患者の旅」に寄り添い、患者が誰で、本人は最終的にどうしたいのか、ということを忘れないでほしい。

そう話すのは、欧州心臓病学会ESCの患者フォーラム(ベルギー)のエンゲージメント・オフィサーで患者でもあるインガ・ドロッサ―ルさんだ。

医療従事者がエンパシースキルを維持するためにも、テクノロジーで関係者の負担を減らす必要がある 筆者撮影
医療従事者がエンパシースキルを維持するためにも、テクノロジーで関係者の負担を減らす必要がある 筆者撮影

欧州心臓病学会ESCの患者フォーラム(ベルギー)の患者であるアクセル・ヴェルストラエルさんは、患者と接する医療従事者に「エンパシー」の必要性を訴える。データがより中心となるこれからの医療福祉で、患者のことを理解しようとする想像力を失わないでほしいと。

医療福祉がデジタル化されるからこそ、忘れないでほしい人中心のケア

ケアの旅が、薬と診断名で埋もれていないか?「患者がどうしたいのか」「何が患者を悩ませているのか」という会話はできているか? 筆者撮影
ケアの旅が、薬と診断名で埋もれていないか?「患者がどうしたいのか」「何が患者を悩ませているのか」という会話はできているか? 筆者撮影

人中心の、予防的でホリスティックなヘルスケアを目指す「インテグレーティブ・ヘルスケア・フィンランド」は、医療専門家や研究者でなる非営利団体だ。常務取締役であるハンナ・コルテヤルヴィ教授は、「病原性医療から健康増進医療へ」の根本的なパラダイムシフトを提唱している。

「あなたを何が困らせているのですか?」という質問の仕方でも、「うつ病、高血圧、薬」などの症状を聞くのと、「家族や友人関係、運動状況、職場での様子」を聞くのとでは全く違う。

患者が必要としているのは、さらなる診断名や薬ではない

「健康における個人の選択」「社会関係」など、フィンランドでは患者の不調の要因の約90%は、そもそも「健康システム」の外で発生している。70~90%の病気は、フィンランド市民の非健康的なライフスタイルが要因だ。

運動、栄養のある食事、タバコやアルコールなどのリスクを避けた生活、十分な睡眠や社会的サポート、ストレスマネージメントというライフスタイルの核が弱いと病気になる 筆者撮影
運動、栄養のある食事、タバコやアルコールなどのリスクを避けた生活、十分な睡眠や社会的サポート、ストレスマネージメントというライフスタイルの核が弱いと病気になる 筆者撮影

「私たちは間違った方向を向いて、解決策を探しているのでは?」とコルテヤルヴィ教授は問いかけた。患者はどうしたいのか、患者のパッションは何なのか、目標を達成するためにはどのようなことが必要か、「嫌な日」のための戦略を立てているか、そのようなことを医療従事者と患者が「共に」話し合って取りくんでいくことが必要だ。

だからこそ、個人の目標やモチベーションに合わせた計画を立てるためには、収集されたヘルスデータやデジタルツールがよい手助けにもなりえる。

しかし、デジタルツールが今後どれだけ発達しても、医療従事者も、患者の意欲を後押しできるようなスキルを養う必要がある。コルテヤルヴィ教授は、パラダイムシフトは医療DXによって達成しやすくなると語った。

執筆後記

場合によっては医療従事者がテクノロジーに夢中になり、患者との接点をおろそかにするリスクもあるが、テクノロジーの発展が患者の気持ちに寄り添う余裕を医療従事者にもたらすかもしれない。医療従事者の数が増えることは期待できず、人員不足が続く中で、テクノロジーの賢い活用が新しい関係性を築く鍵となるだろう。

筆者は子どもの頃から身体が弱いほうで、ノルウェーに移住してからも、頻繁に現地の医療機関にお世話になっている。「文化の違いだな」と驚いたのが、北欧の人は薬で治療することを日本の人よりも嫌がる風潮だ。診察しても、薬がもらえずに筆者は拍子抜けすることもある。とにかく、薬よりも自然治療を好む風潮が市民全体に浸透していて驚いた。

そのような雰囲気があるので、取材先のフェスティバルでも、「診断名と薬が増え続ける欧州の現状」に警報を鳴らす登壇者が多かった。その打開策として、現場のデジタル化が応援団になるというのは、筆者にはこれまでにない発想でもあった。いずれにせよ、医療現場をよく利用する患者として、現状が改善されるのは願ってもないことだ。これから数年かけての現場の変化が楽しみでもある。

北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会理事

あぶみあさき。オスロ在ノルウェー・フィンランド・デンマーク・スウェーデン・アイスランド情報発信16年目。写真家。上智大学フランス語学科卒、オスロ大学大学院メディア学修士課程修了(副専攻:ジェンダー平等学)。2022年 同大学院サマースクール「北欧のジェンダー平等」修了。多言語学習者/ポリグロット(8か国語)。ノルウェー政府の産業推進機関イノベーション・ノルウェーより活動実績表彰。北欧のAI倫理とガバナンス動向。著書『北欧の幸せな社会のつくり方: 10代からの政治と選挙』『ハイヒールを履かない女たち: 北欧・ジェンダー平等先進国の現場から』SNS、note @asakikiki

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