履歴書の内容を昔の勤務先が勝手にネット上で漏らしたら何罪か
SKE48の松村香織さんが履歴書に記載していた志望動機や職歴などの情報がTwitter上に流された。12年前の勤務先によるものだ。こうした過去の履歴書のずさんな取扱いに不安を抱く人も多いだろう。
【個人情報の違法不当な第三者提供】
今回のような事案こそ、個人情報保護法で厳しく処罰されるに違いないと思っている人もいるのではないか。
確かに、履歴書に記載された氏名や生年月日、住所、電話番号、学歴、職歴、賞罰、保有免許や資格、志望動機、趣味、特技などは、雇用者側が労働者らの雇用管理のために収集、保管、利用しているもので、個人情報保護法が保護の対象としている個人情報の最たるものだ。
以前は5千人超の個人情報をデータベース化して事業活動に利用している比較的大規模な事業者に対してのみ適用される法律だったが、2015年の法改正で件数制限が撤廃された。2017年の全面施行後は、個人を含めた小規模な事業者にも適用される。
また、個人情報保護法は、個人情報の取扱事業者に対し、利用目的の特定や目的外利用の禁止、安全管理措置といった様々な義務のほか、第三者への提供に際して本人の同意を得る義務などを課している。
雇用管理のための個人情報については、現に勤務中の労働者に関するものだけでなく、退職した元従業員や採用に至らなかった応募者、会社説明会参加者に関するものも保護しなければならない。
例えば、退職した元従業員の再就職先から本人の志望動機や勤務状況、退職理由などについて問い合わせがあったとしても、本人に断りなく回答してはならない。
選考に利用した履歴書などの応募書類を本人に返却する義務まではないが、雇用目的の限度で保管や利用されるべき性質のものだから、必要がなくなった時点で返却や破棄などを行わなければならない。
退職した元従業員や採用に至らなかった応募者らも、事業者に対し、不要になった個人情報の消去を要請できる。事業者側には、これを適切・迅速に処理する努力義務が負わされている。
たとえ退職後に芸能人になっていたとしても、個人情報保護法の下では、あくまでその個人情報は保護される。
今回の元勤務先は、「#松村香織」という氏名や「#SKE48」という所属グループ名のハッシュタグをつけ、誰に関する志望動機や職歴なのかネットの利用者らが分かる形でツイートしている。
個人情報保護法は、法令に基づく場合など、本人の同意を得ないで第三者提供を行えるいくつかの例外を認めているが、これに当たらないことは明らかで、違法不当な第三者提供にほかならない。
騒動後、元勤務先はすでにツイートを削除しているが、だからといってこの事実が消えてなくなるわけではない。
【元勤務先の主張について】
一方、この元勤務先は、今回の事件について、次のように主張していた。
(1) 「芸能人の過去に勤めていたお店に芸能リポーターが突撃して、レポすることも違法? 個人を特定する情報はひとつもアップしてないよ これが違法だと、ワイドショーの芸能人や犯罪容疑者の過去を暴く番組も全部違法だよ 特に犯罪容疑者は、推定無罪で芸能人と違って一般人」
(2) 「なお、プライバシー権とか言い出す人がいたけど、芸能人については引退するまでは、プライバシー権については、ほぼ存在しない 文句を言うのは自由だけど、何も悪いことをしていないし、法律にも違反していないよ」
しかし、これらの主張は間違いだ。
まず(1)の報道の点だが、個人情報保護法は、個人情報を取り扱う事業者のうち、義務規定が適用されない例外をいくつか定めている。
その代表例が、テレビ局や新聞社、通信社といった報道機関や、レポーター、ジャーナリストなど報道を業として行う者だ。報道の用に供する目的で個人情報を取り扱う場合には、先ほど挙げた義務違反には当たらない。
憲法が要請する報道の自由や国民の知る権利が優先するからだ。
次に(2)の芸能人の点だが、先ほども述べたとおり、そもそも個人情報保護法は、芸能人か否かにかかわりなく、個人情報の適正管理を事業者に義務づけている。
また、芸能人とプライバシー権の関係についてはすでにいくつかの裁判で争われており、プライバシー権があるという前提に基づき、どの程度の侵害行為があったかが問題とされている状況だ。
詳しく立ち入らないが、参考までに次の記事を紹介しておこう。
【使いものにならない罰則】
もっとも、個人情報保護法の罰則規定は使いものにならない。
個人情報を本人の同意を得ずに第三者に提供した役員や従業員らが処罰されるのは、見返りとして報酬を得たり、提供先がさらに転売するためであるなど、自己または第三者の不正な利益を図る目的がある場合に限られている。
単にネット上に個人情報をさらすというだけだと、この罰則規定は使えない。しかも、最高刑は懲役1年、罰金でも50万円と軽く、個人情報の不正利用によって得られる利益には見合わない。
このほか、個人情報保護法には、個人情報のずさんな管理といった義務違反に対する罰則も用意されている。これも、その適用には2から3段階ものステップを踏まなければならず、遠回りだ。
すなわち、まず第1ステップとして、内閣府の外局である個人情報保護委員会により、不正提供などの義務違反行為が認定され、中止・是正措置の勧告が行われる必要がある。
次いで、第2ステップとして、正当な理由がないのに事業者がこれに従わず、個人の重大な権利利益の侵害が切迫していると認められる場合に限り、措置命令が下される。
この命令に違反した場合にはじめて、第3ステップとして、事業者やその代表者、従業員らに対する刑罰が検討されることとなる。
緊急の必要があると認められるときは勧告を省略し、最初から措置命令を下すことも可能だが、それでもいきなり刑罰を課すことなどできない。
個人情報の流出が発覚すれば社会的に大きな問題となるわけで、個人情報保護委員会の勧告や命令に従わないはずがなく、全く使われる可能性のない罰則といえるだろう。しかも、これまた最高刑は懲役6か月と軽い。
個人情報保護法が「ザル法」と揶揄(やゆ)される理由の一つだ。
【泣き寝入りしないために】
とは言え、個人情報保護法の罰則が使えないというだけの話であり、刑法の名誉毀損罪を適用することは可能だ。最高刑は懲役3年だ。
どこで勤務していたのかを含め、元勤務先がネット上に漏えいした情報は松村さんの社会的評価を低下させるに値するものだし、名誉毀損罪はたとえ真実であっても成立するからだ。
表現の自由とのバランスを図るため、刑法では(a)起訴に至っていない犯罪に関する事実など公共の利害に関する事実で、(b)専ら公益を図る目的であって、(c)真実であると証明されたときは罰しないとされているが、今回の事案は(a)や(b)には当たらない。
ただし、名誉毀損罪で起訴するには松村さんの刑事告訴が必要不可欠だ。これがない限り、警察も動かない。
告訴を必要としない犯罪としては、元勤務先による情報漏えいである点に着目し、職業安定法を使うことも考えられる。
この法律も、個人情報保護法と同様に、求人を行う業者らに対し、求職者らの個人情報の適正管理を義務づけている。その上で、正当な理由なく、業務上知った人の秘密を漏らしたり、その個人情報をみだりに他人に知らせてはならないとしている。
違反に対する最高刑は罰金30万円とかなり軽いが、元従業員に関する個人情報の漏えいでもアウトだ。
このほか、こうした刑事責任とは別に、民事的な損害賠償請求も可能だ。
例えば、過去には、元サッカー日本代表選手の中田英寿氏が、伝記の著者や出版社に損害賠償などを求めた裁判があった。本人の同意がないまま、生い立ちなど数々の私生活上のエピソードを記し、中学時代の詩まで引用していたからだ。
判決では、プライバシー権の侵害によって被った精神的損害分として200万円、詩に関する著作権の侵害によって被った財産的損害分として185万円、合計385万円の支払いが命じられている。(了)