持続化給付金関連で政府が「安保発動」か 入札価格が黒塗りの訳
公共事業「中抜き」の連鎖
補正予算としては過去最大となる約32兆円の第二次補正予算案が6月12日、参議院本会議で可決され成立した。審議のプロセスで紛糾し、今後も野党が追及すると見られるのが、新型コロナウイルス感染症対策の持続化給付金事業を巡る問題だ。
実はこの問題に関して政府は、安全保障上のリスクを排除するための「安保発動」をしていた可能性の高いことが明らかになった。そのことを説明していく前に、持続化給付金事業に関する入札の経緯などについて説明しよう。
同事業の入札では、一般社団法人「サービスデザイン推進協議会」が落札し、政府は約769億円で協議会に事業を委託した。しかし、協議会は事業を749億円で大手広告代理店の電通に再委託。さらに電通系企業などに再々委託され、そこからパソナや大日本印刷、トランスコスモスなどの企業に再々々委託されていた。事業が丸投げされて税金が「中抜き」される構造が、国会で追及された。
デロイトの方が入札価格は安かった
加えて持続化給付金事業の責任者である中小企業庁長官の前田泰宏氏と、元電通社員で協議会業務執行理事の平川健司氏が近い関係にあることについて、不透明性を問う声も強まっている。実際、「前田ハウス」と呼ばれた米国視察の際のパーティーに平川氏が参加していたことも、国会での質疑のやり取りから明らかになっている。
そして「不透明性」を際立たせているのが、協議会と一緒に応札したコンサルティング会社「デロイトトーマツファイナンシャルアドバイザリー合同会社」の入札価格などの重要情報を黒塗りにして隠している点だ。筆者の取材では、「デロイト側の入札価格の方が協議会よりも安かった」(関係者)という。
原発賠償業務も受注
しかも、公共事業での入札における会社のランクを示す等級は、デロイトのAランクに対して、協議会はCランク。このランク付けは、入札企業の業績や規模などによって決められ、国がいったん任せた事業の途中に経営危機に陥って投げ出すことなどがないように、信用力を軸に評価して決められているという。
デロイトトーマツファイナンシャルアドバイザリーは、東日本大震災での東京電力・原子力発電所の事故による損害賠償請求に関して、「経済的損失の分析に係るモデル構築に関する基礎調査」や、実際の損害賠償の支払い業務を受託している。協議会に比べて政府関係の仕事では大きな実績を持っている。
デロイト地域統括会社に中国共産党の影
そうした実績やランク付が高く、入札価格も低いとされる会社が負けるのはなぜか。そこに、本稿の主題がある。ずばり言うが、デロイト側に安全保障に関する問題があったようだ。
このデロイトファイナンシャルサービスアドバイザリーは、四大監査法人の一つ、デロイトトーマツ合同会社のグループ会社だ。デロイトトーマツ合同会社は2018年9月1日付で設立された地域統括会社「デロイトアジアパシフィック(デロイトAP)」の傘下に入った。デロイトAPの登記上の本社はロンドンだが、CEOはシンガポールに駐在している。管轄地域は日本、中国、韓国、香港、豪州、インド、シンガポール。設立の主な狙いは、地域全体での人材の最適配置と、そのための採用・育成の強化、サービス品質の向上と均質化だと言われている。
日本のデロイトトーマツ合同会社は、米国本社にロイヤリティーを支払い、そのブランドを使ってきたが、デロイトAPに支払うことに変更になったという。これに伴い、アジア全体での人事権や戦略決定権はデロイトAPが保有するようになった。実はここに大きな問題が潜んでいた。
事務次官会議で注意喚起
デロイトAPで全産業向けのサービス戦略を指揮するリーダーに中国人女性、蒋穎氏が就任。蒋氏は、チベット対策など民族、宗教に対する工作などを行う中国共産党中央統一戦線工作部と連携している中国政治協商会議の幹部で、同会議で積極的に発言しているという。関係者によると、父親は上海市の幹部であり、彼女自身も中国共産党内でそれなりの地位にあるという。
国内ではデロイトのグループ会社が、東京五輪のサイバーテロ対策を受注していたほか、防衛省の次期主力戦闘機の開発にも関わっていた。自民党の会計監査もグループの監査法人が担当していた。国家の秘密に関する仕事にデロイト側が多く関与していたため、デロイトAP設立に関連しては国会でも質問が取り上げられ、月刊誌やネットメディアも国家機密の守秘に問題はないかと報じ始めた。
デロイトAPに関して調査した日本政府は19年4月頃、全省庁の事務次官を集めた会議で月刊誌の記事のコピーを配布し、政府首脳自らが、注意喚起を促したという。政府はデロイトの動きにナーバスになっていたとみられる。
防衛省などで出入り禁止措置
政府のこうした動きを受けて、日本経済新聞は19年6月21日付朝刊一面の「防衛調達で機密保護」と題する記事で、デロイトの問題について報じ、「防衛省の将来戦闘機の開発計画に中国政府の影響が強いとみられる企業が関わったことが発覚した。防衛省は同社との調査研究の契約を結んでいたが停止した」と指摘している。
記事中には「デロイト」の固有名詞はないが、事務次官会議での説明があったため、多くの関係者が記事中にある「中国政府の影響が強いとみられる企業」とはデロイトのことだと受け止めた。
読売新聞も19年9月5日付朝刊一面の「防衛企業の機密保全強化」の記事の中で、政府が防衛関連企業に対して21年度から情報管理の基準を米国並みに強化していく方針であると報じた。人事異動の際には24時間以内に情報へのアクセス権限を変更させるという。こうした報道などもあったため、防衛省に限らず、他省庁の中にもデロイトを事実上の出入り禁止措置にしたところがあるという。
コンサルティング「業法」制定も視野に
日経や読売の記事が出て以降、政府関係の仕事でデロイトの存在感は低下した。しかし、政府は表立ってデロイトを批判することは避けた。その理由は、予定されていた中国の習近平国家主席の国賓としての来日などが関係していたからだと見られている。
「中国に近い会社を政府が表立って排除したとなれば、中国との間で摩擦になる可能性がある。とはいっても、防衛機密やサイバーセキュリティーに関することは、国益を考えれば任せることはできない」といった声が一部の政府・与党関係者の中にはあった。そして、この「デロイト問題」を契機に、野放しだったコンサルティング業界を縛る「業法」が必要ではないかといった議論が出始めたほどだ。
今回の「持続化給付金事業」の受託者には、経営が弱った中小企業の情報が集まる。コロナ危機から早急に回復した中国の企業や投資ファンドが、日本の弱った企業へ買収攻勢をかけてくるのではないかといった見方が産業界にはある。日本政府が弱った企業への資本注入を検討している理由の一つが買収防衛でもある。「中国との関係が取りざたされる企業に、日本の中小企業の情報が筒抜けになるのは避けるべき」と、ある政府関係者は指摘する。
そう考えると、実績やランク付けが高く、入札価格も安かったデロイト側が、安全保障上の理由で入札から排除されたということに一定の説得性はある。しかし、これを表立って説明すれば中国との関係で角が立つため、デロイト側の数字を黒塗りにしたのだろう。
ただ、経産省内には違った見方もある。国会での野党の追及に対して梶山弘志経産相ら政府側は、協議会の方が支給までの時間が短いことを挙げ、提案内容の中身まで踏み込んで判断する「総合評価方式」を取った、という主旨の説明をした。デロイト側は、郵便を使ってのやり取り、協議会は電子媒体を利用したやり取りだったとされ、その違いが支給までの時間の速さの違いにつながった。
求められる迅速かつ丁寧な情報開示
電子媒体を使った方が事務処理のスピードが速くなるため、支給までの時間が短くなるというわけだ。確かに持続化給付金は、経営の悪化した中小事業者のために支給するものなので、そうした説明には一定の合理性はある。
しかし、不可解な点も残る。前述したようにデロイトトーマツファイナンシャルサービスは、原発事故の損害賠償金の支払い業務を受託しており、そこでは電子媒体を使ったシステムを導入しているという。賠償金の支払いも同様にスピードが求められるからだろう。「今回の支払い業務は、そのシステムを転用すれば簡単にできた。なぜ、情勢を考慮して電子媒体での提案をデロイト側がしなかったのかが不思議だ」(デロイトグループ関係者)といった指摘もある。
いずれにせよ、この問題は尾を引くに違いない。新型コロナウイルス感染症の影響を受けた経済危機は今後も続き、同時に政府の財政支出も続いていく。その際には、このサービスデザイン推進協議会の問題を契機に、税金がどう使われているのか、国民の関心は高まり、野党の追及も厳しくなる。黒塗りで重要情報を隠すのではなく、迅速かつ丁寧な政府の情報開示の姿勢は欠かせない。