英国ブルースの“緑神”ピーター・グリーン研究書『A Love That Burns』刊行
「エリック・クラプトンは神だ。しかしピーター・グリーンは神よりも偉大だ」
1960年代後半、イギリスの音楽ファンは口々にこう言っていたという。
1966年、ジョン・メイオールズ・ブルースブレイカーズにエリックの後任ギタリストとして加入したピーターはそれまでまったく無名だったが、一躍カリスマ的な人気を獲得する。ブルースブレイカーズのアルバム『ハード・ロード』は1967年3月、全英チャート10位というヒットを記録した。
ピーターは1967年に独立、フリートウッド・マックを結成する。アメリカの黒人ブルースをイギリス流に解釈した音楽性は絶大な支持を得て、彼らはブリティッシュ・ブルース・ブームを巻き起こす。特にピーターのギターは多くの信者を生むことになった。全英チャート1位を獲得したシングル「アルバトロス」はビートルズの「サン・キング」のインスピレーション源となり、サンタナが「ブラック・マジック・ウーマン」をカヴァーするなど、そのギター・プレイは世界のトップ・ミュージシャン達に影響を与えてきた。エアロスミスのジョー・ペリーもフリートウッド・マックの「ストップ・メッシン・アラウンド」をカヴァーしているし、ピーターがゲイリー・ムーアに譲った1958年製ギブソン・レスポールは現在メタリカのカーク・ハメットが所有している。
だが1970年4月、ピーターは突如バンドを脱退。音楽シーンから姿を消す。人気バンドのリーダーとしての精神的プレッシャーやドラッグの作用などが原因ともいわれたが、世界制圧を目前にしてのリタイアは衝撃を呼んだ。
(ちなみにフリートウッド・マックはその後、新メンバーを迎えて世界的なブレイクを果たす)
その後、ピーターは1970年代後半と1990年代後半の2度、カムバックを果たしており、1999年と2002年には来日公演も行われている。現在では再び引退しているが、全盛期といわれる1960年代後半のギター・プレイは神格化されており、今もなお世界中の音楽リスナーを魅了し続けている。
アメリカの音楽研究者リチャード・J・オーランド氏もそんな1人だ。
リアルタイムでフリートウッド・マック時代のピーターのプレイを体験したわけではないオーランド氏だが、CDで聴いてその「誠実さ、ペーソスとユーモア、そして生々しいパワー」に心を打たれたという。それから20年以上、彼はあらゆるレコードやCD、他アーティストの作品へのゲスト参加、未発売ライヴ音源などを徹底的に検証。そうして2018年に刊行した著書が『A Love That Burns: The Definitive Guide To The Recordings Of Peter Green, The Founder of Fleetwood Mac Live And In Studio 1966- 1971』(Smiling Corgi Press刊)だ。
全3冊、トータル2千ページ近くの大著である本書はピーターの出生からピーターBズ・ルーナーズでの初レコーディング、ジョン・メイオールズ・ブルースブレイカーズ、フリートウッド・マックでの活動、脱退後のソロ・アルバム『エンド・オブ・ザ・ゲーム』 (1971)に至るまでの軌跡を辿っている。
記載されている最後のレコーディングは1973年、古巣フリートウッド・マックの『ペンギン』へのゲスト参加で、1979年、『虚空のギター In The Skies』でのカムバック以降の詳細な活動については触れられていない。ピーターが“グリーン・ゴッド=緑神”と呼ばれた時期の音源が、ストイックなまでに掘り下げられているのだ。
どれだけ詳細かという例を挙げると、フリートウッド・マックが1969年1月4日にシカゴで行った伝説的なセッションにはウィリー・ディクソンやバディ・ガイ、オーティス・スパンらが参加、『ブルース・ジャム・イン・シカゴVol.1』『同Vol.2』として公式リリースされているが、本書ではわずか1日の作業に40ページを割いている。当日演奏された楽曲の解説、プレイの出来映え、当時のリスナーの反応などが細かく記されており、ページをひもときながらアルバムを聴きなおすことで、楽しみが数倍になる優れものだ。そんなこだわりが全編を貫いている。
オーランド氏は本書を著すにあたっての苦労として“信頼に足る一次情報を得ること”を挙げている。確かにアーティストの半世紀近く前の足跡を辿るのは並々ならぬ困難を伴うだろう。氏はピーター本人には取材をしていないそうだが、たとえ取材したとしても、あまり当時のことを記憶していない可能性が高い。筆者(山崎)もピーターに複数回インタビューしたことがあるが、過去の細かい話になると「うーん、覚えていない」とぼやかされてしまった。
とはいえオーランド氏はピーターのフリートウッド・マック時代の相棒ギタリストだったジェレミー・スペンサー、そしてブリティッシュ・ブルースの看板プロデューサーでマックも手がけたマイク・ヴァーノンにインタビューしており、さらに数々のレア音源、雑誌資料などに当たりながら掘り下げていく。アーティスト写真やレコード・ジャケットなど図版は一切ないが、膨大なデータの中から、ピーター・グリーンというアーティストの人物像が浮き彫りになる、現時点では邦訳の予定はないが、今後の研究者たちにとって、本書は重要文献となるだろう。
2018年9月12日にはソニーミュージック・ジャパンの“ギター・レジェンド・シリーズ”第2弾の一環として、フリートウッド・マックの『ミスター・ワンダフル』(1968)と『聖なる鳥』(1969)が廉価盤CD再発されることが決定している。ピーター・グリーンのギターは、21世紀においても我々の魂を揺さぶり続けるのだ。
●Richard J. Orlando著
『A Love That Burns: The Definitive Guide To The Recordings Of Peter Green, The Founder of Fleetwood Mac Live And In Studio 1966- 1971』
Smiling Corgi Press刊