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テレビはチョ・グク氏問題を徹底してネタにした 朝~夕を席巻する情報番組のカラクリとは

石丸次郎アジアプレス大阪事務所代表
8月後半からの数週間、テレビでチョ・グク氏の姿を見ない日はなかった。(写真:代表撮影/Lee Jae-Won/アフロ)

まるで津波のように押し寄せ、すうーと引いていった。

韓国の前法務部長官チョ・グク氏の民放テレビの扱いのことである。彼の妻や娘、一族が関連する疑惑については、9月初旬から連日大きく取り上げられ、日本の法務大臣の名前は知らなくとも、チョ・ググ氏問題にはえらく詳しいという、奇怪な現象が起こった。

韓国政権中枢にいる人物と家族に関する疑惑なのだから、ニュースであるのは間違いない。だが、日本のテレビでの扱いは、報道番組よりも情報番組の方が圧倒的に大きく、長かった。日本の政治家の疑惑は少ししか報じないのに、なぜ外国の事件を事細かく、朝から晩まで放送するのか、韓国を貶めるのが目的なのではないか、そんな批判の声が上がった。

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結論から言うと、情報番組がチョ・グク氏問題をジャブジャブ放送した理由は単純である。視聴率が取れたからだ。

◆早朝から夕方まで情報番組だらけ

民放地上波テレビは、平日の早朝から夕方まで、各局とも同じようなネタ、構成の情報番組がずらりと並ぶ。大阪の毎日放送(TBS系列)の場合を見てみると、5時25分の「あさチャン!」を皮切りに、夜7時までの6番組のうち4番組が情報番組で、実に放送時間の7割、約10時間を占める。かつてワイドショーと呼ばれた情報番組は、なぜ、かくも肥大したのだろうか?

私が初めて情報番組に出演したのは20年前。北朝鮮に関する映像リポートをスタジオで解説する8分ほどのコーナーだった。それから10数年、核や拉致問題などで北朝鮮情勢への関心が高まり、局を横断して報道番組、情報番組に出演する機会が続いた。メディアに所属しないフリーの立場では、発表の機会と報酬を頂戴できるのはありがたいことであった。

私は自分の取材したVTRについては、ディレクター任せにせず、編集の全工程を一緒に作業したので、情報番組制作の裏側を少し知ることになった。びっくりすることの連続だった。

各コーナーは、曜日ごとの担当ディレクターがいて映像や写真を集め編集する。その下にアシスタントディレクター、通称ADと呼ばれる若いスタッフがつき、弁当やお茶の注文取りなどの雑用から、解説用のボードやグラフなどの準備を担う。

午前中に放送の番組なら、前日からスタッフは総員完全徹夜で、ナレーション録りや字幕入れはオンエア数分前まで続くことがある。放送が終わると若いスタッフたちはフラフラで服もヨレヨレ。実に過酷な職場であった。※現在は、「働き改革」で随分改善されたそうである。

情報番組に出演中の筆者(左)。2007年10月、日本テレビの朝の情報番組「サンデー」より。
情報番組に出演中の筆者(左)。2007年10月、日本テレビの朝の情報番組「サンデー」より。

◆出演して分かった情報番組の仕組

視聴率競争のし烈さも知った。前日放送分の視聴率は分刻みのグラフで出る。裏番組のネタに神経を使い、司会者や出演者のしゃべりの長さ、VTRのテンポ、CMの位置、効果音や字幕の色や大きさなどで数字の上昇、下降の原因を分析する。

情報番組のみならず、民放のプログラムは「コマーシャルの入れ物」である。たくさんの視聴者を集めれば広告収入が増える。広告収入は会社の利益の源泉であるとともに、番組の大切な制作原資でもある。

某局のある硬派な報道番組は、最近じりじりと視聴率が低下していて、担当者たちはやきもきしている。番組を維持できる「限界視聴率」を切ると、打ち切りになるかもしれないからだ。

情報番組で視聴率を稼ぐために最も重要なのがネタの選択だ。社会的に重要であるかより世間の関心が優先される。その制作現場に関わったことで、一生懸命取材した自分の映像リポートもネタのひとつとして消費され、その対価を受け取っている仕組が分かった。

実に複雑な気分だった。報道番組はともかく、情報番組の場合、社会的に意味があるからではなく、視聴率が取れる時のネタのひとつとして私のリポートが採用されたことがわかったからだ。

もちろん、担当してくれたディレクター、プロデューサーの中には、朝鮮問題を伝える意味や映像の価値を評価して、放送実現に熱心に動いてくれた人が少なくなかった。また、情報番組で私のリポートを見た同じ局のプロデューサーが、夜のメインニュースでの報告の機会をくれたこともあった。

◆かくしてチョ・グク氏はネタになった

この20年間で、テレビを見る人は10%減ったとされる。各局が日中にずらりと情報番組を並べ、ネタも似たりよったりという現象は、緻密な分析と費用対効果を計算して編み出された、いわば安く視聴率を取るための一つの完成形なのだと思う。チョ・グク氏はネタになった。つまり視聴率が取れたのだ。情報番組が彼を連日取り上げた理由は、それ以上でも以下でもなかっただろう。

とはいえ、視聴率とは世相を測る物差しでもある。なぜ、韓国政権中枢のスキャンダルに、日本の大衆の多くが、かくも強い関心を示してチャンネルを合わせたのだろうか。

チョ・グク氏(右)は、結局、9月14日に法相を辞任。文政権にも傷を残すことになった。韓国大統領府発表写真より
チョ・グク氏(右)は、結局、9月14日に法相を辞任。文政権にも傷を残すことになった。韓国大統領府発表写真より

8月中旬から、安倍政権と文在寅(ムン・ジェイン)政権双方から、対抗的な言動が飛びかい、日本社会の中には、文政権に対する反感と対抗意識がむくむくと沸き起っていた。そんな折、文大統領の側近であるチョ・グク氏の家族に続々と疑惑が生じ、韓国メディアは沸騰、チョ・グク氏も文政権も強い批判にさらされた。

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それだけでは、日本のテレビが一斉に飛びつくようなことはなかっただろう。情報番組を強く引き付けたのは、「長身の美男子のエリート」、「対日批判の先鋒」というチョ・グク氏のキャラクターと、韓国で疑惑が続々と報じられたことだったと思う。

娘の大学不正入学疑惑、甥や弟の財産隠し疑惑、妻の職場の大学の研究室に強制捜査が入る、チョ氏本人が長時間の会見で疑惑を否定、文大統領が任命を強行…。このように、まるで連続ドラマのように新しい動きが続々出て来る展開は、実はテレビがもっとも得意とするパターンなのである。

ある情報番組がチョ・ググ氏で視聴率を取れたとなると、他番組もすぐ追随し、視聴率が落ちてくると、ネタは別のものに切り替わっていく。金正男暗殺事件、ボクシング協会の山根会長、テコンドー協会内紛…。節操などない。

最後になったが、情報番組の中でも、社会性の強いネタを丁寧に取材し、分かりやすく解説する優れたコーナーが作られていることは付言しておきたい。

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アジアプレス大阪事務所代表

1962年大阪出身。朝鮮世界の現場取材がライフワーク。北朝鮮取材は国内に3回、朝中国境地帯には1993年以来約100回。これまで900超の北朝鮮の人々を取材。2002年より北朝鮮内部にジャーナリストを育成する活動を開始。北朝鮮内部からの通信「リムジンガン」 の編集・発行人。主な作品に「北朝鮮難民」(講談社新書)、「北朝鮮に帰ったジュナ」(NHKハイビジョンスペシャル)など。メディア論なども書いてまいります。

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