茅ヶ崎市美術館で体験する『インクルーシブデザイン』という名の迷路の出入り口。
キーワード「インクルーシブ」ってなんだ?
これまでYahoo!ニュースでもシリーズでレポートしてきたダイバーシティはアートにこそ!という現在の状況。アールブリュットの作家たちは世界を舞台に活躍し、聴こえない音楽家、ダンサーや見えない写真家、画家ほか身体に特性があるクリエイターがリスペクトを集めています。ダイバーシティは福祉の枠を軽々と超えてだれもが自分らしい個性を発揮できるチャンスを得る時代です。
参考:佐多直厚記事一覧<PARADISで行こう>より連続記事「今、アートで沸騰するダイバーシティ」など
キーワードとして今、注目されるのが”インクルーシブ”。まだ知らなくても叱られませんが、日本語でいうと包摂的。かえってわかりにくいので解説を。「みんなの~」とか「だれでも」という言葉があります。1つの製品に使いやすさを集約して大量に、安く届けてきたのが従来のモデル。でも集約すれば、こぼれ落ちてしまう人がいます。どこかに我慢したり、仲間外れになっている人がいる。そういう人こそ探し出して一緒に解決策を探すという視点の違う「みんなの~」。これがインクルーシブ。従来型がこぼれ落ちがある網。インクルーシブは優しく包み込むシルクの風呂敷でしょうか。研究と実践が始まっているインクルーシブ教育。農業に福祉の視点で労働力、企画力向上を目指す農福連携インクルーシブデザイン構想、ビッグデータでドライブし、AIで深く追求する開発戦略と対峙する概念、インクルーシブマーケティングなど先陣を切って各方面での動きが活発です。しかしデータで真実に近づく難しさとは別次元のインクルーシブという概念と現実は理想の白い光に包まれた霧の中のようです。その手掛かりはビジネスとは遠い世界のアートの中にこそあるとわたくしは考え、冒頭のアート分野を見つめてきました。
茅ヶ崎市美術館企画展「美術館まで(から)つづく道」へ行く。
8月初旬。筆者が運営するダイバーシティビジネス開発会議体PARADISのメンバーから紹介されて茅ヶ崎へ。JR茅ヶ崎駅に降り立ち、複雑で細い道を進みます。インクルーシブな展示へのアクセスがなんともバリアフルな迷路。ここで活躍するのがスマホのマップアプリのはずが一般民家へご案内という驚きの迷路。そういえば道案内の看板を一つも見ていません。
何とか到着してお会いした学芸員の藤川悠さん。迷いました!はどうやら恒例のご挨拶らしいのです。そしてこの迷路こそが企画展の舞台であり、2年に渡るアートプロジェクトによる継続的アート、インスタレーションということが体感されるという、これは素晴らしいしてやられた感、いや巻き込まれた感マックスの感動です。灼熱の昼下がりに展示を見る親子連れなど数組の観覧者を鑑賞することも作品。自分がそうしていることさえも。そんな稀有な体験は時間、空間や感情も超えてしまう「一瞬の永遠?」そんな思いが脳裏に浮かんだのでした。
*画期的な企画展の詳細についてはニュースリリースを参照ください。
迷ったひとがもうひとり。思いがけず語り合う機会が生まれました。
藤川さんが案内している女性が目の前で鑑賞しています。聞こえてくるのはわたくしと同じく、迷いました!という声。
声の主は山下治子さん。創刊25周年を迎えたミュージアム専門誌Musee(ミュゼ)の編集長。迷った二人と迷わせて喜ばせた学芸員藤川さんの三人。それぞれの迷い道を共有する鼎談の場を持ちました。
筆者:迷った訪問者ふたりと迎えてくれた方の三人でぜひ情報共有と行きましょう。それぞれが目指す道もあり、迷っていることもありそうですよね。
藤川:迷わせてすみません。わかりにくい上に看板もなく、アプリで探すと裏道に案内されるという美術館はここくらいですね。でもアクセシビリティに取り組み始めた2年前に、訪問してきた弱視のメンバーの方が発した「むしろ迷路のように楽しんだ」がきっかけとなってそのプロジェクトMULPAが大きく舵を切って動き出しました。障害者ほか困りごとに直面する人々の問題解決を楽しんでしまう、つまり異なる認識、価値観でブレイクスルーする。インクルーシブデザインという手法で行うフィールドワーク=迷路散策。それを2018年から2019年に実施。参加した表現者、制作協力者が創り出したものがこの企画展です。アート作品の展示が美術館の役割であるとともに創造のプラットフォームになることもわたくしたちの目指す道です。
山下:そうですね。美術館を運営する側、作品を提供するアーティストそして鑑賞者。それが期待されるあり方であり、真実を研究し、公開しそして育てることも期待されます。美術館はミュージアムのひとつ。日本語でいうと博物館に入ります。公益財団法人日本博物館協会では総合/郷土/美術/歴史/自然史/理工/動物園/水族館/植物園/動水植の10種類に分類されています。
筆者:そうなんですね。博物館の仲間に入るんですね。動物園や植物園までも。そういえば水族館などはクラゲ専門とかかなりテーマパーク寄りなものもあったりします。美術館でもエンタテインメント志向とか、ピンポイントなテーマ性を持っているものがあります。茅ヶ崎の取り組みは関連企画も含めて結果的に新しいファン層づくりにも活きそうですね。
山下:この企画展が終わる9月1日その日に国際博物館会議(ICOM)が京都で開催されます。ミュゼ123号でもご紹介していますが、多彩な種別、形態、規模の博物館が有機的に連携し、文化の結節点となる役割を果たすためにどうすべきかが、議論されます。そしてICOM規約を見直し、「Museum」の定義が改正される見込みです。併せて基調講演、ソーシャルイベントも見ごたえあるものとなりそうです。
筆者:博物館が遺物の展示場というだけではなく、美術館も美術品の展示を超えた「存在の真実を確認する場所」になるような気がします。
この企画展からICOM京都へとつながってさらにアートフェア京都が9月7日~9日二条城で初開催されます。アートフェア東京のビジネス実績から伝統ある愛好家のおひざ元に進出ということです。アートにはパトロン(支援者)が必要ですね。古典音楽やコンテンポラリー(現代音楽)でも新作初演を支援するパトロンを探すプロジェクトも動いているようです。
山下:すでに様々なチャレンジが進められている日本のミュージアムですが、ゆるキャラのような館キャラも。可愛いだけじゃない役割や活動をしっかり規定しています。物言う館キャラに世界中からも魅力を賞賛されています。
藤川:この企画展のチャレンジはフィールドワークが起点です。アーティストの方々とともに創作のエンジンとなるインクルーシブな存在としての特性がある制作協力者メンバー。「聴覚」「視覚」「車椅子ユーザー」「子ども」「ベビーカーユーザー」さらに「盲導犬」。この皆さんは一本釣りです。団体へ相談することはあえてせず、この方のフィルターで感じて、創り出すという手法こそがインクルーシブデザインと。入館案内方法、展示の高さや順路、体験想定など展示設計においても、このメンバーで納得いくまで調整しました。
筆者:わたくしもインクルーシブデザインをテーマに動いていますが、インクルーシブという概念が優しげで緩やかであり、それが故になんでもありというか、つかみどころがなくて正解はないで終わってしまいがちです。このフィールドワークの入り方が取り組みの入り口を示してくれていますし、出口がこのような素晴らしい企画展になっている。しかも出口は終わりではなくて、楽しみはいつまでもという感覚が無理なくお土産になっています。
山下:その通りですね。来訪時の迷路については看板はこれからもいらないです。でも何か手がかりが、ほっこりするような道しるべがあると嬉しいです。道すがらの民家の壁に小さなオブジェがあるとか。
筆者:海風を受けて微かな音がするとか、閃くとかそれこそアートが手招きするようなものが欲しいですね。
企画展は夏休みとともに終わりますが、もったいないですよ。
藤川:そうなんです。ご希望があれば貸し出しの相談も受けているのですが、音鈴などは躯体が大きくて移動も大変。ぜひこの企画を展開し、さらなるチャレンジにジャンプしたいです。
鼎談を終えて、帰り道
学芸員の道、ミュージアムジャーナリストの道、ダイバーシティ・ビジネス開発の道。それぞれの目指す道半ばで出会った茅ヶ崎市美術館。正式経路を山下さんと西陽を左から受けて歩きながら、振り返っていました。インクルーシブデザインという手法の出口を出て見ると、それは終わりではなく、続いていること。美術館からつづく道。自分の道の上で興奮から冷めるのではなく、続きを経済支援する重要さを想いました。公的施設であっても、専門的ジャーナリズムでも継続するには効果と成長という尺度で、それぞれの資金調達力が問われます。雑誌は広告を取れば安堵する時代ではなくなっていますし、ダイバーシティ・ビジネスはとかく手弁当で、またはCSR視点でと括りがち。今回の企画展は収益を問われているものではありませんが、存在価値を大いに発揮したビジネスの解『価値あるインクルーシブは継続する価値を生み出す』を示していることを学びました。公開終了は9/1です。是非足を運んで、迷ってみてください。迷うことから始まる明日があります。
ダイバーシティ体験を主とした別視点の記事ご紹介
ダイバーシティウェブマガジン『cococolor』においてご紹介しています。この記事と有機的に連動してご参考にしていただければと願っております。ご参照ください。