思惑外れた安倍首相 ジンバブエのクーデターを知っていた中国 外資排除を訴えるグレース夫人を警戒
クーデターの構図
[ロンドン発]アフリカ南部ジンバブエを37年間統治してきたロバート・ムガベ大統領(93)が国軍に軟禁されたクーデターで、ジンバブエにとって「最大の投資国で4番目の貿易相手国」(中国の国際版機関紙、環球時報)である中国がクーデターを黙認していたのではないかとの観測が強まっています。
今回のクーデターの背景を理解するためにジンバブエの政治対立と中国との関係がひと目で分かる構図をまとめてみました。
クーデターの直接の引き金は前回のエントリーで説明したように、ジンバブエ独立闘争の英雄であるムガベ大統領が約1週間前に右腕エマーソン・ムナンガグワ副大統領(75)を更迭したことです。来年の大統領選を前に衰えが隠せなくなったムガベ大統領は当初、ムナンガグワ副大統領に政権を禅譲するとみられていました。
しかしムガベ大統領は41歳年下の妻グレース夫人(52)に大統領の座を譲ろうと考えます。このためムガベ大統領一本でまとまってきた与党ジンバブエ・アフリカ民族同盟愛国戦線(ZANU-PF)内は独立闘争世代のムナンガグワ派「チーム・ラコステ(副大統領がクロコダイル、すなわちワニと呼ばれていたことに由来する)」と、世代交代を訴えるグレース派「ゼネレーション40(G40)」の真っ二つに分かれ、熾烈な権力闘争を繰り広げていました。
独立闘争時代からの仲間であるムナンガグワ副大統領を切り、グレース夫人への「世襲」の道筋をつくろうとしたムガベ大統領に対し、副大統領の盟友である国軍トップ、コンスタンチノ・チウェンガ司令官(61)が「ジンバブエは『ムガベ王朝』ではない」と反発。11月14日から国軍の装甲車を街頭に展開、15日には国営放送局ZBCを占拠した少将が「大統領周辺の犯罪者を一掃する」と宣言する事態に発展しました。
ムガベ大統領と電話で話した南アフリカのジェイコブ・ズマ大統領によると、ムガベ大統領はジンバブエの首都ハラレにある大統領公邸で軟禁されているものの「大丈夫だ」と話したそうです。ナミビアに脱出したと一部で報道されたグレース夫人の行方は依然として分かりません。
独立闘争を支援した中国
ジンバブエに大きな影響力を持っているのは隣国の南アフリカより、白人支配を終わらせる独立闘争を支援した中国です。独立闘争は、穏健路線の「ジンバブエ・アフリカ人民同盟(ZAPU)」と、ムガベ大統領やムナンガグワ副大統領が属した武装闘争路線の「ジンバブエ・アフリカ民族同盟(ZANU)」に分かれていました。
都会の労働者を組織したZAPUを旧ソ連が支援。地方の貧農を集めたZANUは中国からの財政・軍事支援を受けていました。次の大統領になるとみられるムナンガグワ副大統領は1960年代に北京や南京で軍事訓練や中国共産党のイデオロギー教育に参加していました。
クーデターの首謀者チウェンガ司令官が先週、中国を訪れ、常万全国防相と会談していたことから、中国は事前に国軍によるクーデター計画を知っていたのではないかという観測が強まっています。中国はジンバブエの独立闘争世代と太いパイプを持っていますが、中国外務省は「通常の軍事交流だ」と全面的に否定しています。
1980年首相になったムガベ大統領は当初、親欧米路線をとり「ジンバブエの奇跡」と呼ばれる経済回復を遂げます。しかし白人農地を黒人農民に分配する土地接収法を強行し、旧宗主国イギリスを敵視する政策が裏目に出ます。アメリカや欧州連合(EU)が制裁を発動したため、ジンバブエ経済は一気に悪化します。
2008年大統領選の第1回投票で野党候補が1位になると、野党支持者への暴力が横行、野党候補は撤退を表明します。暴力の陰の首謀者は国軍にも情報機関にも通じるムナンガグワ副大統領だと言われています。独立闘争世代のムガベ大統領とムナンガグワ副大統領は実は同じ穴のムジナだったというわけです。
この空白をついてジンバブエとの経済関係を強化したのが中国です。環球時報によると、中国はジンバブエからタバコ、綿、鉱物資源を輸入し、対ジンバブエ貿易を急拡大させます。がしかし、中国の高度成長の減速に伴って2014年を境に縮小し始めています。
ハイパーインフレーションに見舞われたジンバブエ経済は中国なかりせば破綻を免れなかったでしょう。中国は対ジンバブエ最大の投資国として軍施設、火力発電所(12億ドル)、議会(4600万ドル)、スーパーコンピューターのセンター(500万ドル)、医療施設(1億ドル)への投資を進めています。
アフリカで中国に最も影響されているジンバブエ
アフリカを対象にした研究ネットワーク「アフロバロメーター」の調査によると、調査対象のアフリカ36カ国中でジンバブエは55%の回答者が最も影響を受けている国として中国を挙げました。アメリカはわずか14%。アフリカとの経済関係を強める中国にとってジンバブエは「最大の広告塔」なのです。
しかし、その一方で中国をジンバブエ発展のためのベスト・モデルと考える人は少なく、アメリカの25%を下回る20%にとどまりました。
36カ国中ムガベ大統領が政権を移譲しようとしたグレース夫人が贅沢好きで「グッチ・グレース」「ディスグレース(恥ずべき)」というニックネームで呼ばれるほど、大きな問題を抱えていました。
ザ・ディプロマット(オンラインの国際ニュースマガジン)によると、資源市場の急落で税収が落ち込んだため、ムガベ大統領とグレース夫人は中国やロシア、南アフリカが所有するダイヤモンド採掘会社を閉鎖するなど、外資を制限する動きを強めていました。このため、中国はムガベ大統領の後継問題を注視していたと言われています。
中国はムナンガグワ副大統領とチウェンガ司令官のクーデターを積極的に支援したとは言えないまでも、黙認したとは少なくとも言えるのではないでしょうか。
ムガベ大統領を国賓として招いた安倍首相の狙い
一方、日本の安倍晋三首相は昨年3月、アメリカやEUの制裁が解除されていないにもかかわらず、ムガベ大統領とグレース夫人を国賓として日本に招待しました。昭恵夫人もグレース夫人と懇談しました。ジンバブエと太いパイプを持つ中国に対抗しようとしたのは間違いないでしょう。
安倍首相はジンバブエの経済再建努力を評価し、2015年の「ニャコンバ灌漑事業のための灌漑開発計画」(供与限度額約18億円)の無償資金協力に続き、インフラ整備のための無償資金協力(供与額6億円)とザンビアにつながる道路改修の調査実施を決めました。15年9月には石油天然ガス・金属鉱物資源機構(JOGMEC)がジンバブエ政府と覚書を交わしています。
安倍首相の狙いはモザンビーク、マラウイ、ザンビア、ジンバブエに眠っている可能性が高いレアメタル(希少金属)のレアアース、チタン、タンタル、ニオブ、ニッケル、白金族。鉄道・道路・港湾のインフラを整備して日本へのレアメタル安定供給を実現することでした。しかし今回のクーデターで中国とジンバブエのつながりは一層強くなりそうです。
(おわり)