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ロシアが「放射能汚染兵器」を開発中?

小泉悠安全保障アナリスト
ダーティーボム対策訓練を行う英国の消防隊員(写真:ロイター/アフロ)

ロシアが放射能汚染を利用した兵器、いわゆる「汚い爆弾(ダーティボム)」の開発を計画しているのではないかとの疑惑が持ち上がっている。

ことの発端は今月9日、プーチン大統領がソチで軍幹部との会合に出席した際、配布資料の一部がテレビ画面に映り込んでいたことだった。

そこに書かれている内容があまりにショッキングであった為に、瞬く間にネット上で拡散したのである。

放射能汚染兵器「スタトゥース6」

配布資料のタイトルは「海洋多目的システム “スタトゥース6“」。

開発者は潜水艦の開発で有名なルビーン設計局となっており、実際に潜水艦のイラストが掲載されている。

テレビで放映された問題の画像
テレビで放映された問題の画像

問題はその説明文で、内容は以下の通り。

「用途:広範囲の放射能汚染ゾーンを作り出し、長期にわたって軍事、経済その他の活動を行えないようにすることにより、沿岸部における敵国経済の重要施設に対する打撃及び敵国領土への耐え難い損害を与えること」

つまり「スタトゥース6」は人為的に放射能汚染を引き起こす兵器であるらしい。

その具体的手段は不明だが、イラストに描かれているのはいずれも現在建造中の深海工作用原子力潜水艦09851型及び09852型であることから、海中から放射性物質を搭載した無人潜水艇や魚雷を発射するのではないかと見られる(資料にも魚雷状の物体が描かれている)。

もちろん、このような兵器は極めて非人道的なものである。また、ロシア軍の装備計画の中に正式に盛り込まれているのかどうかもはっきりしない。

ただ、プーチン大統領も出席する軍の会議でプレゼンが行われたからには、全くの思いつきではないこともたしかであろう。

ちなみにプーチン首相(当時)は2012年に公表した国防政策論文の中で、遠未来には、放射線、地球物理、ビーム、遺伝子、心理その他を応用した兵器が開発されるだろうとの見通しを示し、これらが核兵器に並ぶ重要性を獲得することになろうと述べている。

放射能汚染兵器がロシア側でひとつのオプションとして検討されていることだけはどうも確かであるようだ。

ロシアの「水中工作艦隊」

ちなみに、ロシアはすでに親潜水艦から発進して水中工作活動を行える小型原子力潜水艦を保有している。

ソ連時代に開発・建造された18510型や1910型、その後継として2000年代に建造された10831型などがそれである。

いずれもチタン製の船殻を採用することで深深度まで潜航し、マニュピレーターを使用して様々な作業を行うことが可能とされる。たとえば10831型の1番艦AS-12は、2012年、ロシア政府による北極海底の調査プロジェクトに参加し、海底の土を採取したと伝えられている。

もちろん、これらの潜水艦が従事しているのは、こうした「平和的」任務ばかりではない。冷戦期の主なミッションは、西側の海底ケーブルへの盗聴器の設置など、秘密工作であったと見られている。

このため、乗員には、宇宙飛行士に準じる医学的基準をパスしていること、共産党員であること、潜水艦の乗務歴が5年以上であることなど厳しい基準が求められたという。おそらく、現在のロシア海軍でも、共産党員であること以外は概ね同じような基準が適用されている筈である。

最新鋭の水中工作潜水艦AS-12。今のところ知られているもっとも鮮明な写真
最新鋭の水中工作潜水艦AS-12。今のところ知られているもっとも鮮明な写真

ロシアは現在もこうした活動を行っていると見られ、10月にはロシアの原潜が海底ケーブル付近で活発な行動を行っていると米『ニューヨークタイムズ』紙が報じて話題になった。この記事によると、近年、ロシアの原子力潜水艦はインターネット用海底ケーブルが通る北海、北東アジア、米国沿岸で活発な活動を行っており、盗聴のみならず有事には回線を切断することまで考慮されているのではないかとしている。

この報道に関する英BBCの記事が指摘しているように、インターネット回線は世界中に多重に張り巡らされており、たとえば米国をインターネット空間から遮断してしまうようなことは不可能であろう。しかし、英チャタム・ハウスのジャイルズ研究員は、より通信インフラの脆弱な国であればロシアのこうした工作によって通信に大きな障害を受ける可能性はあると上記記事で指摘している。

もちろん、こうした工作潜水艦隊は「スタトゥース6」のような特殊兵器の散布作戦にも用いられる可能性は考えられる。

シリア空爆では華々しい巡航ミサイル攻撃を行って注目を集めたロシア海軍だが、見えない水中の動静も要注目と言えよう。

安全保障アナリスト

早稲田大学大学院修了後、ロシア科学アカデミー世界経済国際関係研究所客員研究員、国会図書館調査員、未来工学研究所研究員などを経て、現在は東京大学先端科学技術研究センター特任助教。主著に『現代ロシアの軍事戦略』(筑摩書房)、『帝国ロシアの地政学』(東京堂出版)、『軍事大国ロシア』(作品社)がある。

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