急速に広がる”ロシア人ヘイト”に抗する
・日本で急速に広がるロシア人ヘイト
ロシア軍によるウクライナ侵攻が始まってから、日本国内では急速にロシア人に対するヘイトが広がっている。ロシア料理店へのいわれなき嫌がらせは既報<ロシア専門店に嫌がらせか 識者「国家と個人の区別を」>のとおりであるが、これは氷山の一角であり、この瞬間、ツイッター上で「ロシア人,追い出せ」と検索しただけでも、以下のように出てくる(多くは通報でツイッター社から削除されたが、まだ残存する,強調筆者,原文からそのまま引用している)。
・ロシア人を日本から追い出せ!
・ロシア人を日本から追い出せ。ロシア人は凶暴な民族だから相手にしてはいけない
・戦争大好きロシア人を日本から排除しろ!
・北方領土もそう。何がなんでも日本領だと思うなら武力でロシア人を追い出せばいい
・ロシア人を、追い出そう!入国禁止でいいし国内にいるロシア人も、皆追い出せ
・戦争大好きロシア人を日本から追い出せ
・ロシア人は全員日本から追い出せ。じゃないとロシア人保護を名目にプーチンに攻められるぞ
・何度も書くけど、まず日本にいるロシア人を全部追い出せ。まずそれからだ。
・ウクライナ人、戦え!そしてロシア人を追い出せ!
・避難してくるウクライナ人がいれば受け入れた方がいい。韓国や中国人を日本に入れるよりも日本の為になる。なんなら、ロシア人追い出せ
これはすでに述べた通り、ツイッター社が削除した後の残滓に過ぎず、もっと別の単語で検索しても山のように出てくる。ツイッター以外のSNSでも似たような状況だ。
彼らは多くの場合、アイコンに旭日旗や日の丸を掲揚したり、プロフィール欄に「右でも左でもない普通の日本人」と書きながら実際には「普通の日本人」とは到底いいがたい政治的極右、要するにネット保守である。ゼロ年代から沸き起こった彼らネット保守が、一時期熱狂した「行動する保守」と自称する”在日特権を許さない市民の会(およびその別動隊)”などが、東京や川崎、大阪のコリアンタウンで繰り広げたヘイトや、同時にネット上で展開された韓国人へのヘイトと全く同じことが繰り返されている。
言うまでもない事だが今次ウクライナ侵攻はプーチン大統領とその周辺の戦争指導者が始めた戦争であり、一般のロシア人に罪は無い。無いどころか、ウクライナ侵攻は秘匿作戦であり、一般のロシア人がこの作戦の全容を事前に知る由もない(知っていたとしたら重大な軍事機密の漏洩だ)。そして侵攻が始まってのち、ロシア政府は(或いはそれ以前から)戦時報道体制を敷き反戦機運を弾圧しており、ウクライナで起こっている民間人虐殺はこれまた秘匿されている。
・「プーチン大統領を支持しているロシア人にも責任がある」論の虚妄
しかしながら、このような直接的なヘイトでなくとも、「プーチン大統領が悪いとしても、それを支持しているロシア人にも責任はある」という論調は依然として根強い。プーチン大統領が選挙で選ばれた以上、投票したロシア人にも戦争責任はあるというのである。
これを補強するためにほぼ必ず用いられるのが「ヒトラーも選挙で選ばれたではないか。よってヒトラーが悪者なら、それを支持したドイツ人も悪い」という理屈(?)である。例:<ウクライナ侵攻『ロシア人は悪くない』論にひろゆき指摘「プーチン氏に投票し続けている人が潔白と考えるのは…」>これは本当に正しいのか。
まずヒトラーはドイツ人の意志により正当な選挙で選ばれた(ヒトラーは民主主義によって誕生した)、という認識自体が誤認である。ヒトラー率いるナチ党は、1933年にヒトラーが首相に選ばれるまで、一度たりともドイツの議会で過半数を獲得したことがない。ヒトラー内閣はそのため、中道保守政党「中央党」と組んだ連立政権であった。またヒトラーは政権掌握過程で、共産党員が国会議事堂を放火した、などとでっち上げ、ユダヤ人が国を乗っ取ろうとしていると宣伝し、従前からドイツ国内に少なからずあった反ユダヤ機運の火に油を注ぐ工作をして勢力を増大させた。
元々ヒトラーは、ファシズムの元祖ともいえるムッソリーニのローマ進軍(1922年)に刺激されて、ドイツ南部のミュンヘンでワイマール共和国へのクーデターを企て(ミュンヘン一揆)失敗したのち投獄された。その後釈放され、戦術を切り替えて、中・北部ドイツにまで党勢拡大に腐心する。その過程には宣伝戦と共産党との武力衝突があった。ヒトラーは正当な選挙により首相になったのではない。非合法的な謀略と暴力を駆使することでドイツを「乗っ取った」のである。
・戦時体制で一般国民は「事実を知ろうとする心」すら抑圧される
ヒトラーの戦争へのドイツ人の支持はどうだったのか。ヒトラーは第一次大戦の結果、非武装地帯とされたドイツ南西部のラインラントに進駐する。その後、オーストリアを併合したのち、ミュンヘン会談(1938年)でチェコのズデーテン割譲を英仏に認めさせた。その背後には軍事的恫喝があったものの、多くのドイツ人が喝さいしたことは事実だ。だがその支持の根源はあくまで「英仏との全面戦争をせず、領土を”回復”した」ことへの賞賛であった。
その後に起こったポーランド侵攻、対仏電撃戦、そしてソ連侵攻はヒトラーの秘匿作戦であり、一般のドイツ人が作戦に事前承認を与えたわけではない。戦争がはじまるとまたも戦時宣伝でドイツ国民を騙し、勝っている勝っていると喧伝して事実を遮蔽し、厭戦気分を抑圧した。この間、ドイツ国防軍の少なくない将校はヒトラー暗殺を企てたがすべて失敗した。ヒトラーは第一次大戦で従軍経験があることを宣伝していたが、実際には単なる戦場伝令兵で将官ではなかった。プロの職業軍人からヒトラーは馬鹿にされていたのだ。ドイツ軍内部ですらヒトラー支持一辺倒ではなかった。結果、ヒトラーがどうなったかは書くまでもない。
選挙によって一般の国民から支持を受けたことと、その支持から誕生した独裁者の計画した戦争を一般の国民がすべて支持していた、というのは飛躍である。そもそも、その選挙には多くの不正が混じっているのだ。まして独裁者が起こした戦争は戦時宣伝によって都合の良いものに書き換えられる。戦後、ドイツ人は当然ヒトラーを完全に否定(東西ドイツ共通)し、ヒトラーの暴走を止められなかった事実について猛省した。
だがこの故事を以て「プーチン大統領を支持しているのはロシア人なのだから、ロシア人が悪い」とする理屈はやはり成り立たない。一般の国民は為政者の戦時宣伝と国内恫喝によって事実を知る術を取り上げられている。そしてもちろん、そういった中でも懸命に独裁者に反抗し、ユダヤ人を助けようとしたり、反戦の声を挙げようとした人々が居たことは事実である。しかし彼らの多くが恫喝によって沈黙したり逮捕された。
日本でも同様である。日中戦争勃発以降、丸山眞男が定義した中間階級第二類(その分類の正確性はともかく=概ね知識人層)の少なくない部分は戦争に対して懐疑的であった(但し加担した者もいる)。しかし多くの場合、政府と結託したメディアの戦時宣伝がそれらの声を抑圧した。太平洋戦争勃発後、東條英機内閣下で行われたいわゆる「翼賛選挙」(1942年)では、衆議院の全466議席のうち、大政翼賛会の非推薦候補が85人当選している。当然彼ら非推薦候補には、様々な嫌がらせや弾圧が加えられた。このときの非推薦候補の多くが、戦後日本政治を支えていくことになる。
インターネットにほぼ皆アクセスになった現代、如何に独裁的体制であっても「積極的に知ろうとしなかった怠惰」については、確かに責められる部分はあるかも知れない。しかしこうした国の戦時体制では「事実を知ろうとする」心理そのものが権力によって二重三重に抑圧されているのだ。よって「ロシア人の怠慢と責任」という批判は、まして日本に居るロシア人に対して全く通用しない。政府と一般の人々を分けて考える―、という当たり前の原則は、貫徹されなくてはならない。ロシア人へのヘイトなど論外である。(了)