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なりすまし対策の効果あり!? しかし笑顔のパスポート写真はNG

前田恒彦元特捜部主任検事
(ペイレスイメージズ/アフロ)

 新たにパスポートを取り、夏休みに海外旅行に行こうと考えている人も多いだろう。パスポート写真に関し、次のような興味深い研究結果が明らかとなっている。

「旅券(パスポート)の不正使用を防ぐには、笑顔の写真を使うべき──こう示唆する論文が、英医学専門誌『ブリティッシュ・ジャーナル・オブ・サイコロジー(British Journal of Psychology)』に掲載された」

「40人の被験者は、知らない人物の顔写真60組を照合。同一人物の異なる写真2枚、似ているが別人の写真2枚について、無表情のものと笑顔のものを照合した。その結果、同一人物の異なる写真の比較では、笑顔の写真で照合精度が9%向上した。似ているが別人の写真の比較でも、笑顔の写真で精度が7%向上した」

「身分証明写真には、通常使っている無表情ではなく、口を開けた笑顔の写真を使用すると、照合がより簡単になることを研究は示唆している」

出典:テレグラフ

【パスポートの重要性】

 パスポートは国際的に最も有効な身分証明証であり、銀行口座開設や携帯電話契約などの際にも使用できることから、不正取得や偽造がつきものだ。

 特にわが国のパスポートは、一定期間の観光旅行であればビザなしで約170カ国に出入国が可能であるなど、世界的にも信頼度が高い。

 そこで、わが国の旅券法は、パスポートの申請時に申請書類に虚偽の記載をしたり、他人の写真を添付するなど、「不正の行為」に基づいて交付を受ければ、たとえ営利の目的がなかったとしても、それだけで最高で懲役5年の刑罰を科すことにしている。

 他人名義のパスポートを使ったり、行使の目的で他人からパスポートを譲り受けたり、他人に譲り渡すなどした場合も同様だ。

 例えば、懲役刑や禁錮刑の執行猶予期間中はパスポートが取得できない決まりだが、どうせバレないだろうと甘く考え、申請書の「現在日本国法令により、仮釈放、刑の執行停止又は執行猶予の処分を受けていますか」の欄の「いいえ」にチェックを入れて申請し、そのままパスポートの交付を受ければ、旅券法違反となる。

 このほか、既に有効に発給されたパスポートの写真を別のものと貼り替えるなど、スパイ映画で描かれているような行為に及べば、今度は刑法の公文書偽造罪に当たり、最高で懲役10年の刑罰が科される。

 その意味で、冒頭で挙げたような個人識別に関する研究結果は注目に値する。

 せっかくだから、有効期間の長いパスポートには無愛想な表情ではなく、いきいきとした笑顔の写真を使いたい、という人も多いのではなかろうか。

 外国人のパスポートの中には、笑顔の写真を使っているものも散見される。

【厳格な規格あり】

 しかし、残念ながらわが国では無理だ。

 旅券法や関連規則、渡航に関する国際組織である国際民間航空機関(ICAO)のルールに基づき、パスポート写真に関する厳格な規格が定められているからだ。

 これには、2001年のアメリカ同時多発テロが強く影響している。

 テロを未然に防ぐためには、その前提としてテロリストの出入国やパスポートの不正使用を厳しく規制する必要がある。

 そこでいかなる手段がベターかということが活発に議論された結果、まずアメリカが先導を切って、生体情報認証技術(バイオメトリクス)を採用したパスポートの導入を各国に求めた。

 2003年、わが国が加盟している国際民間航空機関も、パスポートにICチップを組み込むことや、そこに個人識別のための生体情報として少なくとも顔の画像を記録しておく、という基本ルールを採用した。

 そのデータとパスポートに印刷されている写真とを照合すれば、後で貼り替えられたものか否かがすぐに分かるからだ。

 わが国でも、2006年3月20日以降に申請・発給されたパスポートには、ICチップが組み込まれ、顔写真のデータが記録されている。

 こうした技術の応用により、いずれは、出入国審査の際、同一人物か否かの識別が瞬時に行えるようになることまで期待されている。

 審査官にパスポートを提示した人物の顔を機械で読み取り、ICチップ内の顔写真のデータと照合すれば済むからだ。

 その方が、審査官の人間的な目よりも正確だし、審査官の裁量が入り込む余地もなくなる。

 次の記事のとおり、成田空港では6月11日から日本人向けの「顔認証ゲート」が本格導入されており、8月9日までには関西、中部、福岡の各空港でも順次導入される予定だ。

「パスポートを機械にかざし、集積回路(IC)チップに記録された本人の顔写真データと、ゲートの鏡(高さ80センチ、幅30センチ)の内蔵カメラで撮影した顔を照合する。一致すれば審査終了でゲートが自動で開く」

「審査官がパスポートに出入国のスタンプを押す必要はなくなるが、希望者は申し出れば押してもらえる。対象は身長135センチ以上で事前登録は不要。帽子にマスク姿だと、一致せず通過できない。複数人が同時にゲートを通過しようとすると、警告ランプが点灯し、近くの職員が駆けつける」

「増加する訪日外国人の入国審査に時間がかかっており、顔認証ゲートの導入で、審査官を外国人の審査に回せるようになる」

出典:毎日新聞

【「平常の顔貌と著しく異なる」か否かが重要】

 具体的には、次のような写真はNGだ。

 こうした写真を使ってパスポートを申請したとしても、「不正の行為」とまでは言えず、先ほど挙げた旅券法違反には当たらない。

 それでも、申請は通らず、改めて撮り直した写真の提出を求められる。

 その分だけ発給も遅れ、時間を浪費する結果となる。

外務省のホームページより
外務省のホームページより
外務省のホームページより
外務省のホームページより

 この中で、「平常の顔貌と著しく異なるもの(口角が上がるなど)」というのが、笑顔NGの例だ。

 先ほど述べたとおり、いずれは出入国審査にやってきた人物の顔を機械で読み取り、ICチップ内の顔写真のデータと照合して同一人物か否かの判断を行うことが予定されている。

 そのためには、表情筋の動きによって程度の差が出てくる笑顔ではなく、たとえ無愛想でも「素の顔」であることが求められるわけだ。

 ほんのわずかに微笑んでいるといった程度であれば申請時に注意されることもないだろうが、口角が上がっていればアウトだし、それこそ歯を出して笑っていれば完全にアウトだ。

 特に目が個人識別の際に重要となるので、髪の毛やメガネで隠れている場合や、カラーコンタクトを装着して目の色が実際と異なっている場合、デカ目修正を施している場合などもNGだ。

 なお、パスポートは有効期間が長く、取得後、美容整形や加齢、病気、ケガ、激ヤセ、激太りなど様々な理由で本人の顔がパスポートの写真と全く食い違っている場合もあるだろう。

 審査官の審査でアウトになった場合、別室で詳細な取調べを受け、問題なしと判断されれば、入国できる。

 そのために、美容整形院の中には、整形証明書を発行しているようなところもある。

 先ほど挙げた成田空港の「顔認証ゲート」も、おそらく日本人専用機だからだろうが、パスポートの写真が古かったり、美容整形したりしていても、ほぼ問題なく通過できるとのことだ。

 ただ、結局のところ、国ごとに審査基準はケースバイケースであり、どこでも問題なくパスできるという保証はない。

 たまたま申請時に笑顔の写真がスルーされ、うまくパスポートが取れたと喜んでいても、いざ海外の入国審査で入国を拒否されるような事態になれば、楽しかったはずの旅行が台無しだ。

 余談だが、運転免許証にもICチップが埋め込まれていることはご存じだろうか。

 氏名や本籍、顔写真、免許種別などのデータが記録されている。

 同様に、この写真も、「平常の表情と異なる」ということで、笑顔はNGになっているので、注意を要する。(了)

元特捜部主任検事

1996年の検事任官後、約15年間の現職中、大阪・東京地検特捜部に合計約9年間在籍。ハンナン事件や福島県知事事件、朝鮮総聯ビル詐欺事件、防衛汚職事件、陸山会事件などで主要な被疑者の取調べを担当したほか、西村眞悟弁護士法違反事件、NOVA積立金横領事件、小室哲哉詐欺事件、厚労省虚偽証明書事件などで主任検事を務める。刑事司法に関する解説や主張を独自の視点で発信中。

元特捜部主任検事の被疑者ノート

税込1,100円/月初月無料投稿頻度:月3回程度(不定期)

15年間の現職中、特捜部に所属すること9年。重要供述を引き出す「割り屋」として数々の著名事件で関係者の取調べを担当し、捜査を取りまとめる主任検事を務めた。のみならず、逆に自ら取調べを受け、訴追され、服役し、証人として証言するといった特異な経験もした。証拠改ざん事件による電撃逮捕から5年。当時連日記載していた日誌に基づき、捜査や刑事裁判、拘置所や刑務所の裏の裏を独自の視点でリアルに示す。

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