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習近平主席訪英の思惑 ― 「一帯一路」の終点

遠藤誉中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

習近平国家主席が10月19日からイギリスを公式訪問する。中国の主たる狙いはTPPに対するAIIBと一帯一路の強化や人民元国際化ではあるものの、それ以外にイギリスを一帯一路の終点と位置づける思惑がある。

◆CCTV、キャメロン首相の単独取材を繰り返し報道

中国の中央テレビ局CCTVは、イギリスのキャメロン首相を単独取材して、繰り返し報道している。

キャメロン首相はつぎのように語っている。

●今回の習近平国家主席の訪英は、英中関係が最も良い時期に当たっている。私はこれを英中関係の「黄金時代」と呼んでいる。

●イギリスは世界各国に市場を開放しているが、中国が投資する先としては、EUのどの国よりもイギリスが最も適している。

●中国の経済は転換点に来ているが、しかし今後も成長を続けるであろうことを私は信じている。イギリスの対中貿易は過去10年の4倍になった。

●ロンドンでは、世界に先駆けて2014年10月から人民元建ての債券を発行するようになったが、イギリスは金融街として全世界を牽引していくことだろう。

●AIIB(アジアインフラ投資銀行)加盟にEUで最初に手を挙げたのはイギリスで、その後に他のEU諸国が続いた。

●これは決してアメリカとの衝突を意味しない。イギリスがAIIBに加盟したことは正しい選択であり、今後は経済貿易のみならず、文化や人的交流に関してももっと力を入れたい。現在イギリスにいる中国人留学生はすでに13万5千人を越えている。

●中国の対英インフラ投資は、より多くのイギリス人の雇用を生んでおり、英中双方がメリットを互いに享受している。これからはチャンスの時代。より多くのチャンスが待っている。

CCTVはさらに、習近平国家主席の訪英中に、150件ほどの大型プロジェクトをイギリスと約束しているなどと報道した。

◆習近平の思惑――イギリスを「一帯一路」の終点に

習近平がAIIBに関して「イギリスを落せる」と計算したのは、チベット仏教のダライ・ラマ14世に関わる裏事情があったことは今年3月2日の本コラム「ウィリアム王子訪中――中国の思惑は?」で触れた。一種の「脅迫」にも似た形でイギリスが加盟したあと、日米などを除くG7の切り崩しに成功している。

中国にとってAIIBと一帯一路(陸と海の新シルクロード)構想は、グローバル経済の中における中国の砦(とりで)のようなものだ。

AIIBは人民元の国際化を狙ってはいいるが、一帯一路構想により、アメリカがアジア回帰して対中包囲網を形成することと、世界に「民主」を輸出するアメリカの価値観外交による対中包囲網形成を阻止することにある。

10月7日付の本コラム<TPPに「実需」戦略で対抗する中国>に書いたように、習近平政権としてはアジアの「実需」に重点を置きながら、一方では一帯一路の終点を「西の果て」のイギリスに置いて、アメリカと区切っているのである。

同コラムに書いたように、中国は「普遍的価値観」などを共有(強要?)するファクターのある経済連合体には加盟しない。二国間の自由貿易協定(FTA)に近い形ならば、喜んで提携する。

イギリスはたしかに「人権の尊重」を求めて中国を批難した過去があるし、特にチャールズ皇太子はダライ・ラマ14世と会うことを批難する中国を、心の中では嫌っているにちがいない。そのために、今般の習近平訪英では、自宅に招きはするものの、エリザベス女王がバッキンガム宮殿で主宰する晩餐会には出ないという。「せめてもの抵抗」を示しているのだろう。

そのチャールズ皇太子とて、「王室として法王に共鳴している」という要素はあっても、アメリカのように「民主主義を輸出して、普遍的価値観で中国を包囲する」といったようなことは要求しない。現にキャメロン首相はCCTVのために、あれだけ中国をほめちぎっているし、エリザベス女王も、「やむを得ず」であるかもしれないが、最高級の国賓待遇を習近平国家主席に与えている。王室と異なる動きを政権がすることもあれば、王室の一部が抵抗しても女王の名義が冠に着いていれば国家間として動ける。

キャメロン首相がCCTVの取材で「アメリカと衝突を起こしはしない」とわざわざ言ったのも、ある意味の米英間の「微妙な亀裂」が懸念されているからだろう。中国にとって、束になって「普遍的価値観」という価値観外交で中国を取り囲もうとするアメリカよりも、イギリスの方がずっとありがたいのである。

だからこそイギリスを一帯一路の終点として、フォーカスを絞ったのだ。

こうすれば、中国は西へ向けた地球儀の半分以上は制覇できる。

今年9月9日にはイギリスの海運業界の「ロンドン海事サービス協会」は中国の関係企業と協定を結んだ。同協会の責任者は「海のシルクロードは、海運の国であったイギリスにとっては非常に重要な構想だ」と「一帯一路」を高く評価している。

今年4月22日には北京で「華龍一号」(中国が開発した原子力発電第三代ブランド)がイギリスにおいて着工される運びとなった祝賀会が開催されたが、そのときに中国側は「海のシルクロードの始点は福建で、終点はイギリスだ」と述べている。

インドネシアの高速鉄道を手に入れただけでなく、中国は原発を初めてEUに輸出する国となり、AIIBと一帯一路により「実需」で地球儀の半分を固めていくことになる。

日本には「中国を普遍的価値観を共有するTPPに誘い込む」といった夢を語る人もいるが、中国は経済連携では壮大な戦略を描いても、決して普遍的価値観を論じるような世界には入らない。

日本に対して歴史カードを高く掲げ、歴史認識問題を国際社会の共通認識にしようとしている「思想闘争」も、実はこの訪英と無関係ではない。日米関係が緊密である日本をターゲットにしてアメリカを困らせTPP構想を切り崩すのと同じように、普遍的価値観を要求してこないイギリスに対して、AIIBや一帯一路で広大な経済連携体を構成して、TPPに対抗しようとしているのである。

金融センターには透明性や民主がなければならないが、しかしイギリスの金融街シティを仲介しながら人民元の国際化を図るという戦略がいま進みつつある。

これはキャメロン首相がCCTVの取材に答えているように、互利互恵の関係により発展する可能性を否定できない。

中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『中国「反日の闇」 浮かび上がる日本の闇』(11月1日出版、ビジネス社)、『嗤(わら)う習近平の白い牙』、『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』、『 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』など多数。

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