美味しいお茶をマイボトルで 海洋プラ問題に取り組む人びと(1)7月はプラ削減のチャレンジ月間
■7月は Plastic Free July【プラスティック フリー ジュライ】
直訳すると「プラスティックを使わない7月」となるが、2011年にオーストラリアで始まったアクションで、使い捨てプラスティックを減らす取り組みだ。 この問題への関心の高まりから世界中に拡大し、世界190カ国から推定1億4000万人が参加した。
現在、海を漂うプラスティックは約1.5億トン。毎年800万トンが新たに流れ込んでいる。2050年までに魚の重量を超えると予測されている。今年は年末に国連環境計画(UNEP)で海洋プラの規制が合意される予定で、問題の転換点になる一年だ。このシリーズでは海洋プラ問題に取り組む人々や組織についてリポートする。
■あなたのマイボトル水筒に 美味しいお茶をそそぎます
大阪市の中心部に店を構える創業160年の老舗の日本茶店、袋布向春園本店(たふこうしゅうえんほんてん)には、水筒を持った人がたびたび店を訪れている。店先には「給茶スポット」と書かれた綺麗なグリーンのシールが貼られている。これは全国各地のカフェや喫茶店などで、マイボトル(自分の水筒)を持参して、お茶を購入できるサービスだ。このお店では1杯160円からお茶の購入ができ、種類も抹茶や玉露などから、紅茶やルイボスティーまで幅広い商品を扱っている。暑い中、子連れの方や年配の方が、マイボトルで冷たいお茶を購入して帰っていく。
井上典子さんは、袋布向春園本店の次女で、子供の頃から日本茶が大好きだった。お店の営業や工場長を経て、現在は販売やイベントなどを担当している。
「渋め、やわらかめ、濃いめ、あっさりなどお茶は変幻自在に味を変える。そんな豊かなお茶をたくさんの人が楽しんでほしいと思う一方で、市場ではペットボトルでのお茶が2000年代ごろから一般的になって、1回飲むだけであんなに大量のペットボトルがでるのはよくない。ペットボトル以外の方法でみんながお茶をもっと飲めたらいいのに」と胸を痛めていた。
2006年のある日、井上さんは小さなネット記事に目が止まった。お店の近くに本社がある象印マホービンが、全国のカフェや喫茶店を対象に「給茶スポット」のサービスに参加しないかと呼びかけていた。井上さんは、「ペットボトルを使わずに、美味しいお茶を、多くの人に飲んでもらえるすばらしい機会!」と早速連絡し、2007年から参加した。
2024年現在、コーヒーや紅茶のチェーン店では、マイボトルやタンブラーにコーヒーなどを割引価格で購入するサービスはあるが、日本茶でこのタイプのサービスがあるのは珍しい。井上さんは、これまで取引先のお茶関連の会社などとも協力して、全国の日本茶の小売店に「給茶スポット」サービスへの参加を呼びかけたりしていた。多様な日本茶を水筒で気軽に楽しんでもらえるようにと、茶筅を使わなくても水筒と抹茶があれば「抹茶」を簡単に楽しめる「シャカシャカ抹茶」という商品を紹介するなど、さまざまな取り組みを行なってきた。
最近では関西の大学の環境問題を扱う学生団体などにワークショップをする機会もある。他の社員とも協力しながら、若者や子どもたちにも、「ペットボトル以外の手段でも」美味しいお茶を楽しむ機会を提供したいと、日々努力を続けている。
■ペットボトル 激増する消費量
便利で使いやすいペットボトルの世界全体の消費量はこの20年で、激増している。2005年には、年間約3,000億本だったが、2016年には4,800億本に急増。 1分間で100万本、1秒で2万本が消費される計算だ。 さらに、2021年には世界の消費量は5,833億本となった。500mlのボトル高さを20cmとして、地球1周分を4万キロメートルとして計算すると、ボトルの年間消費量は地球2916周分にもなる。
国別の消費量では、第1位は中国で783億本(2016年)、第2位は米国で345億本。日本は280億本(いずれも2016年)。日本の場合、一人が、年間224本を消費している計算になる。日本では、ペットボトルのリサイクル自体は、8割を超えていて、20年前と比べると、技術的にも意識的にも経済的にも向上や改善が見られる。しかし、今後も、世界全体のペットボトルの使用が増えていく可能性がある中で、Re-use(繰り返し使う)Reduce(使う量をそもそもへらす)の2つの活動が重要となる。
■象印が取り組むマイボトルの啓発活動
冒頭の日本茶のお店が参加している「給茶スポット」は、象印が2006年から始めた取り組みだ。公式ホームページには全国各地に140以上の「給茶スポット」があることが掲示されている。冒頭で紹介した日本茶店をはじめ、街の喫茶店や、スタイリッシュなカフェなどバラエティにとんだラインナップとなっている。給茶の種類や販売価格は、お店の個性に合わせてさまざまだが、マイボトル(水筒)を持参すると洗浄してくれて、飲み物を買えるのは共通している。実はこのサービスの店頭シールなどには、象印の名前は小さくしか書かれておらず、水筒も象印以外の物でもOKというのもユニークなところだ。
新事業開発室 室長の岩本雄平さんは「マイボトルが一般化していく中で、いくつかの課題が上がりました。家から持って出た飲み物を飲み終わるとマイボトル(水筒)が役に立たなくなる、洗うのが大変、マイボトル自体が重いなどです。社内でそれらを改善していく中の一つに、街中でもっと気軽に飲み物を補充できるサービスがあったらと「給茶スポット」をはじめたのが2006年からです。」
冒頭で紹介した袋布向春園のような実店舗でのサービス以外に、イベント会場でのマイボトルの利用啓発活動や、まちなかでよりマイボトルを利用しやすくするような新事業の展開を行っている。
■ 作る責任 使う責任 SDGsの目標
19世紀末、ガラス産業が発達していた大阪で、まほうびんがつくられはじめた。かつては家庭に1台だったガラスのまほうびん。1980年ごろからはステンレス製も登場し、当初は大型で各家庭に一本だったが、小型化が進み、2000年ごろから一人一本をもつマイボトルの形に変化してきた。それがよくわかるのが大阪市にある「まほうびん記念館」だ。懐かしい花柄のまほうびんなど、さまざまな展示がたのしめる。冷蔵庫や電子レンジがない時代に、温かいものが温かいまま、冷たいものが冷たいまま、長時間経った後もすぐに飲めるということが、いかに大きな驚きだったのかと、想像できる。
「まほうびん記念館」の展示スペースの一角には、空のペットボトルが大量に置かれている。「1人が1年に消費するペットボトルは何本でしょうか?」という問いかけと一緒に置かれたペットボトルの束は、外で行われる環境イベントでも展示されることがあり、参加した若者たちにはいい意味で衝撃的だ。100年前には、生活の質を豊かにしたまぼうびんやマイボトルが、いまは、地球環境を改善することにつながっている。マイボトル(まほうびん)に課された新しい役目は、作る責任、使う責任という。SDGsの目標12番目に直結した商品なのだと感じた。
来年、大阪で開催される大阪・関西万博では、象印が東大阪の中農製作所と共同で開発している「マイボトル洗浄機」が設置される予定だ。社内検証で出てきた課題の一つである「洗うのが大変」という対策として、本体とふたを別々にセットするだけで、最短20秒程度で一度に洗うことが可能となる洗浄機。オフィスやカフェ、大学のような人が集まる場所で、気軽に使えることを目標としており、万博会場では給水機と併設することで、来場する人が気軽にマイボトルを使える機会を提供する。
メーカーや、販売店が「作る責任」のためにさまざまな努力をしている中で、「使う責任」は私たち消費者の自覚と行動に課されているのだ。
■各国でプラスティックの規制強化の動き加速
深刻化するプラスティックの問題を受けて、各国でも規制強化の動きが加速している。一人あたりの使用量が最も多い米国では、2021年11月に米国環境保護庁が「国家リサイクル戦略」を発表し、リサイクル可能な商品の増加や、リサイクル過程での環境負荷の軽減を行い、2030年に向けたリサイクル率50パーセントを目標に定めた。
世界最大のプラスティック消費国である中国。2021年に発表された「プラスティック汚染改善行動計画」では、2025年までに削減目標や、生産、流通、消費などにおける管理強化が記された。小売り、オンライン取引、飲食、ホテルなどでの使い捨てプラの削減と、代替品の普及や、リサイクルの強化が示された。
EU(欧州連合)は、使い捨てプラスティック製品の流通を2021年までに禁止する法案が可決。2021年7月から代替可能な皿、カトラリー、ストロー、コップ、発砲スチロール製食品容器などが規制対象となった。プラスチックボトル回収率を2029年までに90パーセント、リサイクル材料含有率を2030年までに30パーセントといった明確な目標も掲げている。他にもフランスでは、2022年1月から全ての小売業で、野菜と果物のプラスティック包装が禁止となったり、イタリアでは2018年1月にマイクロプラスティックを含む製品の生産が禁止されるなど、さまざまな対策が進められている。
2024年11月には韓国・釜山で、国連環境計画が主導して、海洋プラスティックの国際規制に関する国際会議が行われる予定だ。どのような規制ができたとしても、それですぐに海の環境が劇的に改善するわけではない。作る責任、使う責任を全ての人々が自覚し、行動に移すこと。たった一本のマイボトルが、未来を変える一歩となる。
Plastic Free July【プラスティック フリー ジュライ】に、海洋プラ問題に取り組む人々や組織についてリポートするシリーズは続きます。