中国、不戦勝か――米「パリ協定」離脱で
6月1日、トランプ大統領はパリ協定からの離脱を表明した。中国はグローバル経済だけでなく気候変動に関しても世界を主導していくと言わんばかりだ。李克強首相がメルケル首相と会談しEUとも首脳会談を行なった。
◆トランプ大統領のパリ協定離脱宣言を喜ぶ中国
6月1日、トランプ大統領は地球温暖化対策の国際的な枠組みである「パリ協定」から離脱することを表明した。
中国外交部は記者会見で、このことに関する記者の質問に対して以下のように「勝ち誇ったように」回答している。中国語では「覇気を以て回答」という言葉を用いているが、この「覇気」は「威張った様」を示すものだ。
――中国はアメリカが「パリ協定」から離脱すると宣言したことに注目している。「パリ協定」は気候変動に対する国際社会の広範なコンセンサスを凝集したものであり、各国各国民はようやく得られたこの貴重な成果を維持すべく努力していかなければならない。中国政府は気候変動問題を非常に強く重要視しており、イノベーションや協調、グリーン化(クリーンエネルギー化)などを徹底して貫徹し、気候変動問題に積極的に対応する。これは中国が発展途上の大国として担っている国際的な責任であり、同時に中国の持続的な発展に対する内在的要求でもある。
中央テレビ局CCTVでも特集番組を組み、一昨年アメリカとともにようやくパリ協定の合意にこぎつけ昨年から発効させた「大国」として、「アメリカが抜けるなら、中国がリーダーシップを発揮しましょう」とばかりに、声を張り上げて中国の存在を大きくアピールした。
それはまるで、グローバル経済でもアメリカが抜けてくれたお蔭で中国が世界の覇者たりえたし、地球温暖化問題という人類の課題に対しても、中国が先頭に立つと宣言しているようで、「喜びと自信に溢れている」ことが画面からも伝わってきた。
アメリカに追いつけ追い越せと、一帯一路構想やAIIB(アジアインフラ投資銀行)などに力を入れてきた中国だが、アメリカのTPP離脱に続くこのパリ協定離脱は、思いもかけない天からの贈り物。
不戦勝に輝く勝者のような面持ちである。
◆李克強首相、メルケル首相らと会談
タイミングもまた中国に利した。
アメリカでトランプ大統領がパリ協定離脱宣言をしているちょうどその時に、李克強首相はドイツのベルリンでメルケル首相と会っていた。2004年から始まっている中独二国間首相年次会談制度(シャトル外交)に基づいた会談で、中国は政府間協議を含む70余りの二国間協議協力制度を実施している。会談後の記者会見で李克強首相はパリ協定に関して「国際的合意であり、中国は国際的な責任を負う」と述べ、自由貿易に関しても「中国にとってドイツはEUの中でも最重要のパートナー」と持ち上げた。事実、中国側の統計によれば、2016年の中独二国間貿易額は1512億9000万ドルに達し、ドイツはEUにおける中国最大の貿易パートナーとなり、また昨年、中国は初めてドイツ最大の貿易パートナーとなっている。
イタリアで終わったばかりのG7首脳会談においてトランプ大統領との間に溝が生まれたメルケル首相は、「中国とのパートナーシップを強化していくことこそが、われわれの責任だ」として、李克強首相に応じた。それはまるで「アメリカの時代が終わり、中国の時代が始まる」ような印象を与えた。
その後、ドイツのシュタインマイヤー大統領とベルリンで会談した李克強首相は「世界の政治・経済情勢は不確定要因、不安定化要因が増加している」とした上で、「中独の多国間主義の維持自体が、世界に対する安定のメッセージとなった」と述べた。また、気候変動対策に対する中国の立場を伝え、「ドイツが議長国となる今年のG20ハンブルグサミットを成功させよう」と、すでにG20首脳会談における中国のリーダーシップの唾付けをした格好だ。
李克強首相の訪独をこの時期に合わせたのは、来月開催されるG20首脳会談のためという中国の計算だったが、思いもかけず、トランプ大統領が中国に絶好のタイミングにおけるプレゼントをする結果となった。
中国はここでも不戦勝を勝ち取っている。
◆李克強首相、EUで首脳会談
その足で李克強首相は現地時間6月1日夜、第19回中国・EU首脳会合出席とベルギー公式訪問のため、ブリュッセルに到着した。ブリュッセルではトゥスク欧州理事会議長(EU大統領)、ユンケル欧州委員長と首脳会談を行ない、エグモント宮殿で開催された中国EUビジネスサミットで講演した。
中国は2030年までに2005年比で二酸化炭素排出量を60~65%削減する目標を立てており、来る日も来る日も「クリーンエネルギー」産業へのイノベーションを叫んでいる。一帯一路沿線国での巨大太陽光パネルや風力発電などの映像がCCTVの画面に出て来ない日はないくらいだ。
事実、米研究機関IEEFA(エネルギー経済財務分析研究所)やBNEF(Bloomberg New Energy Finance、ブルームバーグ・ニューエナジー・ファイナンス)などのデータによれば、2016年の太陽光・風力・水力などを利用した再生可能エネルギーへの投資は、中国が世界一で、アメリカを遥かに抜いている。外交部コメント(内在的要求)にもあるように、自国の大気汚染問題というせっぱ詰まった要因が大きいだろうが、それにしても、中国の海外投資額は前年比の60%増だ。2017年1月ー3月期の世界のクリーンエネルギー投資額では、「中国:179億ドル、アメリカ:94億ドル(日本:41億ドル)」となっている。
そのため、(EUとは通商交渉で難航し共同声明を出すには至ってないが)EU首脳との会談で気候変動への技術革新に関しては「EUと中国の関係こそが柱になっていく」との認識を共有した。
特に今年は中国-EU関係樹立40周年記念に当たり、互いの首脳シャトル外交も18回目になる。国際社会における後退をアメリカが自ら選択したことにより、EUとの関係においても世界第二の経済国である中国はその存在感をアピールする結果を招いた。
◆クシュナー氏のロシアゲート疑惑が影響か
5月29日付のコラム「駐米中国大使とも密通していたクシュナー氏」でも触れたように、キッシンジャー元国務長官や中国政府に洗脳されてしまったイヴァンカ夫妻、特にクシュナー氏は、ロシアゲートに関してFBIから名指しで調査対象とされており、トランプ政権にとっては痛手だろう。中国政府が背後で動くことによって、直接的にはクシュナー氏らによって政権中心から追い出された対中強硬派のバノン氏(主席戦略官)等を政権中枢に復帰させることによって、ロシアゲート疑惑を避けようと、トランプ大統領は考えたのではないかと推測する。
パリ協定離脱派にはバノン氏やプルーイット氏(環境保護庁長官)などがいて、離脱反対派にはイヴァンカ&クシュナー夫妻やティラーソン氏(国務長官)などがいる。
G7首脳会談では、ドイツのメルケル首相が、女性同士としてか、トランプ大統領に影響力を持つイヴァンカ説得を試みている。しかしメルケル首相と相性の悪いトランプ大統領は、ロシアゲート疑惑も考慮して、今回はイヴァンカ夫妻の言うことは聞かなかったものと思われる。
ロシアとのつながりによって大統領選挙を有利に持っていったのは、否定できない事実だろうと多くのアメリカ国民が思っているようだ。その疑惑をかわすことが目的だったのか、あるいはオバマ政権で決めたことは何でも覆したいという思いがあったのか。
トランプ大統領自身は選挙公約で言ったことを守るためと言い、また「私はピッツバーグ市民を代表して選ばれたのであり、パリ市民を代表していない」と、鉄鋼業の衰退に苦しんだピッツバーグの労働者に寄り添う姿勢を強調してみせた。しかし肝心のピッツバーグ市長は、「ピッツバーグは世界とパリ協定を支持する」と反論した。
パリ協定脱退と同時に政権中枢にいる人間に微妙な変化が出ているところを見ると、おそらくクシュナー氏へのロシア・ゲート疑惑が最大の原因だろうことが推測される。
◆日本は厳しい立場に
いずれにせよ、こんなに次々と国際合意から離脱するようなことをされては、日本にも悪影響をもたらす。
パリ協定の再交渉をする可能性があるならそれに応じるとしたトランプ大統領に対し、ドイツ・フランス・イタリヤの首脳がたちどころに「その可能性はない!」と否定した。
いずれもが中国を肯定し、中国につこうとしている。
アメリカは自らの手で、世界の大国としての地位を放棄しようとしているのだ。
そのすべての隙間に中国が入っていく。
もっとも、中国は地球温暖化ガス排出量では世界1位であることを忘れてはならない。
EDMC(The Energy Data and Modelling Center)エネルギー経済統計要覧2017年度データによれば、世界の二酸化炭素排出量総量(330億トン)の28.3%は中国で、2位のアメリカ15.8%を遥かに上回っている。
北京の住民は常にPM2.5におびえ、安全に呼吸することさえ保障されていないことは周知の事実だ。水道水が飲用に仕えないのは言うに及ばず、河川汚濁、土壌汚染の程度なども、大気汚染のひどさに負けていない。
中国にも早くから環境保護法の類はあるにはあったが、なにせ許認可権を持っている各部署の党幹部に賄賂さえ渡せば目こぼしをしてもらえた。中国の古くからの賄賂文化が改革開放とともに復活し、今になって腐敗撲滅運動に必死になっている。それでもイタチゴッコ。
規制と成長の間で、中国自身は国内ではパリ協定に沿って勇ましく動けるとも思えない。IEA(International Energy Agency、国際エネルギー機関)の調査によれば、石炭火力発電の中国国内における総電力に占める割合は70%と、依存度は依然として高いのが実態だ。
一方、正式な離脱はパリ協定発効から3年後の2019年11月から可能となる。その間にアメリカを説得するのが日本に課せられた役割だろうが、TPPでも経験した通り、日本があれだけ努力して説得しても、トランプ大統領は言うことを聞かなかった。パリ協定に関してはアメリカ国民の多くが離脱反対を訴えているので、日本の説得が功を奏する可能性も否定はできない。
それでも問題なのは、国際社会でアメリカが存在感を喪失することによって日本の立場が厳しくなることだ。
日本はよほど注意して情勢を見極めなければならないだろう。