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映画『バービー』によるマッチボックス・トゥエンティ再評価。モダン・ロックは再び“モダン”になるか

山崎智之音楽ライター
Rob Thomas of Matchbox Twenty(写真:Shutterstock/アフロ)

ファッションやカルチャーでは常に“新しいもの”がもてはやされる傾向がある。それはポピュラー音楽についても言えることで、話題になるのはいつだって最新のヒット曲だ。レコード会社やショップ、雑誌やウェブメディアも“新しい”ことを強調するべくニュー・ロック、ニュー・ウェイヴ、ニュー・ロマンティクス、ネオ・ロカビリー、ニュー・メタルなどのジャンル名をひねり出してきた。

●1990年代モダン・ロックの現況

ただ、“新しい”ことは永遠には続かない。かつて最新だったものは古めかしくなっていき、“中途半端に古い”アーティストはともすれば笑いの対象となっていく。いかに音楽のクオリティが高くとも、ジャーニーやREOスピードワゴンなどのアダルト・オリエンテッド・ロック、ドッケンやウィンガー、ストライパーなど1980年代のヘヴィ・メタルについて語るとき、ついギャグ目線になってしまうのだ(ファンの皆さん、ごめんなさい)。

だが、それすらも時代の波に流されようとしている。2023年のアメリカで名前を出すだけでウケを取れるのは、1990年代のモダン・ロックだ。

“モダン”ロックと言ってももはや30年前の音楽。その定義はあってないようなものだが、きわめて大雑把にいえばグランジやオルタナティヴ以降、それほど深刻にならないラジオ/MTVフレンドリーな曲を普段着のロック・バンドが演奏するというスタイルだ。ソウル・アサイラム、サード・アイ・ブラインド、グーグー・ドールズ、カウンティング・クロウズ、トレインなどの作品は全米で数百万枚単位のセールスを誇り、名盤・名曲と呼んでいいものも多いのだが、2023年においては程良い面白ネタとなっている。

Ryan Gosling & Margot Robbie
Ryan Gosling & Margot Robbie写真:ロイター/アフロ

●マッチボックス・トゥエンティへの再注目

そんなモダン・ロック勢の中で新たな注目を集めているのがマッチボックス・トゥエンティだ。2023年10月25日に配信開始、11月22日にブルーレイ&DVD発売となる映画『バービー』ではデュア・リパ、ニッキー・ミナージュ、ビリー・アイリッシュ、リゾなど当世の人気ポップ・アーティスト達の曲がフィーチュアされる一方で、異彩を放っていたのが彼らの1997年のヒット曲「プッシュ」だった。

フロリダ州オーランドで結成、デビュー・アルバム『ユアセルフ・オア・サムワン・ライク・ユー』(1996)が全米で1,200万枚という空前のヒットを記録した彼らは、モダン・ロックを代表するバンドのひとつだ。北米を中心にツアーを続け、最新アルバム『Where The Light Goes』(2023)もチャート・インするなど十分以上に現在進行形のアーティストだが、1990年代の成功があまりに大きいゆえに、レトロ枠で語られることも少なくない。シンガーのロブ・トーマスは映画での曲使用を打診されて「1990年代当時からネタ・バンド扱いされてきて慣れている。俺の顔の皮は厚いんだよ」と快諾している。

ただ、「プッシュ」が使われたのには、もっと深い意味があった。バービーが暮らすバービーランドで“バービーのボーイフレンド”という位置づけだったケンがひょんなことから男性優位主義に目覚めるが、そのシンボル曲的な扱いなのがこの曲。マッチボックス・トゥエンティによるオリジナルに加えて、ケン(ライアン・レイノルズ)が歌うカヴァー・ヴァージョンも披露される。“君を振り回したい、手荒く扱いたい”というテーマのこの曲を、ケンは男性優位のアンセム(讃歌)として歌っているのだ。

しかし二重に深いのが「プッシュ」のメッセージだったりする。リリース当時にも男尊女卑では?と論議があったこの歌詞だが、実際にはロブ・トーマスが過剰に干渉してくる当時のガールフレンドからインスピレーションを受けて書いたもの。彼女の視点から歌われており、振り回されているのは男性側だ。そんな誤解を誤解のままに歌っていることに、ケンの浅はかさがあるのだ。

もちろん映画中でロブの本来の意図は説明されないし、単なる男尊女卑ソングと捉えても楽しめるように使われている。だがこの曲の本来のメッセージを知ることで、さらに内容を楽しむことが出来るだろう。

『バービー』公開以来、TikTokなど若者中心のSNSで「プッシュ」「3AM」「ベント」などが使われ、新しいファン層がマッチボックス・トゥエンティに注目するようになったという。これから北米ではモダン・ロックのコンサート会場を訪れる親子の姿が多く見られることになるかも知れない。

ケンのポーチにメタリカのロゴのフォントで“KEN”とプリントされていて、メタリカが男性優位主義バンドの代表格的に扱われているのも興味深い。デュア・リパとプロレスラーのジョン・シナが人魚バービー&人魚ケンのペアとしてカメオ出演していたり、『バービー』には随所に小ネタがちりばめられている。ジェンダーの問題に正面から取り組み、公開時のパブリシティやアジア圏での国境問題が炎上を招くなどさまざまな話題を呼んだ本作だが、大人が楽しめる寓話であり、マッチボックス・トゥエンティの「プッシュ」の魅力を世界に再認識させたことも大きな功績だろう。モダン・ロックが再び“モダン”になる時期が来たのか。注目である。

【映画『バービー』オフィシャル・サイト】

https://wwws.warnerbros.co.jp/barbie/

【マッチボックス・トゥエンティ オフィシャル・サイト】

https://matchboxtwenty.com/

音楽ライター

1970年、東京生まれの音楽ライター。ベルギー、オランダ、チェコスロバキア(当時)、イギリスで育つ。早稲田大学政治経済学部政治学科卒業後、一般企業勤務を経て、1994年に音楽ライターに。ミュージシャンを中心に1,300以上のインタビューを行い、雑誌や書籍、CDライナーノーツなどで執筆活動を行う。『ロックで学ぶ世界史』『ダークサイド・オブ・ロック』『激重轟音メタル・ディスク・ガイド』『ロック・ムービー・クロニクル』などを総監修・執筆。実用英検1級、TOEIC945点取得。

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