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なぜ中田敦彦は顔出し引退宣言を撤回したのか? 前代未聞の理由とYouTubeで勝ち残る絶対的鉄則

谷田彰吾放送作家
YouTube動画より

 もしも彼が政治家だったら、どれだけ批判されているだろう。そんな想像をしてしまうほどの「前言撤回」だった。芸人の中田敦彦が自身のYouTube動画で、こう発言したのだ。

 「中田敦彦は顔出し引退を撤回します!全力でやってみたけどダメでした。中田敦彦という存在がすごすぎて」

 前言撤回をする時は、「申し訳ありませんでした」とか、謝罪の言葉がついて回る。しかし、中田は謝るどころか、「中田敦彦の偉大さに気づいたから」という前代未聞の理由を語ったのである。

 筆者は中田の決断力の速さに驚いた。ダメだと思ったら即修正する。世間を賑わせた顔出し引退宣言をたったひと月で撤回する潔さ。この決断は常人にはできるものではない。

 では、なぜ中田敦彦は顔出し引退宣言を撤回したのか?その裏には、YouTubeで勝ち残るために絶対に欠かすことのできない「指標」が存在する。詳しく考察していこう。

 ことの発端は、3月12日に投稿された一本の動画だった。その中で中田は、4月以降のメディア出演時において、素顔で出ることをやめると宣言した。今後は「アバター」と呼ばれるキャラクターを使用して出演するという、かつてない大胆な方針を打ち出したのである。

 「顔出し引退宣言」は芸能界のみならず、世の中を驚かせた。動画は現在まで142万回再生され、テレビのワイドショーではコメンテーターたちが様々な議論を展開した。かくいう筆者もコラムを書き、「これは芸能人のデジタルトランスフォーメーションという新しい挑戦だ」と期待を込めた。それが一か月も経たないうちに撤回されたのだから驚かざるをえない。

 顔出し引退については、中田もそれなりの自信を持っていたはずだった。チャンネル登録者数376万人を誇る中田は、授業形式で知識を紹介する動画をYouTubeに投稿している。コンテンツの性質上、話している内容に価値があるので、中田の顔が見られなくても動画は視聴されると判断し、顔出し引退を決めた。

 そして、アバターで出演する最初の動画を4月3日に投稿。再生回数は現時点で78万回だ。この数字は中田のチャンネルにおいては突出して悪い数字というわけではない。だが、気になる点が2つある。「低評価の数」と「コメント欄」だ。

 YouTubeには、動画に対して視聴者が評価を下すグッドボタン・バッドボタンというものがある。動画を見て気に入らなかったらバッドボタンを押して低評価にするのだが、この数字が普段より激増した。直近で同じ78万回再生の『【お金の増やし方①】世界のお金持ちが実践する資産形成術』という動画の低評価の数は、495。一方、アバターで出演した最初の動画は、なんと2910。約6倍に跳ね上がったのだ。

 そして、コメント欄には「物足りない」という意見が殺到した。中田のアバターは顔の部分に「N」と書かれただけで、目も口もない。表情が見えないため、中田の感情が伝わりづらい。本人はアバターのデザインの問題ではないと言っているが、話している内容が同じでも、表情や身振り手振りが無いだけでまるで違う印象になってしまったというわけだ。

 どちらも中田は想定していただろう。だが、想像を遥かに超える数の「物足りない」というコメントが集まった。かくいう中田自身も動画を見て「11分ぐらいでキツくなってきた」という。この動画は全部で約96分ある。単純計算すると、11分というのは開始からわずか「11%」しか見ていないことになる。そこに中田は危険を察知したのだ。

 これが冒頭で触れた「欠かすことのできない指標」というやつだ。YouTubeで最も重要視されていると言っても過言ではないのが「視聴者維持率」だ。動画を見た人が、どれぐらい見続けたかをスコアリングした数字である。維持率が高ければ高いほど、YouTubeから優秀な動画と判定され、おすすめの動画として推薦されやすくなる。YouTubeで結果を残すには、おすすめされることは絶対条件だ。

 3分の動画が100万再生するのと、3時間の動画が50万再生するのとでは価値が全く違う。再生回数は半分でも、総視聴時間は3時間の動画の方が長くなりやすいからだ。だからこそ、長い動画をいかに離脱させずに見せ続けるかという視聴者維持率が重要なのである。

 中田の言葉を借りれば、「これまでの僕の動画は維持率が異常なほど高かった」という。長く見られれば、間に挟まれた広告も見てもらえるため、収益も上がる。YouTube側にとっても、視聴者を長くYouTubeに張りつかせてくれるため、ありがたい。だからおすすめする。維持率の高い動画は、この最高のサイクルに入っていくわけだ。

 「アバターでは高い維持率をキープできない」実際の数字は明らかになっていないが、中田はそう実感したのだろう。中田が熱量たっぷりにまくしたてる表情や動きが、コンテンツにおいて大きなウェイトを占めていることがわかったからだ。376万人の登録者は中田敦彦が見たかった。だから「中田はすごすぎる」と自画自賛したのだ。ユーザーの意見を無視してアバター化を続ければ、商品の質を低下させる。低下すれば致命傷になる。

 だが、今回の件で「中田は信用できない」という印象を持った人も少なからずいるかもしれない。今後、また重大発表をしたとしても、「またすぐ変わるんじゃないの?」と疑われても仕方がないだろう。

 それでも中田は、動画で「申し訳ないとすら思っていない」と語った。私はこの発言に「個人メディアらしさ」を強く感じた。引退も撤回も、あくまで中田のYouTubeチャンネル内での話であって、誰に迷惑をかけているわけでもない。だからもちろん謝る必要など無いのだ。これをテレビでやっていたら話は別だ。スポンサーをはじめ巻き込む人も金も多すぎる。

 あえていやらしいことを言えば、この引退&撤回によって、中田のYouTubeチャンネルはとてつもない広告効果を得た。今回はじめて中田の動画を見たという人もいるだろう。宣伝のためにやったことでは無いだろうが、これもまた個人メディア時代のおもしろいところだ。

 かくして、中田敦彦は変わらず顔出しでYouTubeを続けるという。今後の展開からますます目が離せない。

【前回の記事】

https://news.yahoo.co.jp/byline/showgotanida/20210316-00227715/

放送作家

テレビ番組の企画構成を経てYouTubeチャンネルのプロデュースを行う放送作家。現在はメタバース、DAO、NFT、AIなど先端テクノロジーを取り入れたコンテンツ制作も行っている。共著:『YouTube作家的思考』(扶桑社新書)

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