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英王室から追放されたアンドルー王子 トカゲの尻尾切りでは許されない少女性的虐待の闇

木村正人在英国際ジャーナリスト
エリザベス英女王に追放されたアンドルー王子(英大衆紙デーリー・スターの1面)

名誉軍人の称号や慈善団体の後援者の地位を剥奪

[ロンドン発]米富豪ジェフリー・エプスタイン被告=自殺 =の性的虐待事件で未成年者と性交したとして米法廷に訴えられているアンドルー英王子(61)=王位継承順9位=が13日、英名誉軍人の称号や慈善団体の後援者の地位を剥奪され、英王室から追放された。王室を守るため「トカゲの尻尾切り」にされた格好で裁判には一民間人として臨む。

第二次世界大戦後、崩壊する大英帝国の精神的支柱だったエリザベス英女王も95歳。今年は在位70年(プラチナ・ジュビリー)を祝う記念すべき年だが、昨年4月に長年連れ添ったフィリップ殿下を失ってから衰えが目立つ。チャールズ皇太子とウィリアム王子=同2位=も、王室を離脱したヘンリー公爵=同6位=とメーガン夫人の人種差別告発の渦中にある。

英王室は崖っぷちに追い込まれている。アンドルー王子は2019年、英BBC放送のインタビューで、エプスタイン被告の元「性奴隷」で当時17歳だったバージニア・ジュフレ(旧姓ロバーツ)さん(38)との性交疑惑について「会った記憶がない」と言葉を濁し、被告への批判を避けたため英国民の怒りを買い、王室の公務を解かれた。

動かぬ証拠写真があるのにぬけぬけと「会った記憶がない」と言い逃れるアンドルー王子(訴訟記録より)
動かぬ証拠写真があるのにぬけぬけと「会った記憶がない」と言い逃れるアンドルー王子(訴訟記録より)

BBCの元王室担当記者ピーター・ハント氏は「残忍だ。ウィンザー家(現王室)は制度が脅威にさらされた時、王朝の維持が血のつながりに勝ることを示した。王室はわれわれがまだ知らないことを知っているのだろうか」とツイート。英誌スペクテイターには「チャールズ皇太子とウィリアム王子も王位がさらに損なわれることを望まなかった」と寄稿した。

アンドルー王子を溺愛した女王

声明はエリザベス女王の名で出された。女王が決断する際、チャールズ皇太子とウィリアム王子がそばにいたはずだとハント氏は指摘する。エリザベス女王の溺愛が1千人を超える女性と関係したとされるアンドルー王子の自堕落な生活を生んだことは否定のしようがない。1982年のフォークランド紛争に従軍したアンドルー王子はかつて英国民の英雄だった。

アンドルー王子をエプスタイン被告に引き合わせた同被告の元交際相手ギレーヌ・マクスウェル被告が陪審の有罪評決を受け、アンドルー王子自身も損害賠償訴訟から逃れられない状況に追い込まれてからの英王室の対応は遅すぎた。英王室の組織防衛より女性の人権、貧困や家庭崩壊に苦しむ未成年者の保護が優先されるのは言うまでもない。

世論調査会社YouGov(ユーガブ)によると、昨年11月下旬の時点で、アンドルー王子に好意的な人は回答者の8%まで落ち込み、否定的な人は81%に達した。他の王族の好感度は次の通りだ。

エリザベス女王 好意的83%、否定的12%

チャールズ皇太子 好意的60%、否定的33%

カミラ夫人 好意的45%、否定的42%

ウィリアム王子 好意的80%、否定的13%

キャサリン妃 好意的77%、否定的13%

ヘンリー公爵 好意的39%、否定的54%

メーガン夫人 好意的27%、否定的65%

アン王女 好意的68%、否定的14%

エドワード王子 好意的48%、否定的23%

ダイアナの遺志継ぎ慈善活動に取り組む英王室

チャールズ皇太子と故ダイアナ元皇太子妃のダブル不倫、離婚、元妃の悲劇的な交通事故死で王室は英国民にそっぽを向かれ一時、崩壊の危機に直面した。一方、ヒト免疫不全ウイルス(HIV)感染者やホームレス支援など慈善活動に取り組んだダイアナ元妃は死後、「国民のプリンセス」と称賛された。

英王室はダイアナ元妃の遺志を受け継いで慈善活動に積極的に取り組むようになり、チャールズ皇太子はイギリスが議長国を務めた国連気候変動枠組み条約第26回締約国会議(COP26)で「私たちは戦争のような状況に身を置かなければならない」と気候変動対策の緊急性を訴えた。英連邦の加盟国の多くが気候変動による危機に瀕している。

ヘンリー公爵の王室離脱はメーガン夫人の求める商業主義が英王室の伝統と文化にそぐわなかった面が大きいが、王室が時代に合わなくなっている一面も浮き彫りにした。日本で物議を醸した小室圭さんと眞子さんの結婚でも同じことが言えるだろう。「開かれた王室」や「開かれた皇室」はそもそも閉鎖的な伝統と文化と矛盾しているからだ。

精神的にもろくて弱い少女たちを性の生贄として食い物にしたエプスタイン被告とギレーヌ被告の性的虐待への関与は「王室の論理」「男の女遊び」で許されては絶対にならない。現代の奴隷制度そのものだからだ。バージニアさんがアンドルー王子を相手取り米ニューヨークの連邦裁判所に7万5千ドル(約853万円)の損害賠償を求めて訴訟を起こしたのは昨年8月。

17歳の時、アンドルー王子と3回性交を強いられる

エプスタイン被告が多数の少女を囲っていたハーレムのメンバーだったバージニアさんは17歳だった2001年、ロンドンのタウンハウス、米マンハッタンにあるエプスタイン被告の邸宅、カリブ海のプライベートアイランドで3回にわたってアンドルー王子と性交を強いられたと主張する。米ニューヨーク州法では18歳未満との性行為は違法である。

訴状によると、億万長者のエプスタイン被告は世界で最も強力な権力者たちのために性的人身売買ネットワークを構築。ギレーヌ被告は学校やスパ、トレーラーパーク、街頭などでプロのマッサージ師になりたいという少女たちに近づき、1回200ドル(約2万3千円)で性的マッサージを強要していた。

エプスタイン被告は強力な政治的、社会的人物とのつながりを自慢するとともに、大邸宅で莫大な富と力を示して弱くて脆い少女たちを幻惑し「性奉仕の館」から逃れられないようにしていた。「マッサージ」のため呼び出す少女たちの電話番号を記した「ブラックブック」にはアンドルー王子のために12以上の連絡先がリストアップされていたという。

【これまでの経過】

1999年、アンドルー王子が英メディア王ロバート・マクスウェル氏(故人)の娘で英社交界の華だったギレーヌ被告の紹介でエプスタイン被告に会う。90年代前半にすでに、ギレーヌ被告から恋人のエプスタイン被告を紹介されていた疑惑も浮上している。

2000年、アンドルー王子とギレーヌ被告がエプスタイン被告とともに米フロリダ州パームビーチにあるドナルド・トランプ前米大統領の別荘マー・ア・ラゴで過ごす。

同年6月、エプスタイン被告とギレーヌ被告がエリザベス女王主催のウィンザー城でのダンスパーティーに招かれる。

同年12月、アンドルー王子がギレーヌ被告の誕生日を祝うパーティーをエリザベス女王所有のサンドリンガムの別邸で開く。エプスタイン被告も招かれる。

01年、バージニアさんの訴えによると、アンドルー王子と3回性的な関係を持つ。最初はロンドンにあるギレーヌ被告邸。あとはニューヨークのエプスタイン被告邸、カリブ海に同被告が所有する島でのどんちゃん騒ぎだった。

06年5月、未成年者への性的暴行でエプスタイン被告に逮捕状。その2カ月後、同被告はアンドルー王子の長女ベアトリス王女の誕生日を祝うウィンザー城での仮面舞踏会に招待される。

08年、エプスタイン被告が司法取引に応じて未成年者買春の罪を認め、禁錮1年半の有罪判決。この時の担当はフロリダ州マイアミの連邦地方検事で、後にトランプ大統領(当時)に労働長官に指名されるアレクサンダー・アコスタ氏。アコスタ長官はその後、秘密裏に行った司法取引を批判され、辞任に追い込まれる。

10年、アンドルー王子はエプスタイン被告の出所を祝ってニューヨークで開かれた身内のディナーパーティーに出席。エプスタイン被告邸で女性を見送る姿や、セントラルパークをエプスタイン被告と一緒に歩いているところを隠し撮りされる。

11年、アンドルー王子が疑惑に関連して英貿易特使を辞任。

15年、英王室が、アンドルー王子が17歳だったバージニアさんと性的関係を持ったという裁判所への訴えを否定。バージニアさんの証言は「信用できない」と退けられ、アンドルー王子に関する訴えは裁判記録から削除される。

19年7月、エプスタイン被告が性的搾取を目的とした未成年者の人身取引容疑で再逮捕される。有罪の場合、最高45年の禁錮刑が科される可能性があり、被害者の中には14歳の少女も含まれていた。3週間後に自殺。

同年8月、エプスタイン被告の別の被害女性ジョアンナ・シェーベルイさんも01年にニューヨークの同被告邸でアンドルー王子に胸を触られたと証言していることが発覚。

同年11月、BBCのインタビューで疑惑がさらに深まり、英王室がアンドルー王子の公務を解く。

21年8月、バージニアさんがアンドルー王子を相手取り米ニューヨークの連邦裁判所に7万5千ドルの損害賠償訴訟を起こす。

21年12月、ニューヨークの連邦裁判所の陪審がマクスウェル被告に対して6つの訴因のうち未成年の人身取引など5つについて有罪評決。エプスタイン被告と共謀して14歳の少女を含む少女4人に性的マッサージを行わせていた。最大65年の禁錮刑が科される可能性も。 

22年1月、アンドルー王子の弁護士は2009年にバージニアさんとエプスタイン被告との間で50万ドルの和解が成立していることを理由にバージニアさんの訴えを門前払いにしようとしたが、裁判の開始が認められる。英王室がアンドルー王子を追放。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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