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揚陸艦ミンスクと潜水艦ロストフ・ナ・ドヌは復帰が困難な大損害

JSF軍事/生き物ライター
イギリス国防省よりセヴァストポリの乾ドックの衛星撮影写真

 9月13日にロシア海軍黒海艦隊の根拠地セヴァストポリの乾ドックがウクライナ軍に攻撃され、隣り合った2つの乾ドックに入渠していたロプーチャ級揚陸艦「ミンスク」とキロ級潜水艦「ロストフ・ナ・ドヌ」が損傷しました。

 ロシア側は「巡航ミサイル10発と自爆無人水上艇3隻の攻撃を受け、巡航ミサイル7発と自爆無人水上艇3隻を撃破(巡航ミサイル3発が突破)」と発表、ウクライナ側は「ストームシャドウ巡航ミサイル(英供与)とSCALP-EG巡航ミサイル(仏供与)の両方を使用した」と受け取れる発表を行っています。

 そしてその被害状況を間近で撮影した動画と写真がロシア側から出て来ました。揚陸艦はミサイルが上から急降下して艦橋に直撃し大穴が空き大破炎上、上部構造物が崩れ落ちています。潜水艦は上から艦首への直撃でおそらく耐圧殻が貫通した上に、右舷中央にも上から被弾した状況です。両艦ともどちらも修理して直すのが困難な大損害で、新造したほうが安くて早いレベルです。つまり常識的には廃艦となるでしょう。

 ロシア国防省は両艦とも修理して復帰させるとしていますが、全く割に合いません。沈んでいない以上は時間と費用を湯水のように使えば復帰は可能ですが、損傷が激しく新造したほうが安い状況では廃艦除籍される可能性が高いと言えます。(他の例では2022年3月24日にベルジャンシク港でトーチカU弾道ミサイルの攻撃で大破着底したロシア海軍タピール級揚陸艦「サラトフ」は浮揚に成功するも修理を断念、攻撃から1年後に廃艦となり除籍されていたことが判明)

キロ級潜水艦「ロストフ・ナ・ドヌ」損害状況

ロプーチャ級揚陸艦「ミンスク」損害状況

イギリス国防省の発表した衛星から撮影した写真

  • 巡洋艦モスクワ、ネプチューン対艦ミサイルで撃沈
  • 揚陸艦サラトフ、トーチカU弾道ミサイルで大破着底 ※停泊時
  • 外洋曳船ヴァシリー・べフ、ハープーン対艦ミサイルで撃沈
  • 揚陸艦ミンスク、ストームシャドウ/SCALP-EG巡航ミサイルで大破 ※入渠時
  • 潜水艦ロストフ・ナ・ドヌ、同上

 2022年2月24日の開戦以降、ロシア海軍黒海艦隊が喪失した大型艦は以上5隻(小型高速艇などは除く)。揚陸艦サラトフは浮揚後に修理断念、廃艦。揚陸艦ミンスクと潜水艦ロストフ・ナ・ドヌも修理断念に追い込まれる可能性が高いでしょう。

 なお揚陸艦「オレネゴルスキー・ゴルニャク」はロシア本土側のノヴォロシスク港でウクライナ軍の自爆無人水上艇の攻撃を受けて浸水傾斜し、大損傷を負ったかと思われましたが、浮きドックに入った後に3週間ほどで修理復帰して出て来てしまったので、意外にも小破程度の損害で済んでいます。

 つまり大型艦に大ダメージを与えたのは全てミサイルによる攻撃です。

セヴァストポリの黒海艦隊を攻撃する意味

 実は「戦術的」には、黒海艦隊を攻撃する意味は現在は急速に薄れています。既にロシア軍地上部隊の西進はミコライウで食い止められた上でヘルソンから撤退したことでオデーサを攻略することが不可能となり、助攻としての上陸作戦も実施できなくなりました。ロシア海軍と民間船舶輸送の能力では単独でのオデーサへの上陸作戦は不可能です。あくまで地上部隊主力が西進する助けとしての上陸作戦が予定されていましたが(おそらくティリフル河口と黒海の間の狭い地峡を確保する際に)、前提の地上部隊主力が南ブーフ川を越えるどころかドニプロ川の左岸に撤退してしまった以上、もはや大規模上陸作戦は実施不可能です。

 また広域防空艦の巡洋艦モスクワが地対艦ミサイルで撃沈されたことで黒海上空の航空優勢の確保が困難になり、ズミイヌイ島(蛇島)の占領維持が出来なくなりました。島の周辺で外洋曳船ヴァシリー・べフまで地対艦ミサイルで撃沈されるに至って、ロシア海軍黒海艦隊はウクライナ沿岸に不用意に近寄ることができなくなりました。こうして黒海艦隊からの長距離防空の傘が無くなり、港湾設備の制約から短距離防空システムしか搬入できなかったズミイヌイ島はウクライナ軍の空爆に晒され、撤退放棄されます。

 ロシア海軍黒海艦隊は開戦1年目のズミイヌイ島の攻防で敗北しました。離島の占領維持は海軍が制海権(海上優勢)を握ることが重要なのに、旗艦である巡洋艦モスクワを開戦初期に喪失したのはあまりにも衝撃が大きく、この戦争で黒海艦隊が主導的な作戦を行なうことはおそらくもう二度と無いでしょう。

カリブル搭載艦を沈めても発射は止められない

 実はカリブル巡航ミサイルは射程が2500km近くありカスピ海やバルト海からでもウクライナ全土を狙えるので、たとえ黒海艦隊のカリブル搭載艦を全て沈めても発射は止められません。またカリブルはコンテナ発射型(カリブルKないしクラブKとも呼ばれる)もあるので艦艇発射型を地上から撃つことも可能ですし、地上発射車両から発射するイスカンデルK巡航ミサイル(9M729)の正体もカリブルの派生型なので、艦艇発射に拘る必要がありません。

揚陸艦を攻撃する意味

 もう既にロシア軍は大規模な上陸作戦は不可能になりましたが、将来もしウクライナ軍がクリミア大橋を攻撃で完全に落としてしまった場合は、代替輸送用の船舶を沈めておくことは意味が出て来ます。揚陸艦、輸送船、貨物船、タンカー、フェリーなどが攻撃目標となるでしょう。

艦隊根拠地として機能させなくする意味

 こうしてみると輸送用の船舶はともかく、戦闘用の艦艇を攻撃することは現在は意味が薄いように思えます。それでも「戦略的」または「政治的」に大きな意味を持つ可能性があります。主要戦闘艦の大半が失われたり、あるいは艦隊根拠地としてのセヴァストポリが機能不全に陥ってしまったら、そもそもロシアがクリミア半島を維持する理由そのものが薄れてしまうからです。セヴァストポリに軍艦を停泊させて置けない、修理もおちおち出来ないとなると、ロシア本土側のノヴォロシスクに全機能を移転させるしかありません。

 これでは一体何の為にクリミア半島を占領維持しているのか。敵との距離が300kmしかない位置にある艦隊根拠地など使えないとなると、ロシアが2014年にクリミアを奪い取った意味そのものが物理的に破壊されようとしているのです、奪還される前に。

軍事/生き物ライター

弾道ミサイル防衛、極超音速兵器、無人戦闘兵器、オスプレイなど、ニュースに良く出る最新の軍事的なテーマに付いて解説を行っています。

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