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サッチャー元英首相の死 -英メディアはどう報じたか?

小林恭子ジャーナリスト
サッチャー氏の死を1面で報じる、9日付の英新聞

サッチャー元英首相(在任1979-90年)が、8日、87歳で亡くなった。訃報からまもなくして英メディアは特別番組の放送や新聞では特集面を組みながら、報じている。

まだ訃報の余韻がさめやらぬ9日、私自身、衝撃を感じている。

ー第一報はツイッターで

訃報のニュースを最初に流したのは、プレス・ガゼット紙が調べたところでは、PA通信。サッチャーの広報役となっていたベル卿がPA(プレス・アソシエーション)に電話をし、PAは8日昼の12時47分に契約企業に情報を流した。

これを受けて、12時48分、民放ITVがツイッターで速報。ITVのツイッターは各報道機関がよくチェックしているアカウントで、以下のように情報が流れたという。

12.47   Press Association wire post

12.48  @ITVNews

12.49  @BBCBreaking, @TheSunNewspaper, @TheTimes, @HuffPostUK, @Daily_Star, @Daily_Express

12.50  @Channel4News, @TelegraphNews, @SkyNews, @PressAssoc

12.54   @Independent

13.01  @EveningStandard, @FT

13.12  @DailyMirror

13.29  @Guardian

13.34  @MailOnline

ー紙版の新聞が続々と報道

サッチャーが亡くなった8日、療養のために滞在していたというロンドン・リッツホテル近辺に、たまたまいた。地下鉄駅の近くで配布員から受け取ったのが、無料夕刊紙ロンドン・イブニング・スタンダードであった。1面がサッチャーの顔写真のみで、「サッチャー、死す」という大きな見出し。

中面ではキャメロン首相(保守党党首)の「偉大な指導者、偉大な英国人を失った」という言葉を拾った政治記事、「食糧雑貨店の少女が鉄の女になった」という人生を振り返る記事、友人、識者の言葉、サッチャー政権の閣僚でサッチャーの右腕でもあったジェフリー・ハウによる、「マーガレットは私たちの世界の形を変えたが、妥協を許さず失脚した」と言う寄稿記事、論説面にはサッチャー語録、社説は「英国の政治の巨人の死去」と見出しをつけた。

9日付の新聞のほとんどが1面をサッチャーの死で埋め尽くした。

保守系大衆紙デイリー・エキスプレスの1面見出しは「さようなら、鉄の女」。

保守系高級紙タイムズは「鉄のカーテンの後ろの鉄の女」と見出しをつけ、サッチャーがモスクワを訪れたときの写真を使った。社説では、サッチャーは「シンプルな真実の女性」、「時代の巨人」と書いた。元首相は「時代の大きな問題について、正しい選択をした」。

タイムズは、日曜版のサンデー・タイムズや保守系大衆紙サン同様に、ルパート・マードックが経営する米ニューズ社の傘下にある。マードックはメディア王として、サッチャーを影に日向に支援したといわれている。

サンは、マードックが2010年に行ったスピーチからサッチャーに関する部分を引用している。「自由の誇らしい遺産」という見出しの中で、マードックは、サッチャーが英国を変え、米レーガン大統領とともに世界をよりよい形に変えた、と述べている。

同じく保守系高級紙だが特に保守党に近いといわれるのがデイリー・テレグラフ。1面はサッチャーの写真のみ。言葉はない。中面では20ページ以上にわたる特集面を作った。

保守系大衆紙デイリー・メールは同じ写真を使って、「英国を救った女性」と見出しをつけた。

労働党に近い左派系大衆紙デイリー・ミラーは「国を二分した女性」(The woman who divided a nation)と書いた。真ん中にサッチャーの顔写真があり、上部に前半部分のThe woman whoと入れて、下部にdivided a nationと入れたことで、「二分した」という思いが強く出た。

左派系高級紙インディペンデントには、同紙を1980年代半ばに創刊した、初代編集長アンドレアス・ウイッタムスミスが論考を寄せた。名前が政治哲学についた首相は少ないが、「今日まで、サッチャリズムは、自分で自分の靴紐を結ぼうというやり方を表現するときに世界中で使われている」と書いた。

左派系高級紙ガーディアンは、同紙の政治コラムニストで既に亡くなっているヒューゴ・ヤングの2003年の記事を再掲した。この中で、ヤングは、他人が自分を気に入っているかどうかにほとんど注意を払わなかったのがサッチャーの最大の美徳だったと述べた。

左派系ガーディアンの面目突如となるのが社説だ。「マーガレット・サッチャー -女性と彼女が残した国」という見出しの中で、サッチャーを好むと好まないにかかわらず、元首相は「過去30年以上の英国の政治の議題を設定した」と指摘。その死で、今後30年間の議題もそうなるかもしれない、と述べる。

社説の結末に、ガーディアンの思いがにじみ出る。「様々な意味でサッチャーは偉大な女性だった」が、「国葬にするべきではないというのは正しい」。それは、「サッチャーの遺産は国民を分断したこと、個人的な身勝手、強欲ブーム」であり、これを総合すると、「人間の精神を束縛する」ものであったからだ。読んでいて、すごく強い表現のように感じた。

さらに反サッチャー感が強まるのは、サッチャー政権が閉鎖した多くの国営炭坑があったスコットランドで発行されるデイリー・レコード紙(「スコットランドは決してサッチャーを忘れない」という1面見出し)や、共産系モーニング・スター紙の「英国をバラバラにした女性」、極左系政党による「ソーシャリスト・ワーカー」だ。後者は、サッチャーの墓碑銘が入った墓石を1面に載せ、「祝」と一言入れた。

各紙面をご覧になりたい方はプレス・ガゼットの記事をご参考に。

一方、経済紙フィナンシャルタイムズは1面で「サッチャー -偉大な変革者」と見出しをつけ、その功績を評価した。

BBCはラジオでも通常の番組を移動させて、サッチャー特集を放送中だ。

ジャーナリスト

英国を中心に欧州各国の社会・経済・政治事情を執筆。最新刊『なぜBBCだけが伝えられるのか 民意、戦争、王室からジャニーズまで』(光文社新書)、既刊中公新書ラクレ『英国公文書の世界史 -一次資料の宝石箱』。本連載「英国メディアを読み解く」(「英国ニュースダイジェスト」)、「欧州事情」(「メディア展望」)、「最新メディア事情」(「GALAC])ほか多数。著書『フィナンシャル・タイムズの実力』(洋泉社)、『英国メディア史』(中央公論新社)、『日本人が知らないウィキリークス』(洋泉社)、共訳書『チャーチル・ファクター』(プレジデント社)。

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