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史上初の10代の名人誕生なるか。第44期囲碁名人戦七番勝負の見どころ

内藤由起子囲碁観戦記者・囲碁ライター
対局前日の張栩名人(左)と芝野虎丸挑戦者。=2019年8月26日筆者撮影

19歳の芝野虎丸八段が張栩名人(39歳)に挑戦する第44期囲碁名人戦が8月27日に開幕する。混戦の挑戦者決定リーグ戦を勝ち抜き、勢いのある挑戦者と、百戦錬磨の名人の戦いはどんな展開を見せるのだろうか。

19歳の挑戦を受ける張栩名人

張栩名人の獲得タイトルは40。2001年からタイトル戦に登場し、2009年には史上初のタイトル5つ同時保持を達成し、碁界第一人者となった。その後、20歳の井山裕太棋聖に名人を獲られたのを端緒に、次々タイトルを明け渡し、井山棋聖が七冠制覇を果たすなど井山一強時代に移っていく。

しかし昨年、その井山棋聖から名人を奪還し、無冠を返上した。

井山棋聖の番碁初登場は19歳のとき。相手は29歳の張栩名人だった。このときは張栩名人が勝って、防衛を果たしている。

またもや19歳の挑戦を受ける立場となった張栩名人

この名人戦一本に絞り、芝野八段を迎え撃つ。

「熱」と「静」

対局前日。前夜祭の前に、「対局室検分」が行われた。実際に碁盤の前に座り、盤や石、座布団や座椅子、さらに空調や明かりなどを対局者が確認し、要望する時間となる。

定刻10分以上前に対局室にやってきた芝野挑戦者は、にこやかに盤の前に座った。

そして、手持ちぶさたになったのかもしれない。盤上を日本手ぬぐいで拭き清め始めたのだ。この儀式は本来、対局前にするもので、検分でやったのを、記者は初めて見た。

初めての番碁の対局室は見るものすべてが新鮮なのだろう。芝野挑戦者は用意されていたお菓子の山から、チョコや飴をひとつずつ手に取って見ていた。

いつも通り、ひょうひょうとした芝野挑戦者がそこにいた。

芝野本人も「普段からあまり動揺しないところが自分の強み」というほど、マイペースを保っているのが、見て取れる。

対局中はポーカーフェースで、動きもあまりない。静かで冷静な挑戦者だ。

5分ほどして、張栩名人が入室。ぴりっとした空気になった。「すでに気合が入っている顔をしている。わかるよ」と、昨年も張栩名人を撮影し続けたカメラマンが断言する。

張栩名人は熱い男だ。闘志を前面に出して戦うタイプ。ありとあらゆる準備をして、対局に全力を尽くす。

初めての番碁、初めての二日制への対応

趙治勲名誉名人は「虎丸くんの実力はすでに世界レベル。若いほうが勝利の女神がほほ笑むので、実力が互角なので正直、張栩くんは勝つのが大変だと思う」と予想する。

張栩名人の利点は、百戦錬磨であること。番碁の戦い方を知り尽くしていることだ。

七番勝負は1局で終わらない。流れがある。どちらが流れをつかむのかが大きなポイントとなるだろう。

ふだんの対局は持ち時間3時間や5時間がふつう。1日で打ち終わる対局ばかりだ。

持ち時間8時間、2日制というルールのもとで打つのは、挑戦者は初めてとなる。

1日目、朝9時に開始され、昼休憩を挟み、夕方5時半を過ぎると、「封じ手」がある。

手番のほうが一晩考えられないよう、最後の一手は盤上に打たず、対局者自身が碁罫紙に記入し、誰にもみられないよう封筒に収める。ホテルの金庫にしまわれた「封じ手」は、翌朝9時に開封され、対局が再開される。終局は夕方から夜になることが多い。

2日にかけて打つこと、封じ手があること、途中で寝ること。初めてのことばかりで、「どうしたらいいのか全然わかりません。昔から早打ちなので、8時間もある持ち時間をどう使えばいいのか」などと芝野挑戦者はいうものの、結局は「1局打ってみてから考えます」。

井山四冠も「二日制に芝野さんが対応できるかどうかが、鍵になると思います」と、ポイントに挙げていた。

長い8時間の碁で、芝野挑戦者がどんな碁を見せるかを、まずは注目したい。

囲碁観戦記者・囲碁ライター

囲碁観戦記者・囲碁ライター。神奈川県平塚市出身。1966年生。お茶の水女子大学大学院修士課程修了。お茶の水女子大学囲碁部OG。会社員を経て現職。朝日新聞紙上で「囲碁名人戦」観戦記を担当。「週刊碁」「囲碁研究」等に随時、観戦記、取材記事、エッセイ等執筆。囲碁将棋チャンネル「本因坊家特集」「竜星戦ダイジェスト」等にレギュラー出演。著書に『井山裕太の碁 AI時代の新しい定石』(池田書店)『囲碁ライバル物語』(マイナビ出版)、『井山裕太の碁 強くなる考え方』(池田書店)、『それも一局 弟子たちが語る「木谷道場」のおしえ』(水曜社)等。囲碁ライター協会役員、東日本大学OBOG囲碁会役員。

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