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Metaがファクトチェックを廃止、「マスク化」するソーシャルメディアの行方は?

平和博桜美林大学教授 ジャーナリスト
ファクトチェック廃止を表明したザッカーバーグ氏(声明動画から筆者撮影)

メタがファクトチェックを廃止する――。

同社CEOのマーク・ザッカーバーグは1月7日、動画声明の中で、外部のファクトチェック団体によるファクトチェックの仕組みを終了し、Xと同様のユーザー参加型の仕組みに置き換える、と発表した。

フェイスブックだけでも月間利用者数30億人を超す、世界最大のソーシャルメディアサービスの、コンテンツ管理(モデレーション)を巡る大幅な方針転換だ。傘下のインスタグラム、スレッズも対象となる。

この方針転換は、米国のドナルド・トランプ新政権発足に合わせた政治的判断と見られる。

偽誤情報などへのコンテンツ管理の後退は、イーロン・マスク氏によるツイッター(現X)買収に端を発し、トランプ氏を中心とした共和党による反偽誤情報対策のうねりの中で勢いを増してきた。

いわばコンテンツ管理の「マスク化」だ。

ザッカーバーグ氏はトランプ次期大統領と協力して、「世界各国の政府からの検閲の圧力を押し返す」とも述べている。日本にも影響は及びそうだ。

ファクトチェック組織はこの方針転換を「ソーシャルメディアユーザーを傷つけることになる」と批判する。

社会インフラとなったソーシャルメディアの、安全性と信頼性の課題が改めて問われることになる。

●ファクトチェッカーを廃止

私たちは原点に戻り、誤りを減らし、ポリシーを簡素化し、私たちのプラットフォームで自由な表現を取り戻すことに集中します。(中略)まず、米国からファクトチェッカーを廃止し、Xに似たコミュニティノートに置き換えます。

ザッカーバーグ氏は1月7日に公開した5分17秒の動画声明の中で、そう述べた。

ザッカーバーグ氏は、「最近の選挙は、言論を再び優先する方向への、文化的転換点のようにも感じられる」と述べ、偽誤情報対策を「検閲」と位置付けて反発してきたトランプ新政権への移行が、方針の大幅見直しの契機であるとしている。

さらに、提携してきたファクトチェック団体について「政治的に偏りすぎており、信頼をつくりだす以上に破壊してきた」と主張する。

同社は118カ国、90超のファクトチェック団体と提携し、60を超す言語でファクトチェックを実施。廃止対象となる米国では、USAトゥデイやAFPといったニュースメディアを含む10のファクトチェック団体と提携している。

ザッカーバーグ氏は、ドラッグ、テロ、児童搾取についてのコンテンツ管理(モデレーション)は引き続き行う、としている。ただ、有害コンテンツの増加も想定される、とも述べている。

現実問題として、これにはトレードオフの面があります。悪質なものの摘発が減るということです。その一方で、問題のない人の投稿やアカウントが誤って削除されることも減ります。

今回の廃止対象は米国だが、コンテンツ管理の後退は、米国内には止まらないようだ。

私たちはトランプ大統領と協力して、米国企業を追及し、検閲を強めようとする世界中の政府を押し返すつもりです。

ザッカーバーグ氏は、EUの規制や中南米、中国の例を挙げて、そう述べている。

今回の方針変更に関して、コンテンツ削除への異議申し立て審査を担当する外部有識者によるメタの監督委員会は、「歓迎」の声明を公開している。

●トランプ新政権との和解

FOXニュースによれば、トランプ氏はメタのこの方針転換に「大きな進歩だ」とコメントしている。

トランプ氏は「終身刑」を掲げてザッカーバーグ氏を威嚇した経緯がある。これに対してザッカーバーグ氏は、米大統領選の成り行きとともに、急速にトランプ氏との間合いを詰めた。

2024年8月には、共和党が主導する下院司法委員会への書簡で、バイデン政権から新型コロナ関連のコンテンツについて「検閲の圧力」があった、と主張

大統領選後には、トランプ氏の大統領就任式の基金に100万ドルを寄付することも明らかになっている。

また、国際政策担当だった元英副首相のニック・クレッグ氏の後任には、ジョージ・W・ブッシュ政権で次席補佐官を務めた共和党のジョエル・カプラン氏が就任。

さらに1月6日には、新たな取締役の1人としてトランプ氏支援者で総合格闘技団体「UFC」のCEO、ダナ・ホワイト氏が参画することを発表したばかりだった。

ザッカーバーグ氏の言う「文化的転換点」への対応は、急速に進められている。

●ファクトチェック団体「偏見はない」

この決定は、日常生活における判断や友人や家族との交流のために、正確で信頼できる情報を求めているソーシャルメディアユーザーを傷つけることになる。

国際ファクトチェックネットワーク(IFCN)のディレクター、アンジー・ドロブニック・ホラン氏は1月7日、Xにそんな声明を投稿した。

メタのファクトチェックプログラムで提携しているファクトチェック団体は、すべて同ネットワークの認証を受けた加盟団体だ。ホラン氏は、ザッカーバーグ氏が主張するファクトチェック団体の「政治的な偏り」について、こう反論する。

メタが利用するファクトチェッカーは、非党派性と透明性を要求する原則規範に従っている。この決定が、新政権とその支持者からの極端な政治的圧力の後に下されたことは残念だ。ファクトチェッカーは、その仕事において偏見を持ってはいない。その攻撃ラインは、反論や矛盾なしに誇張や嘘をつくことができるべきだと感じている人々から来るものだ。

フェイスブック(現メタ)は偽誤情報(フェイクニュース)の氾濫が世界的な注目を集めた2016年の米大統領選で、その拡散の舞台としてツイッターとともに批判の的となった。

そこで同年12月に立ち上げたのが、外部のファクトチェック団体と提携した偽誤情報に対するファクトチェックの取り組みだ。

ただ、同社のコンテンツ管理方針は、保守派、リベラル派双方からの批判に晒される中で、曲折をたどった。

参照:AIによる有害コンテンツ排除の難しさをフェイスブックCTOが涙目で語る(05/18/2019 新聞紙学的

ザッカーバーグ氏は、今回の動画声明の中で、第1期トランプ政権下の2019年10月17日、ジョージタウン大学で「発言と表現の自由を守る」と題して行った37分間の講演を取り上げ、「表現の自由の重要性」を強調した。

この中で、ザッカーバーグ氏は24回にわたって「表現の自由」という言葉を繰り返していた。だが、翌年公表された外部監査報告書では、この講演が契機となって、ヘイトスピーチを増幅し、人権への脅威につながった、と指摘されていた。

※「ヘイト増幅を許した」Facebookはどこで間違えたのか?(07/12/2020 新聞紙学的

さらに、2020年米大統領選でのトランプ氏敗北を「不正選挙」とする同氏支持者らが2021年1月6日、連邦議会議事堂に乱入し、死者5人を出した事件を巡り、ツイッターなどとともに、フェイスブックは同氏のアカウントを無期限で停止した。

※参照:Twitter、Facebookが大統領を黙らせ、ユーザーを不安にさせる理由(01/12/2021 新聞紙学的

しかし、2022年10月にマスク氏がツイッターを買収すると、翌月には停止されていたトランプ氏のアカウントを復活。メタも2023年1月に同氏のアカウントを復活させている。

「マスク化」ともいえるプラットフォームの偽誤情報対策後退は、この頃から始まっていた。

※参照:「マスク流」フェイクニュース対策の後退がMeta、YouTubeに広がるわけとは?(08/28/2023 新聞紙学的

●安全性と信頼性が揺らぐインパクト

ポリティコによれば、EUでのファクトチェック廃止の計画はないという。だが、「方針を変更する場合には、EUにおけるコンテンツ管理義務について検討をすることになる」と含みを持たせた。

日本では2024年9月からファクトチェックプログラムが開始され、ファクトチェック団体「リトマス」との提携が発表されている。

「検閲を強めようとする世界中の政府を押し返す」とのザッカーバーグ氏の宣言は、言葉だけではないだろう。

日本では2024年1月の能登半島地震で、改めて情報の安全性と信頼性の大切さを目の当たりにした。

※参照:能登半島地震でXトレンド入り、フェイクとコピペの「インプ稼ぎ」とは?(01/02/2024 新聞紙学的

それが揺らぐことのインパクトは、計り知れない。

【情報開示】

*筆者が運営委員を務める日本ファクトチェックセンターは、メタからの助成金を受けている(2023年度開示分、400万円)。メタのファクトチェックプログラムには参加していない。

(※2025年1月8日付「新聞紙学的」より加筆・修正のうえ転載)

桜美林大学教授 ジャーナリスト

桜美林大学リベラルアーツ学群教授、ジャーナリスト。早稲田大卒業後、朝日新聞。シリコンバレー駐在、デジタルウオッチャー。2019年4月から現職。2022年から日本ファクトチェックセンター運営委員。2023年5月からJST-RISTEXプログラムアドバイザー。最新刊『チャットGPTvs.人類』(6/20、文春新書)、既刊『悪のAI論 あなたはここまで支配されている』(朝日新書、以下同)『信じてはいけない 民主主義を壊すフェイクニュースの正体』『朝日新聞記者のネット情報活用術』、訳書『あなたがメディア! ソーシャル新時代の情報術』『ブログ 世界を変える個人メディア』(ダン・ギルモア著、朝日新聞出版)

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