都内の新型コロナ診療医療機関の現状
2020年4月1日の専門家会議で「医療崩壊といわれる現象は、オーバーシュートが起こる前に起きる」ということが強調されました。
筆者は都内の感染症指定医療機関に感染症専門医として勤務していますが、新型コロナの流行が始まってからというもの現場の医療従事者には大きな負荷がかかり続けており皆疲弊しています。
筆者は先週、「都内の感染症指定医療機関で何が起こっているのか」でこの負荷を軽減するためには、
・軽症者は入院とせず自宅療養とする
・退院のための要件を「症状の改善」としPCR検査を求めない
・感染症指定医療機関以外の医療機関でも中等症の新型コロナ患者の診療を行う
などの対策が必要と提言しました。
国や東京都はこれら3つの問題についてこの1週間の間に改善策を示してくれました。
しかし、現在も都内の医療機関では様々な問題が生じています。
都内の新型コロナ患者診療の現状と問題点、そして行政が示した改善策についてまとめました。
東京都内では1週間で529人増加
東京都では3月上旬からジワジワと感染者数が増加傾向にありました。
これは厚生労働省クラスター対策班の試算を上回るペースです。
【東京都における新型コロナウイルス感染症患者報告数(東京都発表に基づく)と厚生労働省クラスター対策班の試算】
2月29日~3月6日 23人
3月7日~13日 19人
3月14日~20日 52人
3月21日~25日 83人(クラスター班の試算:51人)
3月26日~4月1日 375人(クラスター班の試算:159人)
なお、クラスター班の試算では4月2日~8日の感染者は320人(うち重症25人)とされていましたが、4月2、3、4日の3日間ですでに304人が報告されており、今日にもこれを上回ることでしょう。
東京都は新型コロナ患者の病床を増やしたが、まだ追いついていない
東京都は、急増する新型コロナ患者に対応するために、感染症指定医療機関以外の医療機関でも患者の受け入れを行う病床を増やしました。
これにより感染症指定医療機関だけでなく、都内の一部の大学病院などでも新型コロナの患者の受け入れが始まりました。
しかし、先週と比べて新型コロナ患者の病床が十分に確保されたかと言いますと・・・、
東京都では1週間前には118床の感染症病床に対し、170人の確定患者さんがいらっしゃいました。
現在は750床の病床に対し、817人の確定患者さんがいらっしゃいます。
病床の不足率は改善されてきていますが、今もなお病床数が不足しており単純計算で67人の患者さんが入院できていないことになります。
これらの方々は一体どこでどうしているのかと言いますと、規定の病床数を超えて入院患者を診ている医療機関があるほか、入院できる医療機関が見つかるまで自宅待機をしている方々も多数います。
本来、入院の上で隔離が必要な方も受け入れ先が見つからないために自宅待機を余儀なくされています。
こうした方々の多くは軽症者ですので医療を必要としていませんが、一部の方は呼吸状態が悪化して酸素投与などの医療行為が必要になります。
この場合、受け入れ先の病院を急遽探すことになりますが、感染症指定病床はどこも満床の状態であり、入院を断られることがしばしばです。
先日呼吸状態が悪化して当院にいらっしゃった患者さんは、当院に来るまでに25の医療機関に断られたとのことでした。
断った医療機関を批判しているわけではありません。当院でもこれ以上新型コロナの患者さんを受け入れることができずにお断りをせざるを得ないことがここ2週間ではしばしばです。
東京都内ではこのような逼迫した状況が続いていることを都民の皆さまに知っておいていただきたいのです。
医療従事者の感染がさらに事態を悪化させている
院内感染などにより医療従事者にも感染が広がっていることが事態をさらに悪化させています。
医療従事者153人の感染判明 院内感染も発生 医療崩壊の懸念 新型コロナ
都内でも複数の病院で医療従事者の感染が報告されています。
これらの医療機関では患者の受け入れを制限せざるを得ず、必然的に東京都全体で受け入れできる新型コロナ患者の数が減ってしまいます。
医療従事者の感染が増え続け、患者受け入れを制限する医療機関が増えれば、それ以外の医療機関にかかる負荷はさらに増し、疲弊によって院内感染が起こるリスクが高くなる、という悪循環が生まれる可能性があります。
特定の医療機関だけに負荷がかかり潰れてしまわないように、新型コロナ患者を診療する医療機関をより拡充していく必要があると考えます。
軽症患者はホテルまたは自宅で療養に
病床数を圧迫している理由の一つとして、軽症患者が全員入院していること、そして退院基準が厳しいことが挙げられます。
これまでは新型コロナ患者は全員入院の上で隔離されなければならないことになっていました。
そのため、感染症指定病床が多くの軽症者で占められ、重症者が入院できなくなるという問題が発生していました。
この問題の対応策として、厚生労働省は4月2日に通知を出し、
1 高齢者
2 基礎疾患がある者
3 免疫抑制状態にある者
4 妊娠している者
以外の方で入院を必要としない軽症の新型コロナ患者に関しては宿泊施設や自宅で療養しても良いという方針が示されました。
新型コロナウイルス感染症の軽症者等に係る宿泊療養及び自宅療養 の対象並びに自治体における対応に向けた準備について(厚生労働省新型コロナウイルス感染症対策推進本部 令和2年4月2日)
東京都もすでにホテルを1棟借り上げて、軽症患者にはそこで療養してもらう方針を発表しています。
これにより都内の感染症病床の多くを占める軽症者がホテルに移動することで、より重症者が適切な医療を受けられるようになることが期待されます。
患者の退院基準が緩和
新型コロナ患者が退院するためには、PCR検査で新型コロナウイルスが2回連続で検出されないことが条件となっています。
新型コロナ患者のPCR検査結果が陰性になるまでにかかる期間は中央値20日、無症候性感染者であっても陰性化までに中央値9日かかると言われています。
ですので、すでに症状が改善しピンピンしている患者さんも退院ができず、長い人では1ヶ月以上隔離されている方もいらっしゃいます。
なお「PCR 検査結果の陽性が続く=感染性が続く」わけではなく、生きたウイルスは発症から7日ほどで消えているという報告が出ています。
PCR検査は遺伝子の残骸でも引っ掛けてしまう検査ですので、PCR検査結果で陽性が続いても死んだウイルスを拾い続けているだけの可能性があります。
本当に隔離解除のためにPCR検査2回の陰性を確認する必要があるのか、今後さらなるエビデンスの蓄積が待たれます。
さてそんな中、4月2日に厚生労働省より退院基準の変更について通知がありました。
この退院基準の変更を見ると「大して変わってないじゃないか!」と思われる方もいらっしゃるかと思いますが下の方に書いてある「感染が検査確定された軽症患者はPCR検査を2 度行い、結果が両方陰性であることが確認されて初めて自宅隔離から解放すべき」という文言から、必ずしも病院内でPCR検査を行う必要はなく、自宅での隔離を視野に入れたものになっていることが分かります。
またPCR検査ができない場合には症状消失後2週間で隔離解除して良いとする方針も打ち出しています。
これは、入院中に軽快した患者については早期に退院し宿泊施設または自宅で療養を続けることを想定しているものと考えられます。
これまですでに軽快しているもののPCR検査が陽性になり続ける患者さんは早期退院できるようになり、感染症指定病床の回転が良くなることが期待されます。
示された改善策はすぐにでも実行を
以上のように、1週間前の時点での医療機関における課題は整理されつつあります。
行政の方々のご尽力に心より感謝いたします。
しかし、まだこれらの改善策は実行されているわけではありません。
1日100人単位で患者が増え続けている都内の状況を考えれば、すぐにでもこれらの改善策を実行に移さなければ、その前に医療機関が限界を迎えてしまいます。
これらの改善策の1日でも早い実行を願っています。
未解決の問題も
解決されていない問題も残っています。
多くの病院ではマスクや手袋などの個人防護具が不足しています。
個人防護具がなければ、安全に新型コロナ患者を診療することができず、医療従事者を危険にさらすことになります。
それだけは避けなければなりません。
また、新型コロナ患者の診療に慣れていない医療従事者へのケアも重要です。
連日報道されている医療従事者の感染事例は多くが「新型コロナ患者と分かっていなかった患者」の診療に関連した感染であり、診療する患者が新型コロナであると分かっていて適切な感染対策が行われれば医療従事者が感染するリスクは決して高くありません。
しかし、今後は感染症指定医療機関など普段から感染対策の訓練が行われている病院以外でも新型コロナ患者を診療していくことになります。
こうした必ずしも新興感染症に対する準備が万全ではない医療機関に対する、感染対策についての訓練、専門家のサポート体制の整備などについても自治体が主導して整備することが望まれます。
東京都民・関東にお住まいの皆さまへのお願い
このように、東京都における医療機関の状況は依然として逼迫しており、このペースで患者数が増加し続ければ対応しきれなくなる可能性があります。
本来医療が必要な方々に適切な医療を届けるために、週末は不要不急の外出を控え、来週以降も「3密空間」を避けた生活の徹底をお願い致します。
今後の患者数増加を食い止めるためには皆さん一人ひとりの努力が必要です。