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「ドライブ・マイ・カー」、オスカー本投票に先立ちHBO Maxで配信決定。さらなる後押しとなるか?

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
オスカー候補入りで注目が集まる「ドライブ・マイ・カー」

 赤いサーブが、もっと多くの乗客を拾い上げようとしている。現在アメリカで劇場公開中の「ドライブ・マイ・カー」が、早くもHBO Maxの配信作品ラインナップに追加されることになったのだ。配信開始日は3月2日。オスカー本投票開始の、およそ2週間前だ。

 今月8日のオスカーノミネーション発表で、国際長編映画部門に加え、作品、監督、脚色部門にも候補入りして以来、「ドライブ・マイ・カー」への関心は高まっている。上映スクリーン数は次第に増え、今週末と来週末にもさらに追加される予定だが、現段階ではまだ127スクリーンに限られており、どこに住んでいる人でも簡単に見られるわけではない。オスカー授賞式前に、自宅にいながらこの話題作を見られるようになるのは、映画ファンにとって朗報だろう。

 作品にとっても、より多くの人に見てもらえてますます反響が高まるのは良いことだ。アカデミーにもメリットがある。基本的には、一般視聴者に人気のある作品が多く揃う年には視聴率が上がることが期待できると思われているからだ。もちろん、視聴率の問題はそう単純ではない。オスカーに限らず、近年、授賞式番組の視聴率は下がる一方で、「ジョーカー」「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド」などが作品部門に候補入りした2020年も、前年より20%も下落している。

 それでも、見てもらえていない作品ばかりが揃うより、見てもらえた作品が揃うほうが、希望が生まれるのはたしか。残念なことに、今年はそこがぱっとしない。コロナの影響もまだあり、ヒットの目安のひとつとされる1億ドルの北米興行収入を達成したのは、今年の作品部門候補作10本の中で「DUNE/デューン 砂の惑星」だけなのだ。知名度のある「ウエスト・サイド・ストーリー」でも北米興収は3,700万ドル、ブラッドリー・クーパー、ケイト・ブランシェットなど大物スターが出ている「ナイトメア・アリー」もわずか1,100万ドル。ウィル・スミス主演の「ドリームプラン」は1,400万ドル、「リコリス・ピザ」は1,300万ドル、「ベルファスト」は700万ドル、「ドライブ・マイ・カー」は120万ドルである。これはつまり、あまり人が見ていない映画ばかりが賞を争うということ。普通の人が興味を持たなくても、しかたがない。

 一方で、Netflixが配信する「ドント・ルック・アップ」は記録破りのアクセスを稼いだヒット作となった。今のところ最有力とされている「パワー・オブ・ザ・ドッグ」もNetflix、日本では劇場公開された「コーダ あいのうた」も、アメリカではApple TV+での配信だ。そんな中、「ウエスト・サイド・ストーリー」と「ナイトメア・アリー」は、早々と配信に進出すると決断した。昨年12月17日に北米公開された「ナイトメア・アリー」は、2月1日、HBO MaxとHuluで配信デビュー。昨年12月10日北米公開の「ウエスト・サイド・ストーリー」は、3月2日にHBO MaxとDisney+で配信開始する。

オスカー前にも、まだほかの賞の発表が控える
オスカー前にも、まだほかの賞の発表が控える

 劇場に足を運ぶ観客の数がすっかり頭打ちになっているのならば、せめて配信で多くの人に見てもらおうというのは、妥当な考え。そうやって見た人が、数週間後のオスカー授賞式で応援しようと思ってくれれば、少しは盛り上がるかもしれないだろう。投票者にも、便利だ。投票者には当然のことながら候補作の視聴リンクが送られているが、自宅の大型テレビにすでにダウンロードされていて、使い慣れている配信アプリで見られるのなら、より手軽である。一度見ている映画でも、「家族と一緒にまた見てみようか」となるかもしれないし、幅広い人たちがアクセスしやすくなったことで、業界以外の知り合いから「あの映画、良いと聞いていたけれど、見てみたら本当に良かった」など、感想を聞くこともあるかもしれない。そういう声は、案外、影響を与えたりするものだ。

 HBO Maxデビューに加え、「ドライブ・マイ・カー」は、オスカー本投票前にもっと弾みをつける機会がいくつかある。まず3月6日に、L.A.でインディペンデント・スピリット賞の授賞式が行われる。候補入りしているのは、国際映画部門。また3月13日には、ロンドンで英国アカデミー賞(BAFTA)、L.A.で放送映画批評家賞(Critics Choice Awards:CCA)の授賞式がある。BAFTAには、監督、脚色、非英語映画の3部門、CCAには外国語映画部門にノミネートされている。

 国際映画、非英語映画など呼び方は違っても、いわゆる外国語映画に対して与えられる部門に限れば、「ドライブ・マイ・カー」がこの3つの賞すべてを制覇することは、おそらく可能。そうなればこの映画を見たいと思う人はもっと増え、作品への勢いへとつながっていくことだろう。「ドライブ・マイ・カー」には、まだまだ走っていけるだけのガソリンが十分残っていそうだ。

場面写真:Sideshow/Janus Films

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「シュプール」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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