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どうなる井笠鉄道記念館 - 鉄道資産を観光に活かすために -

杉山淳一鉄道ライター
動向が心配な井笠鉄道記念館

西武鉄道の筆頭株主である米投資ファンドのサーベラスが、西武秩父線、多摩川線、山口線の廃止を提案し波紋を呼んでいます。渦中の山口線は、現在、西武遊園地駅と西武球場前駅を結ぶ新交通システムです。この山口線には、約24年前の1984年まで小さな蒸気機関車が走っていました。その蒸気機関車のひとつが、今も岡山県笠岡市で保存展示されています。もともと笠岡市の井笠鉄道が運行していた蒸気機関車を西武鉄道に貸し出し、役目を終えて古巣へ帰ってきたわけです。

井笠鉄道は1911(明治44)年に井原笠岡軽便鉄道として設立され、1971年に鉄道事業を廃止してバス路線のみとなりました。会社名に鉄道という名を残していますが、実態はバス会社です。この井笠鉄道という名前をご記憶の方も多いでしょう。2012年にバス事業から撤退し、会社を精算するという決定が報じられました。11月には 岡山地方裁判所に破産手続きの開始を申し立て、決定されています。これで、すべての資産は破産管財人の管理下に置かれました。

西武鉄道の山口線でも活躍した機関車
西武鉄道の山口線でも活躍した機関車

西武山口線を走った蒸気機関車は、井笠鉄道の旧新山駅跡に設置された「井笠鉄道記念館」に保存展示されています。管理人は長らく新山駅の駅長を務めた方です。この施設のある土地も井笠鉄道の資産ですから、当然、所有権は管財人に移されました。井笠鉄道は負債総額は約32億円と報じられており、その中には未払いの給与もあるそうです。地域の交通のために働いていた人の給料です。少しでも返したいと管財人氏は考えているようです。しかし、そのためには資産を処分しなくてはいけません。

井笠鉄道記念館はどうなってしまうのでしょう。鉄道ファンだけではなく、地元の人々も心配しているそうです。もしかしたら、3月いっぱいで閉鎖されるかもしれません。それなら、今のうちに見ておきたい。そこで、3月19日に現地を訪れました。実はその前に電話で問い合わせようとしましたが、笠岡市のWebサイトに掲載されていた電話番号は「現在使われておりません……」もしや既に閉鎖かと焦りました。

しかし、3月19日現在、井笠鉄道記念館は無事でした。管理人の元駅長さんも詰めていました。駅長さんにお話を伺いますと、電話回線は井笠鉄道名義だったため、同社のすべての電話回線を解約したときから不通になったとのことでした。

井笠鉄道記念館はどうなるかと元駅長さんに聞いてみたところ「4月になるまでわからん」と言いつつ、「ここは残ると思うよ」とのこと。根拠は「誰からも話がないから」だそうです。つまり「売却するからもう来ちゃダメ」「更地にするから保存車両などや建物内の品物を処分して」等と言われていない。なるほど前向きだなと感心しつつ、これでは、いつか突然、重機がやってきてバラバラにされてもおかしくない、とも思いました。

もっとも望ましい解決策は、地元の笠岡市が土地も車両もまるごと譲受し、市の歴史遺産として保存に取り組んでもらう方法です。しかし、訪問前に笠岡市に電話してみたところ、こちらも「市としては何も聞いていない」とのこと。「何か要請があれば検討するけれども、誰も何も言ってこないから検討すらできない」という立場のようです。「誰も何も言わない」は元駅長さんと同じ見解。つまり、何も進展していない。管財人に問い合わせれば、じゃあいくらで買い取ってくれますか、という話になりかねないと考えているかもしれません。

ここはひとつ、笠岡市に積極的に動いてほしいと思います。

産業考古学会は2002年に、この記念館の一式を「推薦産業遺産」に認定しました。保存状態が良い上に、なによりも実際に営業していた場所に残されていることが評価されました。井笠鉄道は軽便鉄道として創業しています。官営鉄道が通らなかった地域で、鉄道が切望され、有志が発起人となって作られました。「地域の人々の、地域の人々による、地域の人々ための」鉄道です。この記念館は、鉄道だけではなく、活気のある時代の息吹を残しているとも言えます。

その価値を、どうか笠岡市さんは理解してください。井笠鉄道の「鉄道遺産」はほかにも、笠岡市、井原市、福山市などに散在しています。3市が連携して、これらを観光資源として活かしてはいかがでしょうか。地域に密着した軽便鉄道は全国にいくつもありました。それぞれが廃止され、往時の車両や施設、資料は散逸してしまいました。しかし、井笠鉄道にはたくさん残っています。鉄道ファンや近代歴史ファンなら、ぜひ見たいと思うはずです。

往時を伝える貴重な資料があります
往時を伝える貴重な資料があります

現に私も、東京からサンライズ瀬戸に乗り、高松で琴電に乗り、金毘羅様にお参りして、翌日にここへ……って、ついでに寄ったわけではないですよ。井笠鉄道記念館も主目的のひとつです。井原鉄道乗車も目的でしたが、井笠鉄道記念館が無ければ小田駅で途中下車しませんでした。鉄道ファンにとって、鉄道遺産にはそれだけの行動を生み出す吸引力があります。

大きな博物館を建てて、車両や部品をひとつに集めて……そんな必要はありません。このままでいいのです。このまま鉄道遺産を残し、地域の保存車両や施設をめぐる旅やスタンプラリーなどを企画してください。井笠鉄道バスを継承した中国バスさんも、井原鉄道と連携して、鉄道遺産巡りのためのフリーきっぷを売ってみたらいがでしょうか。

観光客が回遊すれば、地域に落ちるお金も多くなることでしょう。さしあたり、井笠鉄道記念館の近くに喫茶店が必要です。付近には飲食店が少ないので、かなり儲かりそうです。あと、元駅長さんは商売っ気がなさそうですから、ぜひグッズの販売も。これは通販の需要も見込めます。

笠岡市の観光の目玉はカブトガニのようです。しかし、観光客は生き物に興味をもつ人ばかりではありません。観光の柱の2つ目として、井笠鉄道の遺産に注目してはいかがでしょうか。

鉄道ライター

東京都生まれ。信州大学経済学部卒。信州大学大学院工学系研究科博士前期課程修了。出版社でパソコン雑誌・ゲーム雑誌の広告営業を担当したのち、1996年にフリーライターとなる。IT、PCゲーム、Eスポーツ、フリーウェア、ゲームアプリなどの分野を渡り歩き、現在は鉄道分野を主に執筆。鉄道趣味歴半世紀超。2021年4月、日本の旅客鉄道路線完乗を達成。基本的に、列車に乗ってぼーっとしているオッサンでございます。

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