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異次元の厚顔無恥、岸田首相―“殺された”女性遺族訴えや国連勧告を無視、「ゾンビ法案」ゴリ押し

志葉玲フリージャーナリスト(環境、人権、戦争と平和)
岸田文雄首相(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

 もはや、法務省及び入管庁には自浄能力は無く、岸田文雄首相自身の姿勢も問われる。難民その他帰国できない事情を抱える外国人の人々への人権侵害だとして内外の批判を浴び、2021年5月に廃案となった入管法改定案。昨秋の臨時国会でも再提出を断念せざるを得ず「ゾンビ化」した法案を、その骨子も改善しないまま、岸田内閣は本日(23日)からの通常国会に提出する予定だという。2021年3月に名古屋入管がスリランカ人女性ウィシュマ・サンダマリさん(当時33歳)に適切な医療を受けさせず死亡させてしまったことについて、同年12月の国会質疑で、岸田文雄首相は「ご遺族からの手紙は読んだ」「気持ちはしっかりと受けとめた」と述べたものの、その根本的な原因である入管行政の問題点を改善せず、むしろ改悪しようとしているのだから、「異次元の厚顔無恥」だ。これには、ウィシュマさんの遺族や法曹界、各メディアからも批判の声があがっている。

〇入管行政の欠陥がウィシュマさんを"殺した”

ウィシュマさんは“入管行政の欠陥によって殺された”と言っても過言ではないだろう。その欠陥とは、一つは、何らかの原因で在留資格を失ってしまった外国人の人々を、個々の事情も十分に鑑みず、収容施設に強制的に収容することを、入管はフリーハンドに行っており、裁判所等の判断が介在しないこと。もう一つは、収容する期間に上限が無く、実質、無期限の収容となっていることだ。

ウィシュマさんの遺影と、妹のワヨミさん
ウィシュマさんの遺影と、妹のワヨミさん

 ウィシュマさんは留学生として来日したが、日本語学校を退学となったことから、2020年8月に名古屋入管に収容されたが、彼女は当時交際していた男性から暴力を受け、その行動やお金も男性に管理されていた。つまり、DV被害者だったのだ。本来、ウィシュマさんはDV防止法に基づき、保護される立場にあったが、そのことを名古屋入管の職員達は理解していなかった。しかも、嘔吐や吐血を繰り返し、体重が激減するなどウィシュマさんの健康状態が悪化し、彼女やその支援者が外部病院での入院のため、仮放免を求めても、名古屋入管は「(帰国すべきという)自身の立場を理解させる必要がある」として、仮放免を認めなかった。もし、収容の是非を裁判所が判断する制度であれば、ウィシュマさんは適切に保護され、或いは医療を受けられたのかもしれない

 また、ウィシュマさんが健康状態の悪化を訴え始めたのは、2021年の1月頃で亡くなったのは同年3月6日だ。彼女が収容されたのが2020年8月20日だから、収容期間は約7ヵ月。日本の入管制度では、収容期間に上限は無いが、例えばEU諸国では3~6ヵ月を上限としている。つまり、もし、日本の入管制度に収容期間の上限があれば、ウィシュマさんは亡くなる前に収容所から出て、病院に入院できたのかも知れないのだ

 収容に裁判所の判断が介在しない、収容期間に上限がないという日本の入管制度の問題点は、2020年9月の時点で、国連人権理事会の恣意的拘禁作業部会から、国際人権規約(自由権規約)に反するものだと指摘された。

 だが、岸田首相は「聞かない力」を発揮。法務省・入管庁の組織防衛の主張を鵜呑みにして、「我が国が締結する人権諸条約に違反するものとは考えてはいない」(2022年10月6日参議院本会議)と入管の制度・運用を擁護する始末だ。上述の日本の入管制度の問題点は、2022年11月に国連の自由権規約委員会からも指摘され、制度の改善を勧告されている。だが、今国会に提出される予定の入管法改定案は、収容における裁判所の判断も、収容期間の上限も、盛り込まれていない。

〇自浄能力欠く法務省・入管庁、岸田政権

 必要な制度改革が行われない一方で、入管法改定案は、むしろ、難民その他帰国できない事情を抱える外国人の人々への人権侵害につながるものが、いくつも盛り込まれている。その一つが、難民を迫害の恐れのある祖国へ送り返すというもの。現状では、難民条約に基づき、入管法においても、難民認定手続中の外国人を強制送還できない。これを「送還停止効」というが、その例外を設けようというのである。具体的には、原則で2回以上、難民認定申請を行った人を、強制送還できるようにするというものだ(送還停止効の例外)。法務省・入管庁は「帰国を拒否する外国人が難民認定申請を濫用している」と主張するが、実際には、法務省・入管庁は、本来、難民として保護すべき人々―例えば、軍による民主化運動家や少数民族の弾圧が行われているミャンマーからの難民認定申請者など―を保護せず、「制度を濫用している送還忌避者」というレッテル張りをしてきた。他の先進諸国に比べ、異常に低い難民認定率など、難民認定審査の課題を改善しないまま、「送還停止効の例外」を認めるようにするなら、難民として保護されるべき人々も迫害される危険性の高い祖国へ強制送還されてしまう恐れがあるのだ。

 入管法改定案には、送還を拒否することに対し刑事罰を科すという「退去強制拒否罪」も盛り込まれているが、こちらも問題が大きい。そもそも、入管から国外退去処分を受けた人々の9割以上が、自主的に帰国するか国費で送還されている。残り1割に満たない人々には、上述の様な難民認定申請者や、日本人と結婚した人や家族が日本にいる人など、帰国したくない事情を抱える人が相当数含まれている。特に、日本人と結婚し、本来は配偶者として在留を認められるべき人も、入管側の不可解なさじ加減で、在留が認められず、収容されたりするケースも多々ある。そうした人々が「退去強制拒否罪」によって、入管の収容施設だけでなく、刑務所にも収監されるようになれば、本人は勿論のこと、日本人の配偶者、子どもにとっても、非常に辛いことになる。

 「送還停止効の例外」「退去強制拒否罪」を盛り込んだ入管法改定案は2021年にも国会に提出され、猛批判を浴びて廃案となり、昨年秋の臨時国会でも再提出が見送られた。それとほぼ同じ骨子を持つ一方で、国連等から指摘された改善勧告を反映しない入管法改定案を懲りもせず、今国会にも提出しようとする法務省や入管は、自浄能力に欠けると見なさざるを得ない。また、それは入管法改定案を容認する岸田政権自体の自浄能力の無さでもある。

〇岸田首相は批判の声を真摯に聞け

 今回の入管法改定案の再提出に対しては、ウィシュマさんの妹のワヨミさん、ポールニマさんも今月12日の会見で「無期限収容を変えないと、姉のように命を落とす人が出るのが当たり前になる」懸念している(関連情報)。また、東京弁護士会も今月17日の会長声明で「今回の法案は、外国籍者に対する深刻な人権侵害を継続するばかりか、むしろ、新たな人権侵害を生み出しかねない危険を孕んでいる」と批判、再提出に反対している(関連情報)。新聞各紙も入管法改定や入管行政自体に批判的で、例えば、岸田首相の地元・広島県を中心に発行されている有力地方紙・中国新聞も昨年9月27日付の社説で、「制度の抜本的な見直しは急務だ。人権に配慮した形に入管行政を転換しない限り、国際社会での信頼は得られまい」と指摘している(関連情報)。こうした批判の声を、岸田首相は真剣に聞くべきなのである。

(了)

フリージャーナリスト(環境、人権、戦争と平和)

パレスチナやイラク、ウクライナなどの紛争地での現地取材のほか、脱原発・温暖化対策の取材、入管による在日外国人への人権侵害etcも取材、幅広く活動するジャーナリスト。週刊誌や新聞、通信社などに写真や記事、テレビ局に映像を提供。著書に『ウクライナ危機から問う日本と世界の平和 戦場ジャーナリストの提言』(あけび書房)、『難民鎖国ニッポン』、『13歳からの環境問題』(かもがわ出版)、『たたかう!ジャーナリスト宣言』(社会批評社)、共著に共編著に『イラク戦争を知らない君たちへ』(あけび書房)、『原発依存国家』(扶桑社新書)など。

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