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イスラエルによるガザ虐殺の陰で:シリアでのシリア軍とロシア軍の攻撃による先月の死者数が今年最多に

青山弘之東京外国語大学 教授
ホワイト・ヘルメットHP、2023年11月1日

パレスチナのハマースによる「アクサーの大洪水」作戦開始とイスラエル軍のガザ地区への激しい攻撃による犠牲者が11月1日、双方合わせて1万人(イスラエル側約1400人、パレスチナ側約8800人)を超えた。

世界中の関心が、「第2段階」に入ったとされるイスラエル軍のガザ地区への激しい攻撃に注がれるなか、世界のその他の地域や国で今も続く紛争において、日々多くの犠牲者が出ているという事実はなかなか注目されない。

そんななか、「今世紀最悪の人道危機」に直面していると言われてきたシリアでの先月(2023年10月)の死者数が今年最多になったと反体制派がこぞって発表した。

ホワイト・ヘルメット

シリア北西部のいわゆる「解放区」(シリア政府の支配を脱し、シリア革命の徒が自由と尊厳のために活動を続ける反体制派の支配地)で救援・医療活動に従事するホワイト・ヘルメット(正式名はシリア民間防衛隊)は11月1日、声明を出し、シリア軍とロシア軍の虐殺やテロ攻撃によって、10月に民間人66人が殺害され、270人以上が負傷したと発表した。

同組織によると、死者66人の内訳は、子供が23人、女性が13人、負傷者270人以上の内訳は、子供が79人、女性が47人、そしてホワイト・ヘルメットのボランティア隊員が3人だという。

また、シリア軍とロシア軍が攻撃した市町村の数は70以上に達し、学校13ヶ所以上、医療施設7ヶ所以上、モスク5ヶ所、国内避難民(IDPs)キャンプ5ヶ所、大衆市場5ヶ所、ホワイト・ヘルメットのセンター4ヶ所、女性家族保健センター1ヶ所、発電所1ヶ所、給水所31ヶ所、養鶏場3ヶ所が損害を受け、75万人が避難を余儀なくされた。

国連の推計によると、シリア北西部の人口は400万人あまりとされており、実に19%弱が避難を余儀なくされたことになる(ただし、APが10月13日に伝えたところによると避難した住民の数は約7万人)

シリア人権ネットワーク

反体制派の支配地における人的・物的被害についての情報を発信している独立系NGOのシリア人権ネットワークも11月1日にレポートを発表し、10月にシリア軍とロシア軍による攻撃で民間人161人が死亡、そのうち子供は34人、女性は44人に達したと発表した。

同組織によると、161人のうち、シリアの「体制」が殺害した民間人は61人(うち子供23人、女性9人)、ロシア軍が殺害した民間人は9人(うち子供4人、女性4人)、クルド民族主義組織の民主統一党(PYD)が結成した民兵の人民防衛隊(YPG)を主体とするシリア民主軍が殺害した民間人は5人(うち子供1人)に及んだ。

シリア人権監視団

英国で活動する反体制派系のNGOのシリア人権監視団も11月1日に発表した記事のなかで、シリア北西部でのシリア軍の戦死者を含めた10月の死者が130人に達したことを明らかにした。

発表によると、130人のうち74人が民間人(子供30人と女性11人を含む)で、そのなかの63人(うち子供27人、女性7人)がシリア軍の攻撃によって、9人(うち子供3人、女性4人)がロシア軍の爆撃で、そして2人が治安混乱が理由で死亡した。

非民間人死者56人のうち、反体制派の戦闘員は18人、シリア軍兵士は38人だった。殺害された反体制派の戦闘員18人の内訳は、「シリアのアル=カーイダ」として知られる国際テロ組織で「解放区」の支配を主導するシャーム解放機構メンバーが13人、シリア国民軍(通称TFSA(Turkish-backed Free Syrian Army))に所属するハムザ師団メンバーが4人、新興のアル=カーイダ系組織の一つであるアンサール・タウヒード・メンバーが1人だった。一方、戦死したシリア軍兵士38人のうち士官は4名だった。

一方、負傷者は115人に達し、うち民間人87人(うち子供10人、女性8人)、戦闘員は反体制派、シリア軍双方合わせて28人だった。

なお、シリア人権監視団は、10月のシリア軍とロシア軍の攻撃の激しさを示すため、砲撃や爆撃の回数についても明らかにした。それによると、シリア軍が発射した迫撃砲、ミサイルの数は5,550発以上に達し、うち3,000発がイドリブ県、1,800発がアレッポ県、400発がハマー県、350発がラタキア県に発射された。またロシア軍によって行われた爆撃は151回に達し、うち121回がイドリブ県、23回がラタキア県、7回がハマー県を標的としたものだった。

戦闘激化のきっかけは?

反体制派側の被害のみを集計したホワイト・ヘルメットとシリア人権ネットワークの発表は、シリア政府やロシア軍の非道さに対する憎しみを増長させるに十分な情報だと言える。これに対して、シリア人権監視団の発表は、誰が民間人を殺害したのかを明示していない点、そしてシリア軍の戦傷者を明らかにしている点で、ホワイト・ヘルメットとシリア人権ネットワークのような一方的なデータとは言えない。だが、シリア軍とロシア軍による攻撃の激しさについては、そのきっかけが何であったかを補足説明する必要がある。

シリアでは10月5日、政府の支配下にあるヒムス県ヒムス市にある軍事大学(ヒムス軍事大学)で催されていた士官候補生の卒業式が複数の無人航空機(ドローン)のテロ攻撃を受け、国営のシリア・アラブ通信(SANA)によると、女性6人と子供6人を含む80人が死亡、女性55人と子供22人を含む240人あまりが負傷した。

テロ攻撃への関与を認める犯行声明は出されなかった。だが、レバノンのマヤーディーン・チャンネルが複数の信頼できる情報として、中国新疆ウィグル自治区出身者からなるアル=カーイダ系組織のトルキスタン・イスラーム党と、シャーム解放機構に忠誠を誓うムハージリーン・ワ・アンサール軍(旧ムハージリーン大隊)が攻撃に使用された高性能ドローンにかかる技術を持っており、攻撃に使用されたドローンの部品は3ヵ月前にフランスから供与されたものだと伝えた。

ロシア軍の爆撃とシリア軍の砲撃は、これに対する報復として開始された。

これに対して、反体制派も反撃した。反体制派を主導するシャーム解放機構、同組織とシリア国民軍国民解放戦線などからなる「決戦」作戦司令室の攻撃は、シリア軍の陣地への砲撃、シリア軍兵士への狙撃に限られず、新たな戦術を伴った。反体制派は、飛行距離が50キロから200キロに達し、4キロの爆発物を搭載可能だとされる攻撃用ドローンを投入し、アレッポ県のアレッポ市や県西部の農村地帯、ハマー県のスカイラビーヤ市やミスヤーフ市、ヒムス県北部などに対して執拗に爆撃を試みたのである。

シリア内戦において、爆撃というと、シリア軍やロシア軍の「専売特許」とみなされ、その非道さを象徴する暴挙として描き出されていた。だが、「解放区」における10月の激しい戦闘は、反体制派の爆撃を契機としていたのである。

シリア内戦に限らず、紛争において食い止められるべきは、暴力という行為そのものであって、一当事者の暴力のみを非難することは、紛争を収束させるのではなく、煽ることさえある。

シリア軍とロシア軍が続けている暴力は決して非難を免れるものではない。だが、それに対抗して行われる暴力も非難に値するという行為である点で変わりはない。後者の暴力が前者の圧倒的な暴力に対する正当な反撃だと主張するのであれば、あるいは前者の暴力だけを非難し、後者の暴力があたかも存在しないかのように主張するのであれば、それは停戦の仲介者や平和構築者ではなく、報復の当事者になりさがることを意味している。そして、報復の当事者になりさがることは、自由や尊厳の名のもとに暴力を憎み、それに抗う姿勢とは完全に矛盾している。

東京外国語大学 教授

1968年東京生まれ。東京外国語大学教授。東京外国語大学卒。一橋大学大学院にて博士号取得。シリアの友ネットワーク@Japan(シリとも、旧サダーカ・イニシアチブ https://sites.google.com/view/sadaqainitiative70)代表。シリアのダマスカス・フランス・アラブ研究所共同研究員、JETROアジア経済研究所研究員を経て現職。専門は現代東アラブ地域の政治、思想、歴史。著書に『混迷するシリア』、『シリア情勢』、『膠着するシリア』、『ロシアとシリア』など。ウェブサイト「シリア・アラブの春顛末記」(http://syriaarabspring.info/)を運営。

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