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劇伴音楽作家・林ゆうき氏に聞く「音楽作家の権利とは」(前編)

鎮目博道テレビプロデューサー・演出・ライター。
林ゆうきさん (本人提供)

作詞家、作曲家など音楽を作っている人は「音楽作家」と呼ばれ、音楽作家たちにとって著作権使用料(印税)は大切な収入である。しかし、昨今ではJASRACのイメージ悪化を受けてなかなか肩身が狭い状況にあるという。こうした音楽作家の有志が集まって、現状を少しでも改善したいという思いのもと「音楽作家はつらいよ」というサイトが立ち上がったことは以前にもお伝えした。

今回は、「音楽作家はつらいよ」の活動に賛同する劇伴音楽作家・林ゆうきさんにインタビューし、林さんの「音楽作家と権利」についての思いを聞いた。

Q:今回は、音楽作家の方々にとって権利というものはどういうものか、普通の方に分かりやすく伝わったらいいなということで、この取材をさせていただくことになりました。

林:なんか日本って、スポーツだとか音楽だとか芸術だとか、自分が好きなものをお仕事にしている人に対して「自分が好きなことをやっているんだから、そんなお金のことを言わずに楽しめばいいじゃん」みたいな感じで思っているところが少しあるのかなと思っていて。

でも、お仕事にしている人からしたら、好きなこととかじゃなくて、単純に自分が持っている能力やスキルを売ってお仕事にしているんであれば、その対価をちゃんと請求できるという意識というのは、大事なのかなと思います。

Q:そういう意識って、なぜ日本はちょっと低めというか、理解が得られにくいんでしょうね。

林:「お仕事というのは、つらく厳しいことをやるもので、趣味として自分の好きなことをやればいいじゃん」と僕自身も言われたことがあります。「おまえらは好きなことをやっているんだから、なに調子に乗ったことを言っているんだよ」という感じで言われたりすることもあるので。

でも好きだからこそ、そのスキルは伸びたわけで、それをとやかく言われる筋合いはないなと。別に間違ったことをしているわけではないのに、なんでそんなことを言われるんだろうなと思うことは多々あります。

よくTwitterとかでも見ますけれども、たとえばイラストレーターの人にイラストを、「友達の結婚式なので、友達の似顔絵を描いてほしいんですけれども、謝礼は出せません」みたいなこととか。それで「ちょっと謝礼なしだと」と言うと「え? 趣味でやっているくせにお金を取るんですか?」。でも一般の人って、芸術だとか技術だというものに対して、それが年月をかけて培われたものだという意識がそんなになくて。

うろ覚えなのですが、画伯がささっと描いたイラストに、なんかすごい高額なことを言ったら、「10秒ぐらいで描いたのに、なんでこんなに高いんですか」と聞かれて「10秒じゃなくて僕の今まで生きた年齢プラス10秒です」みたいなことを答えたというのは、まさにそうだなと思います。

 例えばギターリストが、ガーッと1分間の演奏をしたとしても、「1分の演奏でこんな料金を取るなんておかしくないですか」とか、「1回のピアノの演奏でこんなのっておかしくないですか」と言われるんですけれども、「じゃあ代わりにやればいいじゃないですか」というと、その人はできないんだから、それに対して正当な対価を払うというだけのお話なんです。

だから、そういう技術職じゃない人というのは、それがどういうふうに培われたものなのかというところまで想像力が行かない人がるんですよね。

Q:少し話を変えますけれども、「Spotify再生回数6番目の男」でいらっしゃるんですか?

※注:林ゆうきさんはSpotifyで2020年に海外で最も再生された国内アーティスト6位

林:そうです。いや、でも、それはもうおととしぐらいの話なので。なんか僕の音楽をというよりかは、割とその作品が当たっているからだけであって。

僕らって、ある種ギャンブルみたいなところがあって、自分がどんなに素晴らしい曲を書いたと思っても、作品が全然全く当たらなかったら陽の目を見ないということが、いっぱいあるので。自分的には大好きな曲なんだけれども、全然当たらないとか、もっと言うなら、サンプラーで全然テレビでかからなかったな、みたいなこともいっぱいあるので、ギャンブルで曲を作っている感じなところはあります。

林ゆうきさん (本人提供)
林ゆうきさん (本人提供)

Q:林さんはどういうことを心がけて、その作品に合ったというか作品を盛り上げるような音楽を作られているんですか。

林:僕は、もともと音楽をやっていなかったんですよ。男子の新体操というスポーツをやっていて、フィギュアスケートみたいにちょっと踊るスポーツなので、後ろに伴奏曲という踊るための曲がかかっていて、それをもっと自分でやってみたいなと思って趣味で作り始めたところから音楽を始めたんです。だから、どちらかというと「その映像に音楽をどう付けようか」という意識のほうが強い。映像を作る側みたいに、映像コンテンツ、自分の踊りとか、「その作品に対して音楽がないから、それをじゃあ作ってみよう」というスタンスで今の世界に入ったので、元から音楽が大好きで音楽をやっていて、お仕事としてサウンドトラックの作曲家を選んだという人とは、多分意識が違います。僕は、極論を言うと、映像に合わすためなら、自分の曲がばっさりと切られようが変なふうに編集されようが、どちらでもいいんですよ。

Q:なるほど。

林:なんでかというと、それは、映像に対してそうしたほうがベストになるなという判断を監督さんたちがした結果、そういうことになるからなんです。割と音楽をずっとやってきた人は、「俺の曲のここをこんなふうにするだなんて」と怒ったりする人もいるんですけれども、僕は全然それでもいい。

だって、映像と音楽が一緒になったときに人は感動できるし、その瞬間を作るために編集をするというのは、1つの作品を作る上で必要な作業だと思います。そこら辺の意識が違う感じで音楽を作るから、おのずと作るものがちょっと違っていて、使ってもらえているのかなというふうにも感じています。

Q:言い方として間違っていたらお許しいただきたいんですが、普通の音楽家の方が、音楽が主役という感じで考えているところを、そうではなくて伴走者としてというか、脇役としての音楽に徹されているというか、そういうことなんでしょうか。

林:脇役というふうな意識はなくて、対等なものだと思っているんですよ。音楽だけでも成立するし、映像だけでも成立する。ただ、その2つが合わさったときに、プラスじゃなくて掛け算になる瞬間を作れるときがあるんです。そのときに映像に合わせて音楽を作っていても、何かしっくり来ないなといって1秒前にずらしたり、1秒後ろにずらしたりすると、鳥肌の立つような瞬間がバーッと出てきたりすることがあって。

Q:なるほど。映像作品に使われる音楽の世界というのは、そうじゃない音楽の世界と、制作環境は、権利の面なんかも含めて、少し状況が違うんですか。

林:まあ、だいぶ特殊なジャンルだと思いますね。例えばアーティストの人が「2年5カ月ぶりのニューアルバム」とか聞くと、「すげえ休めるんだな」と思います。

こちらは、「2週間で40曲作ってください」とか言われて、「うわあー」とか言いながら、みんなに助けてもらいながらダーッと作ったりとかしたりするので、1つの物をじっくり作るというよりかは、大量に数時間で作らないと駄目だとか、スピードがやっぱり要求されるんです。

あと、締め切りが決まっているので。「映像がいつまでにできて、いついつ放送です」というのは決まっていたりするので、そこに合わせて照準を決めてやらないと駄目なので、多分みんなドキドキしてやっているんだろうなという感じです。

Q:そうですよね。映像の世界は本当にすごく短期間でガーッとやる場合が多いので、制作側の都合に結構振り回されて大変ということが多いですよね、きっと。

林:でも、ものづくりってそういうものだと思うし、ありがたいなと思うのは、多分僕は締め切りがなかったら全然曲が作れないと思うんですよ。

なんかやっぱりアウトプットをいっぱいできるというのはありがたいことなので、それがどんなに劣悪な締め切りだったとしても、幸運なことだなと思うようにしています。

Q:権利的にはどうですか。他の音楽と同じなんでしょうか。

林:僕たちが作るとかというのは、どこかのレーベルに所属しているアーティストさんたちが作るものとは、だいぶん変わっていて、インディーズのアーティストさんとかが作るものとも変わっていて、例えば映画だとかアニメだったら、制作委員会がお金を出してサウンドトラックを作りますといってお金を出してくれるから、そこにやっぱり権利が集まりやすいんですよね。

例えばプロモーションでこういうことをしたいですといったときに、いちいち全員に確認を取らないと駄目だったりとかします。例えばアーティストさんとかだったら、自分のプロモーションでこういうことをしたいからと言って動きやすいと思うんですが。インディーズのアーティストだとしたら、もっともっと動きやすいだろうし。

例えば、何々という作品をメインにコンサートをやりますとかというのって、要はその作品の名前を使ってお客さんを呼んでいるというのと同じことなので、そこをプロモーションも兼ねてというふうに先方と話をして、うまいこと協力関係を作れるかどうかということが必要になってくるんですけれども。要は、そういうところで全部引っ掛かってきたりとかするので、会社だったり制作委員会だったりとかと連携して何か作品を作ると、そういう確認作業がちょっと面倒なんです。

Q:そういう意味では、音楽作家さんの中でも、権利とかそういうことを処理しなきゃならない比率が高いジャンルになるということですよね。

林:そうだと思います。その分できることも多いとは思うんですけれども、そういった書類だったり確認事というのは増えてしまうのかな、みたいな感じですね。

例えば、なんか対日本に向けての出版活動しかされていないとか、日本をメインターゲットにした動きしかされていないところに、いや、海外でもこれだけ聴いてもらえるし、それはそちらにもメリットがあるので、こういう広告活動だったり、こういう活動ができませんかというふうに提案したりとかということはありますね。僕の場合は、Spotifyのデータだけでいうと、7割〜8割ぐらいのファンの方は海外の人なんです。

3年ぐらい前から配信とその広告収入も、どんどん僕らクリエーターに入ってくるお金も全然変わってきているのかなと思っていて。それって結構すさまじい変化だから、僕らアーティストもそうだけれども、そういったビジネスに乗っかっている人たちも、より良い関係を築きつつ、もっと多角的にビジネスが展開できるのかなという感じはあります。

Q:日々新しい情報・知識をアップデートしていかないと、クリエーターさんとしても駄目だという状況になっているということですよね。

林:そうですね。

(後編へつづく)

林ゆうきさん (本人提供)
林ゆうきさん (本人提供)

林ゆうき

1980年生まれ/京都府出身

元男子新体操選手。競技者としての音楽の選曲から伴奏音楽の世界へ傾倒していく。音楽経験はなかったが、大学在学中に独学で作曲活動を始める。卒業後、hideo kobayashiにトラックメイキングの基礎を学び、競技系ダンス全般の伴奏音楽制作を本格的に開始。さまざまなジャンルの音楽を取り込み、元踊り手としての感覚から映像との一体感に重きを置く、独自の音楽性を築く。主な作品:ドラマ「あさが来た」「リーガルハイ」アニメ「ハイキュー!!」「僕のヒーローアカデミア」「スタートゥインクルプリキュア」「からくりサーカス」映画「ONEPIECE FILM GOLD」「僕だけがいない街」ほか

テレビプロデューサー・演出・ライター。

92年テレビ朝日入社。社会部記者として阪神大震災やオウム真理教を取材した後、スーパーJチャンネル、スーパーモーニング、報道ステーションなどのディレクターを経てプロデューサーに。中国・朝鮮半島やアメリカ同時多発テロなどを取材。またABEMAのサービス立ち上げに参画。「AbemaPrime」「Wの悲喜劇」などの番組を企画・プロデュース。2019年8月に独立し、テレビ・動画制作のみならず、多メディアで活動。公共コミュニケーション学会会員として地域メディアについて学び、顔ハメパネルをライフワークとして研究。近著に『腐ったテレビに誰がした? 「中の人」による検証と考察』(光文社)

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