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ハンガリーで、大手メディアの70数人が編集長解任を巡って一斉辞任 報道の自由を求める市民デモも

小林恭子ジャーナリスト
職場放棄前、ハンガリーの「インデックス」の編集スタッフが取材に応じた(写真:ロイター/アフロ)

 7月24日、ハンガリーの主要ニュースサイト「インデックス」で、70数人の編集スタッフが一斉に職場放棄し、抗議辞任した。政治圧力によって編集の独立性が侵される危険性に警告を発してきた編集長が解任されたことが直接のきっかけだ。

 編集室から続々と出てゆくスタッフの姿は圧巻だ。

 ハンガリーでは、強圧政治を行うビクター・オルバン首相の下、政府を批判できる独立メディアの存在が希少となっている。国際ジャーナリスト組織「国境なき記者団」による世界各国の報道自由度ランキングでは、対象の180カ国・地域のうち、ハンガリーは89位だ(ちなみに、日本は66位)。

 インデックスは独立したジャーナリズムの最後の砦と言われてきたが、今回の一斉抗議の引き金となったのが、サボルチ・ドゥル編集長の解任だった(7月22日)。

 その約1か月前、同編集長は「外部圧力にさらされ、われわれの知る編集部は終わりを告げるかもしれない」とする声明文をサイトに掲載していた。言論の危機に警告を発した声明文は著名ジャーナリストとの連名であった。

 7月22日、編集部スタッフはウェブサイト上で「編集長の解任は受け入れられない」と宣言した。スタッフらはインデックスのジャーナリズムが独立しているためには(1)報道内容に外部からの干渉がないこと、(2)編集スタッフの陣容を変えないことを条件としており、ドゥル編集長の解任によって、(2)が「侵害された」という。

 インデックスの最高経営責任者ラスロ・ボドレイ氏は、編集長の解任理由としてウェブサイトの改造計画を編集長がリーク報道したこと、編集部内の作業過程を管理できていないことを挙げている。

 しかし、編集スタッフによると、インデックスのジャーナリズムの独立性を示すグラフをスタッフらが「危険」を示す領域にあるとした6月以降、ボドレイ氏は「独立している」(緑色の領域)に戻すよう編集長に圧力をかけ続けたという。 

 インデックスの独立性が揺らいできたのは、数か月前にオルバン首相に近いビジネスマン、ミクロシュ・バジリ氏がインデックスの広告収入を管理する会社の50%の株を取得してからと言われている。同氏はすでに親政府の放送局「TV2」を経営しており、別のニュースサイト「オリゴ」を親政権に転換させる役も担った。

 解任後に公表された、ドゥル氏が経営陣にあてた手紙の中で、同氏はオルバン政権による政治的圧力がインデックスに及ぶ危険性を警告していた。

 解任の撤回を求めた編集部の要求にボドレイ氏が応じなかったことで、7月24日、編集部の有志らが新たな声明文を連名で掲載した。声明文の中で、デスククラスの編集者3人と70人以上の編集部員らが辞職を宣言。「一線を越えた」とベロニカ・ムンク副編集長は英ガーディアン紙に語っている(7月24日付)。

 ムンク氏はインデックスに18年間勤務してきた。編集室を出て行ったとき、部員の何人かは涙を見せていたという。

 ボドレイ氏はサイトの独立性は危険にさらされていない、という認識だ。また、シーヤールトー・ペーテル外務貿易大臣はインデックスの報道に政府は干渉していないと述べている。

 24日夜、野党政治家も参加して、報道の自由を求める市民デモが、首都ブダペストにあるインデックスの編集部のビルからブダ城までの道のりで発生した。

 インデックスが今後どうなるのかはまだ不明だが、結果として、ハンガリーの独立ジャーナリズムはますます風前の灯火となる見込みだ。

 公共放送のラジオ、テレビ局や通信社MTIは報道の独立性を放棄したといわれており、左派系新聞ネープサバッチャーグも2016年に発行停止。別のニューサイト、オリゴは、2014年、親政府メディアに転換した。

 地方メディアのほとんどが与党「フィデス・ハンガリー市民連盟」関係者の支配下にある。

オルバン政権とメディア

 オルバン政権とハンガリーの報道の自由については、過去にいくつか記事を書いている。

90%が政府寄りメディアのハンガリー「典型的なポピュリズムの国」、日本のメディアの現状は?(「論座」、2019年5月2日)

読者と深く関わることを志向する新興メディア 伊ペルージャ・ジャーナリズム祭報告 (ヤフー個人ニュース、2019年7月13日)

 一部重複するが、ハンガリーの報道状況について補足しておきたい。

 日本の国土の約4分の1に約1000万人が住むハンガリーでは、反移民・難民、「キリスト教文化の維持」を前面に掲げるオルバン首相による強権政治が行われてきた。

 オルバン氏は1998年から2002年まで、首相に就任。2002年の総選挙では社会党に敗れたが、2010年に返り咲き、2014年、2018年の総選挙で勝利。現在は第4次オルバン政権を率いる。2010年の政権奪回後すぐに新憲法の制定を始め、選挙制度改革、憲法裁判所の権限縮小、報道に対する監督強化などを実施していった。

 言論組織「プロジェクト・シンジケート」のマネジング・エディター、ジョナサン・スタイン氏によると、「オルバン首相は、ハンガリー国民の声を代弁していると言う。そうすることで、国を2つに分けている。支持者は『愛国者』で、支持しない人は『裏切り者』。徹底的な中央集権化を進め、中央銀行や憲法裁判所を攻撃している」。

 ハンガリーのシンクタンク「メディア・データ・社会センター」のディレクター、マリウス・ドラゴミル氏によると、ハンガリーでは「メディア・キャプチャー(メディアの寡占化)」という状況にある。

 「最初に法律を変えて、メディアの規制体制を築く。次に、公共メディアを政府の支配下に置く。いずれの場合も組織のトップに政権に近い人物を配置する。民間の場合は政府寄りの人物あるいは企業に買収させるか、閉鎖に追い込む。最後に、公的資金を政権寄りのメディアにつぎ込む」。これで事実上の「寡占化」となる。

 首相の与党「フィデス・ハンガリー市民連盟」は下院議席の3分の2を占め、政権は司法権の縮小やメディア規制に力を入れてきた。国内のメディアの90%が直接あるいは間接的に与党の支配下にあると言われている。

 左派系大手新聞ネープサバッチャーグは、2016年10月、突然廃刊となった。その理由は、政権の強硬な反移民政策を批判したためと言われている。

 イタリア・ペルージャで開催されたジャーナリズムのイベントで、マートン・ゲーゲリー元編集長はこう語っている。「政権に批判的なメディアが存在するからこそ、権力にプレッシャーを与えることができる」、しかし、メディアの大部分が政権を支持していれば、「国民は何がよくて何が悪いかを見極めることができなくなる」。

 日本は大丈夫だろうか。

 直接的な圧力がなくても、「忖度」や「自粛」で事実が十分に報道されない事態が発生していないことを願う。

ジャーナリスト

英国を中心に欧州各国の社会・経済・政治事情を執筆。最新刊『なぜBBCだけが伝えられるのか 民意、戦争、王室からジャニーズまで』(光文社新書)、既刊中公新書ラクレ『英国公文書の世界史 -一次資料の宝石箱』。本連載「英国メディアを読み解く」(「英国ニュースダイジェスト」)、「欧州事情」(「メディア展望」)、「最新メディア事情」(「GALAC])ほか多数。著書『フィナンシャル・タイムズの実力』(洋泉社)、『英国メディア史』(中央公論新社)、『日本人が知らないウィキリークス』(洋泉社)、共訳書『チャーチル・ファクター』(プレジデント社)。

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