流死産を反復する不育症カップルには恩恵か?保険適用となった「流死産胎児や胎盤絨毛」の染色体検査
2022年4月から,体外受精などを含めた多くの不妊治療への保険適用が始まり,子どもを希望するが妊娠しない不妊症カップルにとっては大きな転換点となった.これに比較すると小規模であるが,流産や死産を繰り返して子どもを持つことができない不育症カップルの診療でも保険適用になったものがある.胎児や胎盤絨毛などの流産物(POC:product of conception)の染色体検査である.
流産物(POC)の染色体検査の必要性
今までは,流産や死産は「運が悪かっただけ」「偶然に起こった」「仕方なかった」と考えられてきた.このため,治療の対象とはされず放置される時代が長かった.しかし近年,流産や死産を繰り返す場合は「不育症」として認識されるようになり,検査や治療が行われている.例えば,「抗リン脂質抗体症候群では,リン脂質に対する自己抗体により胎盤に血栓ができることで流産・胎児死亡につながる.これに対して,血栓を予防するための抗凝固療法を行うことで妊娠を継続できる確率が高くなる」という具合である.
しかし,検査で原因が見つかり治療をしたにもかかわらず,流産となることもある.この場合,もし,胎児自身に染色体異常があれば,元々,母体に対してどのような治療をしても流死産となるため,治療が有効であったか無効であったかは判断できず,次回の妊娠時も同じ治療を試すことになる.一方,胎児に致死的な染色体異常が見られなかった場合は,母体への治療が不十分であった可能性があり,次の妊娠ではさらに強力な治療が選ばれることになる.このように,流産物(POC)の染色体検査は,流死産となった女性が次回の治療方針を決めるうえで重要である.しかし,今までは保険適用ではなかったため,流産手術(保険適用で行われる)と同時に流産物(POC)の染色体検査を提出すると混合診療(注1)となることから,実施が困難であった.
ようやく保険適用へ
長年にわたって,流産物(POC)の染色体検査を保険適用で実施できるように要望書も出されてきたが,実現することはなかった(参考1).しかし2020年,政府は不妊症カップルへの支援として,体外受精などの生殖補助医療に対する助成制度を拡充,2022年度の4月には保険適用を目指すとした.これと同時に,「不妊症」に比較すると認知度は低いものの,「不育症」に対しても,幸いにも光が当たることになった.政府は,首相官邸に「不育症対策に関するプロジェクトチーム」を結成し,保険適用の拡充や治療・検査体制を強化する方向で検討を始めた(参考2).
この不育症プロジェクトチームの報告書の主旨に沿って,流産物(POC)の染色体検査が,まずは先進医療(注2)に指定され,保険診療との混合診療が可能となった.そして,自治体による検査費用への助成金の制度も全国に広がり,国庫からも一定の補助がなされた.このような過程を経て,ついに2022年4月から流産物(POC)の染色体検査が保険適用となった.しかし,これにも課題がないわけではない.
保険適用で検査できる施設は増えるのか?
流産は必ずしも,不育症の専門施設でのみ起こるわけではない.むしろ,その多くは一般の産婦人科診療所で起こり,そのまま流産手術が行われている.今回,流産物(POC)の染色体検査を保険適用で実施できるための条件として「遺伝カウンセリング加算の施設基準に係る届出を行っている保険医療機関と連携体制をとっていること」が求められた.流産物(POC)の染色体検査を保険適用で実施できる一般の産婦人科診療所や病院が増えた場合も,この条件に沿っていれば,2回目,3回目の流産時には染色体検査が行われ,不育症カップルがその結果を持参して,遺伝カウンセリングが可能な不育症専門外来を受診するという診療の流れができる.
しかし,一般の診療所等が流産物(POC)の染色体検査を保険適用のための届け出をするためには他にも条件がある.10年以上の経験を有する産婦人科医が所属しており,その医師には20例以上の染色体検査を実施した経験が必要としている.流産手術の経験は十分であっても,20例以上の染色体検査を実施した医師は現時点では多くないと考えられる.
また,今回,流産物(POC)の染色体検査の保険点数(実施した場合に保険で請求できる金額)の設定が比較的低額であったことは,プライベートクリニックにとって大きな障壁となる.保険点数が低ければ,検査を提出すればするほど赤字になる可能性がある.このため,「経済的にはデメリット」と考える施設も多いのではないかと危惧する.
不育症診療上の課題も
保険適用となった流産物(POC)の染色体検査は「G分染法」のみである.この方法の場合,流産物(POC)の絨毛を培養する必要があるため,手術等で清潔に採取したものしか使用できない.自宅などで排出して細菌が付着したり,胎児死亡から時間がたち過ぎたりすれば培養がうまくいかず結果がでない.このような場合,実際には,培養しなくても検査が可能であるSNPマイクロアレイ法や次世代シークエンサー(NGS)を用いた染色体検査も行われる.しかし,これらの方法での染色体検査は保険適用となっていないことは課題である.
また,不育症に対する何らかの治療を行ったが流産となってしまった場合,胎児(流産物:POC)に染色体異常があれば,前述のように次回の妊娠時も同じ治療が行われる.しかし,その場合,次回の妊娠も胎児の染色体異常で流産するのではないかとの不安は高まる.このような胎児の偶発的な染色体異常による流産を回避するためには,着床前胚染色体異数性検査(PGT-A:Preimplantation genetic testing for aneuploidy)が選択肢となる.
PGT-Aとは,体外受精で得られた受精卵(胚)の一部を採取して染色体を検査し,異常のない受精卵(胚)を選んで子宮へ戻して妊娠を期待する方法である.このPGT-Aは,不育症のみではなく,不妊症の診療でも用いられている.体外受精で得られた形態良好な受精卵(胚)を子宮に戻しても妊娠にいたらないことが続く「反復着床不全」の女性に対してである.今年度から,多くの生殖医療技術が保険適用となった中で,残念ながら,現時点ではPGT-Aは保険適用となっていないことも課題である.
不育症プロジェクトチームの報告書には
不育症に関しては,依然として保険適用となっていない検査や治療が多い.このため,不育症プロジェクトチームの報告書には,「有効性・安全性等が確立された治療法について,順次保険適用を目指す」としている.例えば,日本発の新たな検査法であるネオセルフ抗体などは,現在,データが集積されつつある.また,何年にもわたって治験が行われたガンマグロブリン療法も保険適用の候補である.不育症カップルの経済的負担軽減のためにも,有効性が示され早期に保険適用となることが望まれる.
さらに,報告書では「流産後の心理ケアの重要性」を指摘し,「流死産時の悲嘆を軽減するためのグリーフケア(grief care)を含むカウンセリングの将来的な保険適用を目指す」としている.また,流死産を経験したカップルが次の妊娠中に持つ不安をやわらげるためのテンダーラビングケア(TLC: tender loving care,優しさに包まれるような精神的ケア)も重要である(参考3).このような不育症カップルへのグリーフケアやテンダーラビングケアの保険適用を目指すためには,どこでもケアを受けられるように普及する必要がある.
日本において,2回以上の流産となり「不育症」と診断される女性は,1年あたり約3.1万人とも推定され,決して少なくはない.不妊症カップルと同様に注目が続き,不育症カップルに対しても支援が今後も進むことを期待する.
【注】
(注1) 混合診療とは,保険診療と保険外診療(自由診療,自費診療)を併用することであり,厚生労働省は原則として禁止している.もし,混合診療が行われた場合には,全額が自己負担となる.
(注2) 先進医療とは,現時点では有効性や安全性が不十分なため保険適用となってないが,将来の保険適用に向けて評価を行うため,厚生労働大臣が指定した高度の医療技術である.患者が全額自己負担するが,一般の保険適用の診療と併用した場合も,例外的に混合診療が認められている.
【参考】
(参考1) 2007年には,私たちも社会保険事務局等にあてて質問状「習慣流産における胎盤絨毛染色体検査の健康保険適応に関するお問い合わせ」を送ったが回答はないままであった.
(参考2)中塚幹也:今,注目される「不育症」カップルが直面する困難 政府の「不育症対策に関するプロジェクトチーム」が始動(Yahoo!ニュース 個人オーサー2020年11月30日).
https://news.yahoo.co.jp/byline/mikiyanakatsuka/20201130-00210216
不育症対策に関するプロジェクトチーム(座長:坂井 学 内閣官房副長官)によるヒアリングの議事録等は,厚労省のホームページに掲載されている.
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000212242_00005.html
(参考3) 不育症に関する専門サイトであるFuiku-Labo(フイク-ラボ)では,「TLC実践の手引き」「流死産・不育症カップルへのグリーフケア実践の手引き」を公開している.