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女性兵士に「妊娠中絶」を強制する北朝鮮軍の末期症状

高英起デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト
北朝鮮軍の兵士(デイリーNK)

かつてはよく聞かれた「寿退社」という言葉。主に女性が結婚を機に退職するという意味だが、会社によっては、働き続けようとしても退職を強いる雰囲気があったとされる。この言葉も、今では死語になったかもしれないが、女性が退社を迫られるタイミングが結婚から妊娠、出産に変わっただけであることを示すデータもある。

世界的に見ても男女平等法を早くに導入し、女性を家事労働から解放する施策を数々行ってきた北朝鮮だが、依然として「寿退社」は存在する。朝鮮人民軍(北朝鮮軍)の女性兵士は、それを逆に利用する形で軍を辞めようとするが、うまくいかないようだ。米政府系のラジオ・フリー・アジア(RFA)が報じた。

咸鏡南道(ハムギョンナムド)の情報筋によると、新浦(シンポ)周辺の海域の防衛を担当する海岸砲部隊で、ある女性兵士が妊娠したことが明らかになった。

彼女は今年19歳で、17歳で入隊したが、軍での暮らしに適応できずにいた。極めて劣悪な食糧事情により、栄養失調で自宅に帰される者もいる中で、彼女は2年余りを耐え忍んだ。

しかし、ついに限界に達したのか、何とかして軍から抜け出す方法を考えていた。その方法が妊娠だったというわけだ。

軍務中は妊娠はもちろん、恋愛ですら禁止されており、発覚すれば不名誉除隊を強いられる。自宅に帰された後は、朝鮮労働党員になれないのはもちろん、近所の人々から「何かやらかしたに違いない」と噂され、理由が妊娠だとバレた日には、白い目で見られる。

性暴力も婚前交渉による妊娠も、女性の落ち度とする考え方が依然として存在するからだ。そして最悪の場合は、炭鉱など誰も行きたがらないような3Kの職場に送り込まれる。

(参考記事:北朝鮮女性を苦しめる「マダラス」と呼ばれる性上納行為

彼女はそれを知りながらも、敢えて妊娠する道を選んだ。

「彼女は妊娠した事実が他の兵士に知れ渡り、恥をかかされることになっても、故郷に帰ろうとした」(情報筋)

しかし、事は彼女の思っていたようには進まなかった。

「強制的に妊娠中絶手術を受けさせられ、部隊の兵士たちの前に立たされて、軍人として、女性として行いが間違っていたと批判を浴びた上に、他の部隊に異動させられた」(情報筋)

北朝鮮では、中絶手術は禁じられている。著しい少子化の対策としてだが、その少子化のせいで兵力の確保が危機的状況となるなか、女性兵士については例外扱いにされるようだ。一度兵士になったら「絶対に逃がさない」ということだろう。

かつてなら、妊娠すれば生活除隊させられたが、最近は内部方針が変わり、中絶手術を受けさせられ、勤務を続けさせられるケースが多いというのが、この部隊の関係者の話だ。

両江道(リャンガンド)の別の情報筋によると、10年前と比べて軍に入る女性が目に見えて増えた。かつては高射砲、海岸砲、通信部隊や軍医所などに限られていた配属先が、今では部隊の指揮部の警備まで女性兵士が担う事例が多くなっている。

女性だけの独立中隊や小隊も存在し、男性兵士と同様の訓練はもちろん、陣地の構築、農作業、薪の切り出しなど体力的にきつい作業も行っている。

しかし、生理用ナプキンがめったに配給されないなど、軍の補給は女性兵士の増加に追い付いていない。それどころか、男女ともに使う生活必需品、食糧の供給も足りていない。

(参考記事:野犬に襲われ無残にも…北朝鮮「21歳女性兵士」の悲劇

生理用ナプキンは毎月10個配給されることになっているが、実際は3〜4カ月の1回だけで、女性兵士は、綿の下着を切ってナプキンの代用品として使っている。また、歯ブラシ、歯磨き粉は2カ月に1回配給される規定があるが、実際はいっさい配られないため、自費で調達するしかない。

10年以上の男性の兵役より短いとはいえ、5〜6年も続く軍での苦しい生活に耐えきれなくなる女性が出てくるのも無理はない。

だからといって実家に逃げ帰れば、祖国防衛忌避者の烙印を押される。だから、妊娠という極端な手段を使って帰ろうとするのだが、軍上層部は同様の手法を使う女性が多数出ることを懸念している。

また、監督不行き届きで責任を取らされることを恐れた部隊の指揮官は、妊娠した女性の部下を病院に連れていき、無理やり中絶手術を受けさせるのだという。

いずれにせよ、本人の意思に反した強制堕胎は、人権侵害であり、極度に長い兵役、補給の軽視も、人間一人ひとりを尊重するという視点が欠けている北朝鮮という国のあり方が現れている。

デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト

北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)『金正恩核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)『北朝鮮ポップスの世界』(共著)(花伝社)など。YouTube「高英起チャンネル」でも独自情報を発信中。

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