新型コロナ:香港から米国へ、「不安」と「トイレットペーパー」が伝染していく
新型コロナウイルスの感染拡大にともなって、トイレットペーパーなどの「パニック買い」もまた“感染”していく――。
新型コロナウイルスとトイレットペーパー。一見すると奇妙な結びつきだが、その「パニック買い」は、感染の広がりと不安の高まりに連動するかのように、国境を越えてなおも広がっている。
※参照:新型コロナウイルス:「パニック買い」が国境を越えて感染する(03/04/2020 新聞紙学的)
香港から、シンガポール、日本、オーストラリア、そして英国、米国。
グーグルの地域ごとの検索の傾向がわかる「グーグルトレンド」を見ていくと、それぞれの国の不安の高まりが見えてくる。
●「トイレットペーパー」の波紋
「グーグルトレンド」は、それぞれの国・地域ごとに、検索されたキーワードのボリュームを調べることができ、期間中の検索のピークを100として、相対値で表示される。
グラフにまとめたのは、1月1日から3月14日までの香港、シンガポール、日本、オーストラリア、英国、米国での「toilet paper(トイレットペーパー)」の検索ボリュームの推移。
データは各地域内での相対値のため、最大値は100で統一され、実際の検索件数の比較にはなっていない。
これを見ると、まず2月初めに香港で検索の最初のピークがあり、その数日後にシンガポールのピーク、さらに再び香港の最大のピークが2月半ばに起きている。
これに続いて2月末に起きたのが、日本でのピークだ。その後、3月初めにはオーストラリア、その数日後には英国で最初のピーク、そして英国の最大のピークと米国のピークが13日にかけて起きている。
同じ時期の各国の「coronavirus(コロナウイルス)」の検索傾向を見ると、ほぼ同じような推移を示している。
新型コロナウイルス感染が、中国から周辺国、さらに欧米へ急速に広がるこの1カ月半ほどの期間に、「トイレットペーパー」の検索もまた、波紋のように広がっていたことになる。
中国本土でのマスクなどの「パニック買い」は1月下旬ごろから報じられていた。
これが感染拡大とともにトイレットペーパーの「パニック買い」へと波及する、その発端とされるのが香港だ。
●香港が発端に
「toilet paper」の検索傾向を見ると、2月5日が最初のピーク、そして2月17日に最も大きな2番目のピークが来ていることが分かる。
2月5日には何があったか。
この日、香港政府の林鄭月娥(キャリー・ラム)行政長官は記者会見で、中国本土から香港に立ち入るすべての渡航者を14日間、強制隔離する措置を、8日から実施すると発表した。
香港ではこの日までに感染者数21人。この前日には、初の死者が出ていた。
長官はすでに1月28日に中国本土との高速鉄道やフェリーの運航停止を命じるなど、水際対策をとってきた。
だが、全面封鎖を求める医療関係者らがストライキを打つ中で、さらなる対策として打ち出したのが、強制隔離だった。
香港のライター、ダンサン・マクレーン氏によるニューヨーク・タイムズへの寄稿によると、この中国本土との往来の引き締め策が、本土からの物資の遅延、途絶の憶測を生み、ネット上にデマが流れた、という。
サウスチャイナ・モーニング・ポストによると、フェイスブック傘下のメッセージアプリ「ワッツアップ」に、大手スーパー「ウェルカム」の内部情報と称して、大半のトイレットペーパーやヌードル、缶詰や飲料など、本土の閉鎖された工場で生産されてた商品は間もなく品切れになる、とのデマが出回った、という。
相前後して市中で「パニック買い」の行列と相次ぐ品切れが発生している。
では、「toilet paper」が最も検索された2月17日には何があったのか。
この日朝、香港・旺角の「ウェルカム」でトイレットペーパー強盗があり、武装した容疑者2人が逮捕された、とのニュースが報じられたのだ。
奪われたのはトイレットペーパー50パック600本、1,600香港ドル(約2万2,000円)相当。
武装強盗とトイレットペーパーの組み合わせが、「パニック買い」の特異性を示すエピソードとして、国際的な注目も集めた。
●警戒レベル「オレンジ」
香港での最初のピークから3日後、2月8日に「toilet paper」の検索が殺到したのが、シンガポールだ。
その前日、シンガポールの保健省は、感染症の警戒レベルを4段階で上から2番目の「オレンジ」に引き上げると発表していた。
これは、2003年に流行したSARS(重症急性呼吸器症候群)と同じ警戒レベルになったことを意味する。
警戒レベル引き上げの発表を受けて、やはり「パニック買い」が起きる。
そして、シンガポールの感染者数は8日には40人に達し、中国国外では、横浜に停泊中の大型クルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス号」を除いて最大の感染国となっていた。
●日本の「トイレットペーパー」
日本で「トイレットペーパー」の検索がピークを迎えたのは2月28日だ。
トイレットペーパーをめぐっては、その前日、27日朝に「次は、トイレットペーパーとティッシュペーパーが品薄になります」などと鳥取県内の生協職員がツイート。
批判を受けた勤務先の生協が謝罪文を公開する事態になっていた。
だが、tori氏のnoteの投稿によると、現在は削除されている生協職員のツイートは2件しかリツイートされておらず、そのうちの1件は職員自身のリツイートだという。
またこの前日の26日までに発信されたツイートのうち、リツイートが10件以上行われた63件を調べたところ、「『嘘』というほどのツイートはほとんど拡散されていませんでした」としている。
27日にはトイレットペーパーをめぐる混乱は、メディアでも報じられており、翌28日には岡田直樹官房副長官が会見で「産業界からはこれらの品物は潤沢にあると説明がなされている」と表明。これを受けたメディア報道も行われている。
一方で、27日には安倍晋三首相が新型コロナウイルス感染症対策本部で、全国の小中高校などに一斉休校を要請する考えを表明している。
この日、グーグルトレンドでは「休校」に加えて、「コロナウイルス」「マスク」などの検索語がこれまでで最も高い検索ボリュームを示している。
ただ27日の段階では「コロナウイルス」(100<グーグルトレンドの最高値>)「マスク」(68)「休校」(58)なのに対し、「トイレットペーパー」は(10)にとどまっている。
だが、「トイレットペーパー」は翌28日には「マスク」(69)とほぼ並ぶ(68)に急上昇する。この日の「コロナ」は(88)、「休校」(43)だった。
日本国内における新型コロナウイルスへの関心が、この時点でピークを迎えていたことはうかがえる。
●ナイフを取り出す騒ぎ
オーストラリアの「toilet paper」検索のピークは、日本から5日後の3月4日だった。
英タブロイド「デイリー・メール」のシドニー発の報道によると、この日午後、オーストラリア最大手のスーパー「ウールワース」の店舗内トイレットペーパー売り場で、客同士の言い争いがあり、一方の女性客がナイフを取り出したとして警官が現場に急行する騒ぎがあった。
この騒動を伝えた記事は、フェイスブックなどのソーシャルメディアで26万件を超す共有など(エンゲージメント)をされている。
オーストラリアではすでにトイレットペーパーなどの品薄が始まっており、「ウールワース」はこの日から、1人4パックまでというトイレットペーパーの購入制限を実施していた、という。
●相次ぐ「パニック買い」報道
英国ではシドニーの騒ぎの3日後、3月7日に最初のピークが来ている。
この日、英国内の感染者数は45人増加し、200人を突破(209人)している。
英国では、この数日前から、メディアが「パニック買い」の報道を相次いで行っている。
そして、いったん検索は沈静化するが、11日から再び上昇し続けている。
●「戒厳令」のメッセージ
米国では、それまで比較的落ち着いて推移していた「toilet paper」の検索が3月9日ごろから急上昇を続けている。
米国では10日には国内の感染者が1,000人を突破。
翌11日にはトランプ大統領が、英国などを除く欧州26カ国からの入国禁止を表明。
この日は、世界保健機関(WHO)のテドロス・アダノム事務局長が今回の新型コロナウイルスを「パンデミック」と認定している。
そして、トランプ大統領はその2日後の13日、国家非常事態宣言を行った。
これを受けて、米国では週末に入った3月14、15の両日、スマートフォンのメッセージ(ショートメール)経由で「戒厳令が近い」というデマが拡散した、という。
米国家安全保障会議は早速、公式ツイッターアカウントで、このメッセージがデマであることを表明している。
ワシントン・ポストは、これらのデマメッセージが不安を拡散し、「パニック買い」を煽る狙いがあると指摘する。
デマメッセージの一つには、このような文面があった。
大統領は全米に2週間の強制隔離を発令する。この2週間に必要なものは何でもすべて、備蓄しておくんだ。知り合いにも知らせてくれ。
●「不安」と「トイレットペーパー」の伝染
新型コロナウイルスの感染者数増大を追うように、「不安」と「トイレットペーパー」が伝染している。
グーグルトレンドの検索ボリュームを見る限り、香港、シンガポール、日本、オーストラリアは、今のところ落ち着きを見せている。
英フィナンシャル・タイムズが17日付でまとめている感染者数の各国の増加傾向を見ると、香港、シンガポール、日本は、33%前後の伸びを示す米欧を下回るデータが示されている。
一方で米国や英国は、どこでピークを打つのかが、まだ見えない状態だ。
(※2020年3月17日付「新聞紙学的」より加筆・修正のうえ転載)