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高級ホテルのルームサービスにラーメン 旅先アクティビティに求められる“選択肢”とは?

岩佐史絵トラベルジャーナリスト

先日、ザ・ペニンシュラ東京(以下「ペニンシュラ」と表記)で、今年6月から開始したというルームサービス(※インルームダイニング)のラーメンをいただく機会がありました。

気軽な庶民食のラーメンが、ラグジュアリーホテルのルームサービスに!? と思われるかもしれませんが、ラーメンはもはや日本人のソウルフード。国内のファンの多さはもちろん、海外でも和食のひとつとして認識されています。

実際のところ、ペニンシュラのコンシェルジュに寄せられる質問の上位が「おいしいラーメン店を教えてほしい」というものだそう。しかも「ここから一番近い一風堂はどこ?」とお目当てのラーメン店もあるのだといいます。

というわけで、ペニンシュラでも2019年からインルームダイニングメニューにラーメンを取り入れていて、しかもそれは一風堂とのコラボという興味深いもの。一風堂自慢のとんこつスープと博多細麺、そしてペニンシュラの中国料理店『ヘイフンテラス』特製BBQポークなどのトッピング13種類を好きなように組み合わせられる『ザ・ペニンシュラ東京“マイラーメン”by一風堂』(5,000円・税サ込)です。それに加え、今年の6月からはプラントベース(5,500円・税サ込)のマイラーメンもサービスを開始したとあって、先日、実食してきたというわけです。

(C)Shie Iwasa まるでアフタヌーンティーのようなプレゼンテーションも、さすがペニンシュラ。お酒と一緒にのんびりといただくのもよさそう
(C)Shie Iwasa まるでアフタヌーンティーのようなプレゼンテーションも、さすがペニンシュラ。お酒と一緒にのんびりといただくのもよさそう

「プラントベース」とは、まったく動物性の素材を用いずに作られている料理のこと。かつては「ベジタリアン」とか「ヴィーガン」と表記されることが多かったこのジャンル。宗教的な理由か、環境保護や動物愛護の観点などなんらかのイデオロギーを持つ人のもの、という印象が強かったことから、近年では「プラントベース」と表記シフトするレストランが増えています。

さておき。

海外でも事業展開しているとあって、一風堂は以前からプラントベースのラーメンを開発・提供していました。野菜と豆乳ベースのスープに、独特な風味のある油を使用することで豚骨スープに負けないコクを実現したそう。

これに、昆布やドライポルチーニで引いた出汁を合わせたのが、ペニンシュラのオリジナルプラントベースラーメンです。最後にトリュフオイルをかけていただく、ホテルらしい贅沢な逸品。コンディメントはふつうの「マイラーメン」と同じ13種類ですが、もちろんすべてプラントベースで、ザーサイや高菜、紅ショウガなどのほかに、ヘイフンテラスの点心やがっつり味の坦坦もあり、トッピングごとに味変も可能です。麺はのびにくいよう特殊技術を用いて茹でているため、ゆっくり時間をかけて味わう、ホテルならではの楽しみ方でいただけます。

(C)Shie Iwasa スープは室内でサーブ。特殊な調理法ゆえ、麺が固まることなく、かつのびにくい。なめらかでやさしいスープは全部飲み干したくなるおいしさ
(C)Shie Iwasa スープは室内でサーブ。特殊な調理法ゆえ、麺が固まることなく、かつのびにくい。なめらかでやさしいスープは全部飲み干したくなるおいしさ

(C)Shie Iwasa 13種類のコンディメント。全部乗せももちろんいいけれど、ひとつずつ麺に乗せて味変を楽しもう。坦々は味がしっかりしているので、なるべく後で入れるのがおすすめ。
(C)Shie Iwasa 13種類のコンディメント。全部乗せももちろんいいけれど、ひとつずつ麺に乗せて味変を楽しもう。坦々は味がしっかりしているので、なるべく後で入れるのがおすすめ。

いや、これもうおいしくないわけないでしょ。という高級食材の数々。ポルチーニの薫り高さに昆布出汁の滋味が深い味わいを導き出し、さらにオイルによってコクが加わっているのでやさしいのにしっかり満足感があります。とても上品な味わいで、この日、ほんのりと二日酔いぎみだった筆者の胃にもするすると収まり、むしろ健康にさえなった気さえする。これがプラントベースフードの世界なのね……!?

肉食(&二日酔い)の筆者でも、あえて「これが食べたい」と選んでオーダーしたいメニューでした。

ところで、一風堂のプラントベースラーメンの開発のきっかけは、主に外国人のお客から「豚骨スープではなくお湯でかえしを薄めてほしい」という要望がたびたびあったからなのだそう。このような注文をする人は、おそらく宗教的、またはなんらかのイデオロギーやダイエットなどの理由で豚骨スープをいただくことはできないのだと思われます。それでも「旅先で日本ならではの食を体験したい」という気持ちがある。以前 寿司屋で「生魚が食べられない」と言った旅行者がいたと話題になったことがありますが、これも同じでしょう。旅行者は「一風堂でラーメンを食べる」「寿司屋に入る」ことを旅先でのアクティビティとして体験したいのです。

(C)Shie Iwasa これが日本人が考えるお寿司屋さんでのオーダー。多様性が尊重される今、お寿司屋さんで生といわず魚介すら食べたくない人が来てもおかしくない時代に
(C)Shie Iwasa これが日本人が考えるお寿司屋さんでのオーダー。多様性が尊重される今、お寿司屋さんで生といわず魚介すら食べたくない人が来てもおかしくない時代に

もちろんそれでは本来のおいしさを楽しめないため、一風堂はプラントベースのラーメンを開発することにしたわけで、そこにはおいしいラーメンを提供したいというラーメン屋のプライドだけがあり、イデオロギーとか宗教はおそらくほとんど関係がありません。

ペニンシュラでも、より多様になっていくゲストのライフスタイル――カップルや家族でも全員が同じ食の志向というわけではない――に合わせ、人気のルームサービスメニューにチョイスを増やしたのが、今回のプラントベース版の「マイラーメン」。どのような志向があってもゲストが平等に食のアクティビティを楽しめるようにしたわけです。

先述のように、豚骨ラーメン専門店で「豚骨抜き」とか寿司屋で「生魚抜き」といったオーダーをすることは「わがまま」「非常識」ととらえられることも多いもの。とはいえ、それに対応できるというのはビジネスのうえではとても重要なことでもあります。

寿司屋なら玉子とかアナゴ、ヴィーガンの人にはかっぱ巻きやかんぴょう巻(かつお出汁で煮込んでいなければ……)などチョイスはあるので、ある程度満足のいく体験ができるでしょう。ですが、豚骨ラーメン専門店でかえしをお湯で薄めたラーメンを食べた人は、体験としては満足しても、専門店であるお店側にとっては本意ではないラーメンを出すことには違いありません。もちろん、門前払いすることも可能ではありますが、「ちゃんとおいしいラーメン食べてって!」という一風堂の心意気は多くのファンをつかむにちがいありません。

(C)Shie Iwasa 見た目にはごく普通の豚骨ラーメン。完全にプラントベースながら、味はもちろん満足感もばっちり
(C)Shie Iwasa 見た目にはごく普通の豚骨ラーメン。完全にプラントベースながら、味はもちろん満足感もばっちり

ペニンシュラのラーメンも、麺を”すする”という食文化のないゲストにとっては客室内でラーメンにトライできるのは大きなメリット。特に『マイラーメン』は自分で好きなようにトッピングするのがテーマですから、好みを追求するのにもってこいといえるでしょう。

(C)Shie Iwasa スタッフさんが、麺をスープになじませてくれる。目の前で最後のひと手間をかけてくれるので、フレッシュな味わいを楽しむことができる。
(C)Shie Iwasa スタッフさんが、麺をスープになじませてくれる。目の前で最後のひと手間をかけてくれるので、フレッシュな味わいを楽しむことができる。

肉食の人も野菜しか食べたくない人も、元気な人も二日酔いの人も同じ場所で同じように楽しめる世界観。「選択肢がある」というのが、とても良いと思います!

トラベルジャーナリスト

旅活歴は四半世紀以上のフリーランス トラベルジャーナリスト。3か月ごとに拠点を変えながらのノマドライフを夢見て、「この町に住んだなら」を妄想しつつ旅を続けます。その土地のリアルな文化を知ることで、旅はぐっと楽しくなるもの。じんわり心地よい旅先探訪中に出合ったいろいろをご紹介します。

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