「心の復興」につながる農業インフラ復旧 地元農家はため池の復活待ち望む
熊本地震の発生から5年となった。農業復興事業は着実に進んでおり、農業用ため池「大切畑ダム」(熊本県西原村)も2024年度の供用開始を目標に工事が進む。地元農家は「計画通りの復旧を」と事業完了を待ち望んでいる。
到着したと携帯電話で告げると、「こっちこっち」と遠くから声が聞こえてきた。声のほうを見ると、赤いトラクターの脇で手を振っている男性の姿が見えた。取材の約束をしていた永田悦郎さん(64)だ。
この農地の持ち主である同村小森地区の永田さんは、熊本地震に翻弄された農家の一人だ。代々受け継いできた農地が荒れないよう、現在はトラクターで耕す日々を送っている。
西原村で生まれ育った永田さんは、かつて千葉や北海道などで会社員として働いていた。その後、農家だった父の跡を継ぐ形で帰郷。米や野菜の栽培に取り組んできた。当初は水田の水管理の勝手が分からず、収量が伸び悩んだ。しかし、毎年工夫を繰り返すうち徐々に収量が増加。自然を相手にすることに楽しさを見出すようになった。
16年4月に発生した熊本地震では、大きな揺れに慌てて家から飛び出し、そのまま近くの体育館に避難した。その後、仮設住宅に家族で身を寄せ、生活再建に向けた準備を始めた。地震によって、自宅と農機具を保管する小屋は全壊。車いすで生活する高齢の母の存在もあり、様々な選択肢がある中、自宅と小屋の再建を決めた。「ローンがあるからまだまだ働かねば」と引き締まった表情で語る。
地震によって大切畑ダムの堤体が損傷し、水を自由には使えなくなった。水田の状態を維持しなければ農地は荒れていく。「受け継いだ土地を守らなければという使命感」から、農地をトラクターで管理しつつ、「計画通りに復旧してくれたらありがたい」と大切畑ダムの復旧を待ち望んでいる。
県によると、大切畑ダムは、西原村の田71haと畑108ha、益城町の畑135haを灌漑している。また、間接的に菊陽町の畑403haも灌漑している。地域の農業を支える重要なため池だ。
昨年の豪雨のため工事がやや遅れているものの、当初の予定通り23年度の工事完了、24年度の供用開始を目指し復旧工事が進められている。県の担当者は「24年の田植えの時期になんとか間に合うようしっかりと進めていきたい」としている。
農家の一人ひとりが、自分たちの農地への思い入れを持つ。インフラ復旧は、単に見た目が元通りになるだけではない。「心の復興」にもつながるものだと取材を通して感じた。