客を乗せたままフェリーに乗船?海を渡るバス路線 「大隅半島直行バス」とは
☆路線バス、道路上を走るとは限らない?
「路線バスで◯◯上を移動する」 ○○には何が入る?
こんなクイズが出されたら、多くの人は「道路」と答えるのではないだろうか。そもそも道路交通法や道路運送法の関係もあるため、道路以外の場所では認可も下りないだろう。しかし、そんな道路以外のルートを走る路線バスが、鹿児島県内に存在する。それが鹿児島市内から人口約10万人を擁する鹿屋市を結ぶ「大隅半島直行バス」(正式名称は「鹿児島中央駅~鹿屋間直行バス」)だ。
大隅半島直行バスは、普通の路線バスと同様にルートの大半で道路上を走行するが、途中でバスごとフェリーに乗船し、おおよそ16ノット(時速30km)の速さで錦江湾(鹿児島湾)上を45分ほど移動する。フェリーにそのまま乗り込む「海を渡る路線バス」は、2021年現在では国内唯一の存在だ。
なぜ途中でフェリーを挟むルートが誕生したのか?過去に筆者が何度か乗車した際の様子を振り返りながら解き明かしていこう。
「大隅半島直行バス」の鹿児島市内の出発地点は、県内最大級のデパート・山形屋と電車通りを挟んで向かい側にある金生町(きんせいちょう)バス停だ。屋根に覆われた歩道上の待機スペースには発車5分前には十数人が並び、バスの到着を待ち構えている。
ブルーに花柄の専用ラッピングが目立つ「大隅半島直行バス」はこの後も利用者が多く、平日の昼下がりにもかかわらず鹿児島中央駅では「アミュプラザ(鹿児島中央駅の駅ビル)」の紙袋を提げた人々が十数人乗車、車内は座席も頭上の網棚も満杯に。なお鹿児島市内では乗車のみとなっているバスのため、乗客は増える一方だ。
ベイエリアの外れにある「鴨池・垂水フェリー」のターミナルに進入したバスは、いったん待機のあと、船内に進入していく。陸と船とを繋ぐ鉄のスロープ板の上で「ドォン!ドォン!」と重厚な音を立て、乗客込みで重量10トン以上もある車体を震わせながら船内に進入していく。
車両甲板上に停車したバスは、三角板で念入りなタイヤの固定が行われる。いよいよフェリーの船室へ移動!というタイミングで乗客全員はこぞって立ち上がり、下車時に運転手さんから手渡される小さな番号札を片手に早足に船内へと向かう。乗客は皆このバスに慣れているのか、一連の行動は一様にスムーズなことこの上ない。
☆フェリーだから楽しめる!桜島の眺めと「南海うどん」
鴨池港から錦江湾の対岸にある垂水(たるみ)港までの所要時間は約45分。船内の座席は肘掛けのついた座席やソファーのボックス席、屋外のデッキには錦江湾を一望できるテラス席もある。現在はバス乗車中であると同時にフェリー乗船中なので、桜島がよく見えるビュースポットを求めて歩き回るのも、船内を探検するのも乗客の自由だ。
しかしバスの乗客の多くは、景色より先にこのフェリーの名物である「南海うどん」の看板前の行列に、我先にと並んでいく。モチモチとした麺にかき揚げや天ぷらの旨味が染みたうどんは、ダシの香りが良く、窓越しに桜島を眺めながらいただくとグッと美味しい。フェリー+桜島+うどんの組み合わせは、「鹿児島に来た!」という気持ちを高めてくれることだろう。
なお同じように錦江湾を渡る「桜島フェリー」もうどんが名物ということもあり、この2航路を利用する機会も多い大隅地方の人々は、「フェリーといえばうどん」という思い入れが特に強いようだ。近年ではアイドルグループ・櫻坂46の大園怜さん(鹿屋市出身)や乃木坂46の大園桃子さん(曽於市出身・2021年9月4日付で卒業予定)の「フェリーのうどん大好き」「うどんを食べないとフェリーに乗ったことにならない」という相次ぐ「うどん推しラッシュ」も記憶に新しい。
着岸5分前のアナウンスが流れると乗客は車両甲板に戻り、番号札を運転手さんに戻して再度バスに乗り込む。フェリーから降りて垂水港を出たあとは、古江、鹿屋体育大学前、リナシティかのや(鹿屋市の中心部。周辺のバス路線が集積する)等のバス停に停まるたびにまとまった降車が続き、車庫が近い終点・東笠之原に到着した頃には、すっかりまばらになっていた。
☆難航した路線開設 成功のカギは「錦江湾ショートカット」「乗り換え解消」
フェリーで海を渡る「大隅半島直行バス」の誕生までの経緯をたどってみよう。
鹿児島市から鹿屋市の間は直線距離にして40Kmほどだが、その間には錦江湾が内陸部まで入り込んでいる。陸地での必要だと移動距離は倍増し、最短距離はどうしてもフェリー経由となってしまうのだ。九州新幹線の全線開業を2年後に控えた2009(平成21)年、鹿児島中央駅から最短距離で鹿屋に向かう路線バスの構想が持ち上がった。
また鹿屋市に住む人々からも、鹿児島市内に直通できる交通機関の要望が挙がった。特に50歳以上の市民は、実に8割以上が「(直通バスがあれば)必ず利用する」と市が行ったアンケートに回答を寄せたほどだ。
もともと鹿屋には国鉄大隅線が通り、1972(昭和47)年の全線開通後は、急行「大隅」(のちに快速に格下げ)が錦江湾を大回りして西鹿児島駅(現在の鹿児島中央駅)に直通していた。しかし遠回りゆえの高額な加算運賃や所要時間がネックとなり、わずか15年で大隅線そのものが全線廃止され、直通の手段は途絶えていたのだ。長らくバス→フェリー→バスの乗り換えを強いられてきたこともあり、直通バスに期待が寄せられるのは必然だったと言えるだろう。
「観光客の誘致」「地元の利便性向上」という2枚看板の名目を得た「大隅半島直行バス」は2010(平成22)年に運行を開始する。しかし新規路線の需要に懐疑的な見方も多く、運行開始当初に想定されていた1便あたりの平均乗車数は8人、3年間の実証実験運行という控えめなものだった。
しかし実際に運行を開始して以降、平均乗客車数は翌2011年に1便あたり14.1人、翌年からはコンスタントに1便平均17人以上、利用者総数も年間7万人台を保ち続けることになる。ただ、利用者の大半は地元の人々で観光客には当初の想定ほど利用されず、バスの到着に合わせて客待ちをしてもさっぱりだったと、鹿屋のタクシー運転手の方が当時の新聞のインタビューに答えている。
運行開始から10年が経過した現在でも地元の人々の利用の多さは変わらぬようで、かつて筆者が見かけた乗客たちの一様にスムーズな動きも、日頃乗り慣れているからこそのものだろう。
☆コロナ禍で6割減収&他社参入 着々と状況が変わる「海を渡るバス」周辺
先述したように、2021年現在において、車体ごとフェリーに乗り込む路線バスは「大隅半島直行バス」だけだ。(定期観光バスとしては桜島フェリーに乗り込むコースが存在する)
高速バスなら瀬戸内海を渡る四国の高速バスや、大分・竹田津港から山口・徳山港に「スオーナダフェリー」で渡っていた「別府ゆけむり号」など、以前はさまざまな路線が存在した。いずれもルート変更や路線廃止で現在は姿を消している。
もし錦江湾に海底トンネルが開通すれば、このバスもフェリーを経由する必要がなくなるが、海底トンネル構想は鹿児島県の試算で総工費900〜1200億円程度、年間維持費2.9〜3.2億円。かつ活火山・桜島の至近距離にあるため技術的課題も大きく、計画は進展を見せていない。海底トンネルによるショートカットがまず実現しそうにない以上、大隅半島直行バスは、このまましばらく日本唯一の「海を渡る路線バス」のままであり続けるのではないだろうか。
ただ、2019年末から続く新型コロナウイルスの感染拡大によって、大隅半島直行バスは直近の1年で6割も利用者が減少してしまったそうだ。この路線の委託を受けている鹿児島交通と鹿屋市で協議を重ね、現状は1日6便のうち1便が運休、2021年9月からはさらにもう1便が運休、という対応でどうにか運営を続けている状況だ。また、森山観光バス(本社・福岡県糸島市)が博多駅から鹿屋市内直通の高速バス「ブルーライナー」の運行を開始するなど、大隅地方の交通事情も着々と変わりつつある。
現在のコロナ禍が落ち着いたら、是非とも大隅半島直行バスでゆっくりと観光されてみることをお勧めしたい。しかも、このバス旅で楽しめるのはフェリーからの眺めや食事だけではなく、垂水港から国道220号線を南下する道すがらの錦江湾の眺めも抜群に良い。
また訪れる時に、大隅半島直行バスが元気な姿を取り戻していることを願うばかりだ。
〈了〉
※この記事は2019年2月11日の「乗りものニュース」掲載記事を、現在の状況にあわせつつ加筆・修正し、再掲載しています
※参考文献
西日本新聞 2012年3月14日付
鹿児島中央駅~鹿屋間直行バスの取り組み 鹿屋市役所 企画調整課
鹿屋市議会 令和3年3月定例会
鹿屋市地域公共交通網形成計画(平成28年7月)
鹿児島県・錦江湾横断交通ネットワーク可能性調査
など