「キッシンジャー・習近平」会談の背後に次期米大統領候補
米大財閥トップによって占められる清華大学の顧問委員会を牛耳るキッシンジャー氏が動いた。北京で習近平と会ったが、その背後にはなんと、次期米大統領選出馬を狙うマイケル・ブルームバーグ氏(民主党)がいた。
◆北京で習近平と会談したキッシンジャー
アメリカの中間選挙の結果が出たあとの11月8日、キッシンジャー元米国務長官は、北京の人民大会堂で習近平国家主席と会談した。中国共産党新聞網(および『人民日報』のトップページ)や中国の中央テレビ局CCTVあるいは新華網などが大きく伝えた。
それらによれば、習近平は以下のように言っている。美辞麗句を省いて概要を記す。
――キッシンジャー博士は中国人民の老朋友だ。米中関係と全世界のために歴史的役割を果たした。しかし今全世界は百年に一度の大変局に差し掛かっており、国際社会は米中関係が安定化することを望んでいる。私とトランプ大統領はアルゼンチンで開催されるG20期間に会談することになっている。双方とも関心のある問題に関して深く意見を交換してもいい。
米中両国は相手の意図に関して正確な判断をしなければならない。最近、アメリカ国内では対中消極論(筆者注:対中否定論=対中強硬論)が増えている。中国はあくまでも平和的発展を通して、断固「衝突せず、対抗せず、相互を尊重し、ウィン-ウィンの協力関係を保つ」米中関係の道を歩もうとしている。アメリカも「中国が選択した道と、発展の権利と、合理的な権益を尊重すべき」で、互いが相手の方向に向かって歩み寄り、米中関係の健全で安定的な発展を守っていかなければならない。
これに対してキッシンジャーは以下のように回答している。
――米中関係が新しい段階に差し掛かったこの時期に、こうして再び訪中し、習近平国家主席とお会いできたことは非常に嬉しい。過去の何十年にもわたって私は何度も訪中しており(筆者注:80回以上)、この目で中国の発展を見てきた。目下の世界情勢の中で、米中が協力して世界の平和と繁栄に貢献することは、殊のほか重要だ。私は中国がそのために努力してきたことを高く評価する。米中関係は戦略的思考と先見の明が必要とされる。米中は意思疎通を盛んにして互いに理解し合い、共同の利益を求め、対立を緩和する方向に動かなければならない。共同の利益は、対立よりもはるかに重要であることに気が付かねばならないのである。トランプ大統領と習近平国家主席のアルゼンチンG20における会談が成功することを希望している。
どの部分を切り取ったかにもよるが、両者の発言からは概ね以下のことが読み取れる。
すなわち、習近平は「中国はこれだけ努力しているのだから、アメリカも努力すべきだ」という、上から目線の姿勢を貫いているのに対して、キッシンジャーの方は「中国が努力してきたことを高く評価する。アメリカももっと努力すべきだ」と回答している。なぜなら「中国の努力を高く評価する」と言った上で、「米中双方とも~しなければならない」と言っているからだ。それはトランプ政権のやり方を非難する方向でしかない。
また、11月末にアルゼンチンで開催されるG20における米中首脳会談に関しては、習近平はただ「会談をすることになっている」と言い、「意見を交換してもいい(「可以」という中国語を使っている)」と言っているのに対して、キッシンジャーは「会談が成功することを希望する」と、期待感を述べている。
習近平の「上から目線」は、実は、「キッシンジャー・習近平」会談を仕掛けたのがアメリカ側であり、米中首脳会談を持ちかけたのもトランプ側であるということに由来する。中間選挙前の11月1日に米中首脳電話会談があったのも、あくまでもトランプ側からの接触だった。人民網は、わざわざ「習近平はトランプの要請に応じて電話会談をした」と明言しているくらいだ。
習近平がキッシンジャーとの対談で「可以」(~してもいい)という言葉を使ったのは、トランプが電話で「(アルゼンチンでのG20 において)私たちはいくつかの重大な問題について深く踏み込んだ議論をすることができる」と言ったのを受けたものと解釈される。
◆「キッシンジャー・習近平」会談の仕掛け人は次期米大統領選候補・ブルームバーグ氏
2002年から2013年までニューヨーク市長を務めていたマイケル・ブルームバーグ氏は、1981年にアメリカの大手総合情報サービス会社である「ブルームバーグ」をニューヨークに設立した。
そのブルームバーグ氏は2018年10月10日には、2020年の大統領選に備えて、アメリカの民主党に登録している。「ブルームバーグ」紙が伝えているので、間違いはないだろう。民主党には「これぞ!」という大物がいないと中国の環球時報が書いていると、11月10日付のコラム<中国はアメリカ中間選挙の結果をどう見ているか――「環球時報」社説>に書いたが、なかなかの候補がいるように見える。但し、残念ながらマイケル・ブルームバーグ氏は1942年2月生まれの76歳なので、大統領選のときには78歳を過ぎており、79歳近くになっている。約80歳だと見ると、厳しい側面は否めないだろう。もっとも、マレーシアのマハティール首相(93歳)のことを考えれば、まだ「若者」か。
そのブルームバーグ氏は、通信社「ブルームバーグ」主催で、「Bloomberg New Economy Forum(ブルームバーグ 新経済フォーラム)を今年11月6日から7日にかけてシンガポールで開催した。
メイン・スピーカーに王岐山国家副主席を選び、フォーラムにはキッシンジャーやポールソン元米財務長官(ゴールドマン・サックス出身)あるいはゴールドマン・サックスのCSO(最高戦略責任者)であるコーエン氏などを招待している。
奇妙なのは、招待者の最後に、あのバノン氏の名前もあることだ。バノンと王岐山は前に会っており、その関係から言えば不思議ではないが、米側は「反トランプ陣営」で揃えているので、露骨さを避けるためにバノンにも声を掛けたと見るべきかもしれない。バノンはフォーラム開催のギリギリになって招待者の中に名を連ねたようだ。もっとも、バノンもまたゴールドマン・サックス出身の人間ではあるが。
ブルームバーグ氏は壇上で王岐山と熱烈な握手を交わし、親密さをアピールした。
キッシンジャーは、このフォーラムへの参加を終えた後に、その足で北京に向かった。だから習近平と会談したのは11月8日になったわけだ。王岐山とは北京でも対談しているので、二人は短期間に2回も会談したことになる。
◆親中派の米財界人が翻すトランプ政権への反旗
ここから「どのような風景」が見えるだろうか?
トランプ政権はたしかに習近平政権への圧力を高め、ペンス副大統領などは今年10月4日にアメリカのハドソン研究所で激しい対中強硬演説を行っている。
しかし、政権が代わったら、どうなるだろうか?
実は反トランプ陣営は、いわゆる対中強硬派でもある民主党議員ばかりではない。
反トランプであると同時に、激しい親中派が米大財閥には大勢いて、習近平を取り巻いているのである。
それがキッシンジャー・アソシエイツの洗礼を受けた米財界人の一群だ。
習近平の母校である清華大学の経済管理学院には顧問委員会というのがあって、ほとんどを米大財閥のCEOや元CEOなどが占めている。彼らの多くは、キッシンジャー・アソシエイツの顧客として中国入りをしてきた。メンバーの中にはポールソンのように、元米財務長官だった大物もいれば、ゴールドマン・サックス、JPモルガン・チェース、ゼネラル・モーターズ、ブラック・ストーン……などの会長やCEOといった老練、あるいは新しいところではスペースXのイーロン・マスクやフェイスブックのマーク・ザッカーバーグなども顔を揃えている。
習近平は頻繁に顧問委員会のメンバーと会議を開いているが、アメリカの大財閥は、実は習近平の「お膝元」で親中をアピールしているのである。ここを見なければ、米中関係の何も見えないと断言してもいい。
万一にも、この一派がアメリカの政権を奪取したときに、何が起きるだろう?
習近平の野望である「中国製造2025」や「一帯一路」構想の達成を助け、「中華民族の偉大なる復興」を目指す「中国の夢」を実現させることに手を貸すことになる。
言論弾圧をしながら世界の平和と人類の平等を平気で主張する国、中国。
そのような国を栄えさせることに手を貸す激親中の米大財閥たちがアメリカの政権を収奪する。その可能性(危険性?)の象徴が「キッシンジャー・習近平」会談であり、もう一つのアメリカなのであることを見逃してはならない。
彼らは基本、「金儲け」ができればそれでいいのであり、国の尊厳とか愛国心などは二の次だ。習近平が唱える「人類運命共同体」という呪文にも心情的に共鳴している。
その意味では「アメリカを再び偉大に」と叫んでいるトランプの方が、まだ愛国心があると言えるかもしれない。トランプはいま、キッシンジャー系列から逃れようとしている。
この視点から見ても、「一帯一路」への協力を表明してしまった、そして半導体を通して習近平の真の野望「中国製造2025」の達成に結局は手を貸すことになってしまった安倍首相の立ち位置は実に微妙だ。習近平は「しめた!」とばかりに赤い舌を出していることだろう。
日本メディアは、習近平がトランプに会うことを、まるで追い詰められた習近平がトランプに許しを乞うかのごとく表現を調整したり、習近平が、遂に「既に影響力を失っているキッシンジャーにまで助けを乞うている」かのごとく報道したりしているが、あまりに現実離れした分析だと言わねばなるまい。
われわれは、真実を見る勇気を謙虚に持ち、真実に対して誠実でなければならない。そうでなければ、世界の動向も、いま日本がどこにいるのかも、つかめなくなるだろう。