震災とデマ ―イタズラではすまない重大な犯罪行為―
ささやかですが、熊本地震義援金に寄付いたしました。
■はじめに
熊本の大震災に際して、他人の窮状や社会的混乱を助長する心ないデマが流れています。これはもはや単なるいたずらと呼べるものではなく、まさに人倫に反する邪悪な行いではないかと思います。デマにもいろんな内容がありますが、デマの内容によっては、他人へのいわれなき憎悪が起こり、殺傷に発展するものもあれば、警察や消防、自衛隊などの救助が妨害されて、人命にかかわる事態になることもあります。また、デマによって、住民がいっそう不安にかられることもあります。
当然、デマを発した者、悪意で拡散した者に対して何らかの社会的制裁を科すべきだと思いますが、刑法はどのような態度を示しているのでしょうか。
■偽計業務妨害罪の成立
警察や消防、自衛隊などの公的な救援活動がデマによって妨害されることがあります。このような公的な活動を暴行や脅迫によって妨害すれば、公務執行妨害罪(刑法95条)が成立します(法定刑は「3年以下の懲役若しくは禁錮又は50万円以下の罰金」)が、虚偽の事実(デマ)を流すことによって妨害する場合は、手段が暴行でも脅迫でもないのでこの罪は成立しません。
しかし、刑法には偽計業務妨害罪(刑法233条)という条文があって、デマ(虚偽の風説)を流して人の業務を妨害した者に対して「3年以下の懲役又は50万円以下の罰金」を科しています。
これについては、「強制力」を行使できる警察の活動などが妨害されても業務妨害罪は成立しないのだという見解もありますが、判例では「強制力」を行使して、公務員の活動に対する妨害を排除できない場合には、業務妨害罪の成立を認めています。たとえば消防に虚偽の通報をした場合や、ネットに虚偽の爆破予告や犯罪予告などを書き込んだ場合などがそうです。今回も、動物園からライオンが逃げ出したというデマが写真付きでツイッターに書き込まれましたが、警察や消防、自衛隊においてそれがただちにデマであると判断できない限りは、この情報確認の対応を余儀なくされ、救援活動が遅れ、妨害されることになるわけですから、本罪の成立は否定できません。
また、このようなデマ情報が流れることによって、地域の住民が外に避難することをためらい、危険な建物の中に留まることによって、さらに被害が拡大するおそれがあります。だから、デマの拡散は、救援活動の妨害だけではなく、人命にもかかわるきわめて悪質な行為だといえます。
それから、今回も、「朝鮮人が井戸に毒を撒いた」という悪質なデマが流れました。日本人として本当に情けない卑劣な行為だと思います。歪んだ憎悪が焚き付けられ、在日外国人へのいわれなき攻撃に発展する可能性があります。しかし、刑法にはこのような行為を直接処罰する規定は存在しません。一つ考えられるのは、事実を挙げて他人の名誉を貶(おとし)める名誉毀損罪(刑法230条)ですが、ここでいう「他人」とは、個々具体的な個人(法人も含まれます)という意味であって、「朝鮮人」とか「関西人」、「京都人」といったような集合的な漠然とした言い方の場合には本罪は成立しません。ただし、このデマについても、警察などはただちにデマだと見抜けない限り、井戸や浄水場などの点検を行うことを余儀なくされる場合もあるでしょうから、偽計業務妨害罪が成立する場合もあります。
なお、デマの深刻さがそれほど高くなければ、軽犯罪法によって、「他人の業務に対して悪戯などでこれを妨害した者」として、「拘留又は科料」に処せられることがあります。
■まとめ
デジタルデータは、コピーが容易で、しかもコピーコストがゼロに等しいことから、自然と拡散する性質をもっています。しかも、一般に、多くの人びとによって同じ情報が共有されればされるほど、情報の誤りが訂正される機会が増え、情報の質は高まっていきます。
しかし、災害時のデマ情報は緊急性を装うものが多く、また拡散も悪意ではなく善意で行われることが多いので、通常時に比べてより速く、またより広く拡散していく傾向があります。デマ情報もいずれは訂正されて淘汰される可能性が大きいのですが、災害時に不用意に拡散されるデマ情報の危険性は想像以上に危険なものといえます。誤った情報の拡散を確実に阻止するすべはありませんが、情報に接する者すべてが、情報を拡散する前に一呼吸置くだけで全体の危険性は間違いなく下がるものだと思います。(了)
ライオン脱走、井戸に毒……。地震関連デマ。「業務妨害罪になりうる」と弁護士