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7000人もの医療関係者を五輪に確保し、「国民の重症者以外は自宅療養」の無責任

遠藤誉中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士
闇を彷徨う菅首相(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

 アメリカの論文では軽症者を隔離入院させないと感染が収まらないというデータが出ている。しかし日本は「重症者以外は自宅療養」という方針を出し、PCR検査も積極的でない。医療逼迫の現実をごまかしたいからだろう。

◆軽症者自宅待機の危険性、アメリカ医師会論文が早くから警鐘

 2020年4月24日のコラム<軽症者自宅待機の危険性、アメリカ医師会論文が警鐘>に書いたように、4月10日のAmerican Medical Association(AMA=アメリカ医師会)がウェブサイトで出版している学術誌JAMAは、“Association of Public Health Interventions With the Epidemiology of the COVID-19 Outbreak in Wuhan, China”(中国武漢におけるCOVID-19 のアウトブレイク疫学に対する公衆衛生的介入による関連性)という論文(以下、論文)を掲載した。

 論文は、武漢におけるコロナ患者に対する各時期の処置と効果の相関関係を分析している。

 論文はまた、「武漢市も初期のころは軽症者に対する隔離治療を行っていなかったのだが、そのままでは感染拡大が収まらなかった。そこで軽症者を隔離病棟に入院させると、感染者数が急激に減少し始めた」という事実に目を向けて数理解析を行っている。

 この事実を最初に指摘したのは中国の疫病学の最高権威者で、かつて江沢民国家主席に歯向かってSARSの蔓延を食い止めた経験を持つ中国工程院の鍾南山院士だ。彼は軽症者が突然重症化し、自宅待機で命を落とすケースを突き止めて、「方艙(ほうそう)病院」設営を提案した。

 「方艙病院」とは野戦病院のような「臨時医療施設」のことで、鍾南山は武漢市にあるすべての体育館や集会所などを徹底的に利用して、次々と臨時医療施設を設営させ、軽症者を隔離入院させることによって武漢のコロナ感染を収束させた。

 論文は 「軽症者の扱いが、その国のコロナ感染対策の分岐点になる」と指摘している。

◆日本は中等症患者までは「自宅療養」せよという指針

 それだというのに、菅首相は軽症者どころか中等症のコロナ患者まで「自宅療養せよ」という、新たな方針を打ち出した。

 行き当たりばったりのコロナ対策が招いた失敗を、結局は国民の命を犠牲にするという指針で尻拭いしようという無残な政策だ。

 中等症患者は軽症者よりも一層「突然の病状悪化」で命を落とす危険をはらんでいる。おまけに急変した時に救急車を呼んでもたらい回しされるだけで、100件目にようやく受け入れてくれる病院が現れるという悲惨な状況だ。

 自宅療養すれば、当然のことながら家族に移すという危険性も孕んでいる。

 菅首相も少し前の記者会見で、「家族から移るのが一番多い」と言っているではないか。

 どこまでが中等症で、どこまでが重症かに関して、少なくとも東京都は「人工呼吸管理またはECMO を使用している患者」を重症患者とみなすと定義している

◆7000人の医療従事者を東京五輪に確保

 毎日新聞は今年7月23日付の記事<東京2020+1 医療従事者7000人>で「東京オリンピック・パラリンピック組織委員会は22日、大会に携わる医師や看護師などの医療従事者が約7000人になると明らかにした。当初計画では約1万人が必要だとしていたが、新型コロナウイルスの影響で逼迫(ひっぱく)する医療現場への配慮などから約3割削減した。選手向けの医療を中心に従事する」と報じている。

 7月31日付の時事通信社は<「すでに医療崩壊」 治療、ワクチン、五輪派遣も―感染拡大で医療従事者悲痛>と報じている。

 日本国民の中にコロナ患者が出ても入院できないどころか診断してもらう医師さえ見つからない現状の中で、東京五輪のためなら、日本のこの少ない医療資源の中から優先的に五輪医療従事者チームを7000人も確保するというのは、どういうことなのか?

◆政府への批判をかわし選挙を有利にするために東京五輪を強行した

 7月31日、自民党の河村建夫議員(元官房長官)が「五輪がなかったら、国民の皆さんの不満はどんどんわれわれ政権が相手となる。厳しい選挙を戦わないといけなくなる」と語ったと共同通信が伝えている。

 つまりマスコミを総動員して、国民に日本選手の活躍に熱狂させてコロナ患者のことを忘れさせ、内閣支持率を上げようという魂胆であることを、二階幹事長の側近である河村議員は正直に言ってしまったのだ。

◆日本は患者数が増えるのが嫌だからPCR検査を進めていない

 現在、東京のPCR検査の陽性者率は20%を超えている。PCR検査数が少ないからだろう。

 昨年7月、東京保険医協会のサイトに、NPO法人医療ガバナンス研究所の上昌広理事長が<日本ではPCR検査がなぜ進まないのか>という論考を載せておられる。そこでは「日本がPCR検査を絞ってきて、患者発見数を少なくさせている経緯」が詳細に観察されている。

 また昨年4月には、さいたま市の西田道弘保健所長が記者団の取材に「病院があふれるのが嫌で(検査対象の選定を)厳しめにやっていた」と明らかにしたと日経新聞が報道している。

◆日本も「方艙病院」の設営を

 このたびの菅首相の「中等症までは自宅療養を」という指針は、「入院患者が増えると病床使用率が高くなり、医療の逼迫度が数値として高くなるので、入院患者を減らして緊急事態宣言を取り消そうという姑息な魂胆だ」とも言える。

 中国では無症状感染者でさえ医療機関に入れて隔離観察を行っているというのに、いよいよ酸素マスクや人工呼吸器を付けなければならないほど重症化するまで(東京都ではECMOを使う寸前まで)「放置する」政策を日本は取っているのだ。

 菅政権は尾身会長の「五輪開催を懸念する発言」を「越権」と位置付けて退け、何が何でも五輪開催へと突撃していった。

 五輪を開催する国家としての圧倒的なコロナ対策をした上での強行ならば、「国民の命を第一に考えている」という「絵空事」も多少の信憑性を帯びてくるだろうが、医療資源もエネルギーも心までも、すべて選挙のために五輪に捧げているのだから、国民は納得しようもないのではないか。

 ひとたび失った命は二度と戻ってはこない。しかし優秀な日本選手ならば、もし来年まで五輪開催を延期していたとしても、きっと輝かしい活躍をしてくれたに違いない。

 あの第二次世界大戦へと突入した時の考え方と日本政府は何も変わっていない。

 せめて今からでも「方艙病院」の設営を考えてはどうなのだろうか。

 本来ならば選手村などを建設するゆとりがあるのならば、そこを「方艙病院」に置き換えるべきだっただろう。そうすれば、どれだけ失わなくていい日本国民の命を救えたかしれない。

 そのような英断ができる政権こそが未来永劫に人類史上で輝き続けただろう。

 日本は又とないチャンスを失った。

 全世界のコロナ患者は2億人を超えた。

 多くの犠牲者を出した「終戦の日」が又やってくる。

中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『中国「反日の闇」 浮かび上がる日本の闇』(11月1日出版、ビジネス社)、『嗤(わら)う習近平の白い牙』、『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』、『 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』など多数。

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