「今こそチャンス」。日本ラグビー協会理事・谷口真由美さんが明かす胸の内
東京オリンピック・パラリンピック大会組織委員会の森喜朗会長が女性蔑視発言をめぐり辞任へと進んだ中、にわかに“時の人”となった日本ラグビー協会理事の谷口真由美さん(45)。いきなり渦のど真ん中に放り込まれた形にもなりましたが「今がチャンスだと思っています」と語る真意とは。
ないものは「ない」と言わないと
今回の流れで20件以上、取材をお受けしました。
2019年からラグビー協会の理事に就任し、その道を突き進む。これは他の仕事をやりながらできるものでは絶対にないです。
それと、ラグビー経験がない私がその世界に入る際の一つの覚悟として、メディアの皆さんにご調整いただき、去年3月で全てのお仕事に区切りをつけさせてもらいました。
4月以降もいろいろな話題に対して、新聞やテレビの記者さんからコメントを求めていただくこともありました。でも「大変申し訳ないんですけど、新リーグの準備室長という肩書があり、個人の見解を申し上げるのは控えておりまして」とお断りしてきたんです。
今回もコメントをするかどうか、逡巡がなかったわけではないんです。
ただ、今回のことはラグビー協会、そして、その中の女性理事という風に、発言が向けられている場所が明確でした。
そして、私があの文節を読んだ限り、そこに事実がないと確信したんです。事実がないことに対して黙っているということは、ある意味、それを認めることになってしまう。それではいけない。ないものは「ない」と言わないといけない。
客観的事実というか、一つの例を挙げますと、ラグビー協会の理事会は第3水曜の午後5時から7時と時間が決まっているんです。
理事会後には、番記者さんへのメディアブリーフィング、説明タイムみたいなものもありますし、そこの開始時刻はずっと変わっていません。なので、理事会の時間が、最近になって午後9時まで延びたとか、そういうことはないんです。
さらなる話し合いが必要になったら、別日に臨時理事会を開くこともありましたけど、それをもって単に「長くなった」ということより、2019年6月以降、私たちの期になってから、やることが一気に増えたんです。
まず、ワールドカップがありました。
そして、昨年は新型コロナの問題が出てきた。ラグビーは身体接触の塊みたいなスポーツですから、コロナへの指針作りが本当に大変なんです。
さらに、来年からの新リーグもある。
何か一つあっても大変なことが重なっていて、もともと、非常に議題が多くなっている時期でもあったんです。
あと、細かい話かもしれませんけど、19年の6月以降、ラグビー協会では会議のやり方を変えたんです。
会議の中身って、ざっくり言って2つ。報告事項と審議事項に分かれるんですけど、報告事項の部分を会議の中で大幅に減らしました。
配られた資料が読み上げられるのを聞いてるだけにもなるので、だったら事前に資料を渡して読んできてもらって、もし何か尋ねるべきところや変更点などがあったら、そこは会議の中でやり取りをするという形にしました。
要は、そこの時間を圧縮して、みんなで話し合う審議事項の時間を多く取るスタイルに変えたんです。
今まで以上に「みんなで、しっかり話しましょう」という変化なので、それぞれの専門性に基づいて活発な話し合いになったら成功というモデルチェンジだったんです。
ということは、むしろ“わきまえてる”からこそ、発言するんですよね。ま、もともと、私もしゃべりじゃないことはないんでしょうけど(笑)、そういう文脈があって、より一層「活発に発言しよう」という流れを協会として作ってきたのが事実なんです。
あと、こういうことを誰かがちゃんと発言をしないと、次は、詮索に満ちた周辺取材が始まるとも思ったんです。
「こんな話が向けられたのに、ラグビー協会は沈黙している。じゃ、ホンマのところはどうなってんねん!?」
そういう流れであらぬ疑いをかけられるのも、これは協会の理事という立場で考えると、何の得にもならない。
なので、協会とも話をした上で、取材をきちんとお受けして、きちんと事実をお話ししようとなったんです。
ラグビーの現状
久々に取材をお受けしましたけど、その原稿やVTRが出ると、いろいろな方から熱い、温かい、うれしい声をいただきました。ラグビー関係者の方や、現役のラグビー選手からもありがたい声をたくさんもらいました。
特に、女子ラグビーの皆さんからは「すごく勇気づけられました。きちんと考えてくださっている方がやってくださっていることが分かりました」という言葉をもらって。
結果、現場の選手がそう思ってくれたんだったら、その意味においても、取材を受けた意義があったのかなと思いました。
ラグビーの競技人口、これはワールドカップ前のデータですけど、約95000人と言われています。
そのうち男性が90000人。女性が5000人。競技の特性的に、そうなるのかもしれませんけど、圧倒的に男性が多いんです。
少子高齢の時代にあって、Jリーグさんが盛り上がっているのは、サッカー協会が女性とシニアのプレーヤーを増やした。これが大きかったんです。
プレーヤー、もしくはプレーヤーだった人というのは、一番強く、そのスポーツのファンになってくださる。Jリーグそのものが盛り上がっているということだけではなく、新たな領域の競技人口を増やす。それが、その競技の将来につながっていきます。
それでいうと、ラグビーという競技が伸びていくために必要なのは女性なんです。女性のプレーヤーを増やす。ラグビーに親しみを持ってくれる女性ファンを増やす。
どうしても、今のラグビーはラグビー経験者の男性ファンに支えられています。当然、そういう皆さんもありがたいんですけど、ラグビーに親しみや愛を持ってくださる女性を増やしていかないと、この先、発展していかない。
子どもの数が減っている中で、1チーム15人という人数を集めないといけない。今の時代に照らし合わせると「やってみよう!」と思ってもらえるスポーツとしては、不利な部分が多いんです。
さらに、今回のことで「ラグビー協会って、あんな女性差別を容認するところなの?」と見られるのも大きなダメージになります。特に、女性に来てほしい競技としては。
なので、私がどこまでラグビー全体の主語で話せるかは分かりませんが、依頼をいただいたものに関しては、しっかりとお話をする。それをやろうと思ったんです。
量産型ドム
今で、ラグビー協会に女性理事が誕生して8年になるんです。最初に来られたのは、元読売新聞の稲沢裕子さん。
稲沢さんもご自身の記事の中などで書かれていますけど、それまでラグビーの経験やラグビー界との結びつきがあったわけではない状況で協会に来られました。だからこそ、誰よりもファン目線で、ラグビーファンの皆さんとの交流を図ってこられました。今では、すっかり“ファン目線のプロ”です。
自分がプレーヤーとしてラグビーをやり、そこで結果を残して協会に入る。これまではそのパターンで入ってきた人たちが協会を運営していました。
それ自体が悪いわけではないんですけど、それこそラグビーという競技のように、様々な15個の個性が合わさることでチームは充実する。
大きくて力の強い選手もいれば、足が速い選手も、器用な選手もいる。ポジションごとにそういう選手がきちんといるチームが強くなるわけです。
同じような特徴を持った人ばかり、それこそ古い例えになるのかもしれませんが、アニメ「機動戦士ガンダム」じゃないですけど、同じシステムで作られた“量産型ドム”ばっかりが集まっても同じような動きにしかならない。
でも、そこにいろいろな枠を越えて、ガンタンクやガンキャノンが入ってきたら違う動きが生まれることになる。
少しずつ、ラグビー協会も変わっては来ています。実際、女性理事も入るようになったし、いわばガンタンクやガンキャノンも入っているんです。
ま、私はいろいろな意味でガンタンクなのかもしれませんけど(笑)。フォルムのみならず、悪路も臆せず進んでいきますし。
運命と使命
近鉄ラグビー部のコーチをしていた父の流れで、子どもの頃は、当時選手寮になっていた花園ラグビー場に住んでいました。
ラグビーの聖地と言われる場所を実家にしていた私が、いつの間にか、ラグビーの渦の中にいる。
昔からお付き合いのある方の中には、運命論というか「全てが最初から決まっていて、このタイミングで谷口さんがそこにいることは決まっていたのかも」なんてことをおっしゃる方もいます。
確かに、自分でもすごい流れだと思いますし、それと同時に、これを「大変なこと」とだけ思っていても仕方がないなと。
住んでいる長屋にいきなり隕石が落下してきたようなもので、屋根に大きな穴も開いたけど、これを機に、建て直しや耐震工事もやってしまおう。今回、そのチャンスをもらったんだととらえています。
女性理事の話もそうですし、ジェンダーに対しても、より敏感で、より強靭な組織に変化する。そのタイミングが今なんだろうなと。
もちろん簡単なことではないですし、やらないといけないことは山積みです。でも、そこはなんとか、ガンタンク的に突き進んでいこうと思っています(笑)。
(撮影・中西正男)
■谷口真由美(たにぐち・まゆみ)
1975年3月6日生まれ。大阪府出身。法学者。専門は国際人権法、ジェンダー法、憲法など。父が近鉄ラグビー部の選手からコーチになり、母が同部の寮母を務めていたため、寮のあった近鉄花園ラグビー場内で育つ。2児の母。2019年6月に日本ラグビーフットボール協会理事に就任。新リーグ法人準備室長も務める。人権、政治をはじめ様々な社会問題に“大阪のおばちゃん目線”で鋭くつっこみ、TBS「サンデーモーニング」、ABCテレビ「おはよう朝日です」、ABCラジオ「伊藤史隆のラジオノオト」など多くの番組出演や新聞でのコラム執筆などを行っていたが、20年3月で全てのメディア出演に区切りをつけ、ラグビー界の変革に注力。契約が残っていた大阪大学非常勤講師、大阪芸術大学客員准教授の職も今年3月で辞し、さらに背水の陣で変革に挑む。