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弁護士である被告人、黙秘を告げるも検察官は罵倒し続けた。「人質司法サバイバー国会」報告(第7回)

赤澤竜也作家 編集者
違法な取調べがあったとして国家賠償請求訴訟を起こしている江口大和氏 撮影:西愛礼

身を以て人質司法を経験した弁護士はいったい、どのように自身の体験を振り返るのか。

登壇される前からそのスピーチ内容に関心を持っていたのだが、期待に違わぬものだった。

江口大和さんは2018年10月15日、弁護士として担当していた事件の関係者に虚偽の事実を供述するよう頼んだとして、犯人隠避教唆の疑いで横浜地検特別刑事部に逮捕された。江口さんは一貫して無罪を主張し、黙秘権行使を告げたのだが、合計56時間にわたり取調べを強いられ、保釈が許可されるまで、逮捕から250日間勾留されている。

「人質司法はシステムです。敵の顔は見えません」

まずは江口さんの発言の前半部分をそのまま掲載しよう。

「人質司法はシステムです。敵の顔は見えません。そこでわたしからは人質司法を成り立たせている代表的な要素、ファクターを3つ挙げます。ひとつ目が保釈実務です。否認や黙秘をしていると、長期間身柄拘束されます。いつ身柄が解けるかわからないという不安を生みます。ふたつ目が取調べや収容施設の処遇。取調べでは不安をあおり、あるいは被疑者の人格や尊厳を傷つける言動が行われます。処遇においては名前を奪われ、番号が与えられて、番号での呼称を強制されます。3つ目は意外と知られていませんが、気分転換を妨げる物理的、閉鎖的な環境です。日の光を浴びられない、散歩は週に2回しかできない、風呂に入ることも週に2回しかできない。移動できない。これらの3つの問題が相互に補強し合っています。これが人質司法の特徴のひとつ目、相互に補強し合っているということです。そして人質司法の特徴のふたつ目、最大の問題かもしれません。この3つのファクターについて誰もなんの責任を負いません。無責任体制と相互補強の体制、これが人質司法を成り立たせている三位一体のシステムです」

まさに体験した方の口からしか出ることのない「人質司法はシステムです。敵の顔は見えません」という至言。実際に身の上に降りかかってきた人は、フランツ・カフカの小説の主人公が覚えるような不条理を実感するのだろう。

江口さんが3つ目の要因に挙げられた「物理的、閉鎖的な環境」については、以前筆者が取材した籠池泰典氏や山岸忍氏など、長期にわたって拘禁された方が一様に口にしている。いわく、「まったく日の光を浴びることの出来ない生活が、いかに耐えがたいものであるか」ということである。無罪が推定されるはずの被疑者・被告人は人間性を阻害するような劣悪な環境にとどめ置かれてしまうのだ。

そして江口さんは「無責任体制」にも言及していた。

検察官は「罪証隠滅のおそれ」を錦の御旗のように振りかざして保釈に反対し、思考停止状態の裁判官はその主張に盲従して勾留を延長する。警察庁は諸外国から非難され続けている代用監獄制度を、法務省は劣悪な拘置所の環境を是正しようとしない。

そこで重大な人権侵害が起きようとも、新たな冤罪が生まれようとも、誰もなんの責任も取らないのである。

世界標準からかけ離れた人質司法は国益を毀損する

江口さんの言葉に戻ろう。

「次に残りの1分でわたしはふたつ目に挙げた取調べの問題について、個人的な体験からお話しします。中国では取調べでは被疑者に黙秘権は与えられていないと言います。ひどい話です。でも日本も決して中国のことは笑えません。日本の捜査実務では否認や黙秘をしている被疑者に対して、実質的に無制限の長時間の取調べが可能になっています」

江口さんは黙秘権を告げていた。「事実無根。これ以上話すことはない」。こう話したにもかかわらず、取調べは56時間にわたって続いた。第2回の赤阪友昭さんのパートでも述べたが、この国では憲法上の権利である黙秘権を告げても、取調べには応じなくてはならないという蛮行がいまだに続いているのである。

さらに、

「このこと(日本の捜査実務では否認や黙秘をしている被疑者に対して、実質的に無制限の長時間取調べが可能になっていること)は海外に知られ、もはや国益を毀損する事態になっています。先ほど打越さく良議員が挙げられましたが、イギリス国籍の被疑者が日本に引き渡されなかったという事例がありました。そのときにイギリスの裁判所が挙げた理由は捜査機関による長時間の取調べで自白を強要される怖れがあること、これです」

とも話す。

「イギリス国籍の被疑者が日本に引き渡されなかった」とはどういうことなのか。

2015年11月、東京・表参道の宝石店「ハリー・ウィンストン」でダイヤの指輪など46点、計約1億600万円相当が奪われた。事件2日後に出国した男3人を警視庁が特定。2017年に強盗傷害容疑などで国際刑事警察機構(ICPO)を通じて国際手配をする。

その後、3人はそれぞれ別の容疑で英国内にて拘束。日英は犯罪人引き渡し条約を締結していないため、日本政府が引き渡しを求めていた。ところがである。2023年8月11日、英国の裁判所は「日本の刑事手続に人権上の問題がある」として、犯人のうちのひとりの引き渡しを認めない判決を下したのだ(英国の検察当局は日本政府の意向を受けて控訴)。江口さんはこの事案について俎上に載せているのである。

英国の裁判所が日本の刑事手続にどのような人権上の問題があると述べているのかというと、「圧迫的な取調べとその長さ」「抑圧的な取調べテクニック」のみならず、「弁護士の立ち会いがないこと」「運動や医療など拘禁施設の環境の問題」「保釈がないこと」など多岐にわたる。人質司法を成り立たせている様々な構成要素すべてが人権上、許されざるものであると述べているのである。

詳しくは高野隆弁護士がブログに判決全文の試訳を掲載しているので参照していただきたい。

http://blog.livedoor.jp/plltakano/archives/65996636.html

江口さんは次のような言葉でスピーチを締めくくった。

「国会議員のみなさん、国益を守るためにどうか頑張って下さい。以上です。ありがとうございました」

人質司法は国益を毀損するレベルにまで達していると喝破したのである。

法律家たる検察官は「黙秘権が理解できない」と言った

さて、江口さんはスピーチの冒頭で「取調べでは不安をあおり、あるいは被疑者の人格や尊厳を傷つける言動が行われます」と述べた。

実際の取調べにおいて、江口さんはどのような言葉を投げかけられたのだろうか。

江口さんは逮捕された際、取調官である川村政史検事から侮辱されるなど黙秘権や人格権を侵害する違法な取調べがあったとして国に1100万円の損害賠償を求める訴訟を起こしている。

国家賠償請求訴訟をめぐる共同通信の報道によると、川村政史検事は、

「あなたの言っている黙秘権ってなんなんですか。全然理解できない」、「うっとうしいだけ」、「お子ちゃま発想だった」、「弁護士としての能力が相当程度劣っている」などと発言しただけでなく、江口氏の中学時代について「数学とか理科とか理系的なものが得意じゃなかったみたいですね。論理性がずれているんだよな」とも述べたという。

横浜地検特別刑事部の独自捜査だったため、その取調べは録音録画されていた。東京地裁の勧告を受け、国側が約2時間20分の映像を証拠として提出。さらに裁判所は2023年10月5日、江口氏への尋問の際、必要な範囲で再生することを認める方針を示した。

年明けにも法廷で取調べの様子を記録した可視化ビデオが上映されるのである。この国の人質司法の実態を考えるうえで、極めて重要な口頭弁論期日となるに違いない。

刑事裁判では不可解な判決で執行猶予つきの有罪となってしまった江口さん。

一日も早く弁護士資格を回復されるよう願うばかりである。

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『人質司法サバイバー国会』の動画はこちらから視聴可能です。

https://innocenceprojectjapan.org/archives/4701

作家 編集者

大阪府出身。慶應義塾大学文学部卒業後、公益法人勤務、進学塾講師、信用金庫営業マン、飲食店経営、トラック運転手、週刊誌記者などに従事。著書としてノンフィクションに「国策不捜査『森友事件』の全貌」(文藝春秋・籠池泰典氏との共著)「銀行員だった父と偽装請負だった僕」(ダイヤモンド社)、「内川家。」(飛鳥新社)、「サッカー日本代表の少年時代」(PHP研究所・共著)、小説では「吹部!」「白球ガールズ」「まぁちんぐ! 吹部!#2」(KADOKAWA)など。編集者として山岸忍氏の「負けへんで! 東証一部上場企業社長VS地検特捜部」(文藝春秋)の企画・構成を担当。日本文藝家協会会員。

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