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英中銀、4年ぶりに利下げ実施も英経済の転換点とはならない可能性(上)

増谷栄一The US-Euro Economic File代表
イングランド銀行のアンドリュー・ベイリー総裁=英スカイニュースより

英中銀の今回の利下げは小幅で、後が続かず、年末までに追加利下げという観測は的外れに終わるとの可能性が強く、市場関係者は決して大喜びするほどでもないと冷ややかに見ている。

 イングランド銀行(英中銀、BOE)は8月1日、金融政策委員会(MPC)で政策金利を0.25ポイント引き下げ、5%に引き下げた。利下げは2020年4月以来、4年4カ月ぶり。ただ、依然、5%の水準は2008年3月(5.25%)以来、16年5カ月ぶりの高水準となっている。

BOEはインフレ抑制のため、2021年12月から2023年8月までの14会合連続で利上げしたあと、利下げのタイミングを見計らうため、前回6月会合まで7会合連続で高水準の金利を据え置く形で、金融引き締めスタンスを続けていた。市場の一部には前回会合での利下げを予想していたが、今回、ようやく、アンドリュー・ベイリー総裁が重い腰を上げ、利下げに舵を切ったことで利下げが実現できた。

ただ、今回の利下げはMPCの9委員中、5対4の賛成多数で決められたように利下げか据え置きかで意見が拮抗していた。アンドリュー・ベイリー総裁ら5委員(前回会合時は2人)が利下げを支持、反対に、据え置き支持は前回会合時の7人から4人に減った。前回会合時は、デーブ・ラムスデン副総裁とスワティ・ディングラ委員の2委員だけが0.25ポイントの利下げを主張したが、今回の会合ではベイリー総裁とサラ・ブリーデン副総裁、クレア・ロンバルデリ副総裁の3委員が利上げに加わっている。

MPC内で意見が割れたのは英国経済が思ったよりも強く、インフレが高止まりしているため、利下げは時期尚早で金利を当面据え置くべきとの主張が少なくなかったことが背景。

他方、米国では中銀に当たるFRB(米連邦準備制度理事会)はインフレ抑制のため、需要を抑制する制限的な金融政策スタンスを取り続けている。制限的とは、政策金利をRスター(中立金利)以上に引き上げることにより、経済成長を抑える「制限的な領域」に入ることを意味する。

 市場では、前回会合時まで7会合連続で高水準の金利据え置きが続いていたため、昨年の浅いリセッション(景気失速)入りからの回復に苦戦していることや、最近のインフレ圧力の後退を受け、利下げに踏み切ると予想していた。

 しかし、今回の会合直前の7月17日に発表された最新の6月CPI(消費者物価指数)は、前年比2%上昇と、5月と変わらなかったものの、市場予想(1.9%上昇)を上回り、英国経済の約80%を占めるサービス業のインフレ率も同5.7%上昇と、5月と変わらなかったものの、市場予想(5.6%上昇)も上回ったため、今回の会合での利下げ決定は「close call」(きわどい判定)になると見られていた。ただ、6月のサービスインフレ率が高止まりした背景には世界的な人気歌手テイラー・スイフト氏の英国公演により、ホテル料金が急騰した一時的要因があり、割り引いて見る必要があったのも事実。

 BOEが会合後に公表した議事抄録によると、利下げ支持派(ハト派)はその根拠について、「過去の外部ショックのインフレへの影響は限定的で、インフレ持続リスクの緩和にある程度の進展があった。インフレ期待は正常化している」、また、「金融政策の制限的なスタンスが引き続き実体経済活動の重石となり、雇用市場を緩和させ、インフレ圧力を抑制している」と主張。

 他方、金利据え置き支持派(タカ派)は、「サービスインフレとGDP伸び率の上昇は賃金の高い伸びとともに、第2ラウンド効果(賃金上昇によるインフレ加速)が賃金と企業の価格設定行動に経済予測以上に大きな影響を及ぼしている」と、懸念を示している。

 市場ではBOEが次回9月19日会合以降、追加利下げを決める可能性は低いと見られている。追加利下げは、今後入手可能な最新のインフレデータと中期的なインフレ見通し次第となり、段階的な小幅利下げを予想。次回9月会合では据え置き、11月会合で2回目の利下げにより、年末の政策金利は4.75%、そして、2025年末に3.75%に1ポイント引き下げられると予想している。(『中』に続く)

The US-Euro Economic File代表

英字紙ジャパン・タイムズや日経新聞、米経済通信社ブリッジニュース、米ダウ・ジョーンズ、AFX通信社、トムソン・ファイナンシャル(現在のトムソン・ロイター)など日米のメディアで経済報道に従事。NYやワシントン、ロンドンに駐在し、日米欧の経済ニュースをカバー。毎日新聞の週刊誌「エコノミスト」に23年3月まで15年間執筆、現在は金融情報サイト「ウエルスアドバイザー」(旧モーニングスター)で執筆中。著書は「昭和小史・北炭夕張炭鉱の悲劇」(彩流社)や「アメリカ社会を動かすマネー:9つの論考」(三和書籍)など。

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