世界中で愛されているスタジオジブリによる“ジブリ作品”。現在、宮崎駿監督が10年ぶりに手掛けた『君たちはどう生きるか』が話題になっている中、ジブリ楽曲の数々を歌ってきた井上あずみさんが、デビュー40周年を迎えました。井上さんといえば、『となりのトトロ』では、オープニング主題歌「さんぽ」、エンディング主題歌「となりのトトロ」を担当。『天空の城ラピュタ』では、エンディングで流れる「君をのせて」で、どこまでも作品の余韻を感じさせてくれます。今回、宮崎監督の大胆な仕事ぶり、久石譲さんの幻の音など、秘話をたっぷり伺いました。

―デビュー40周年、おめでとうございます。

　ありがとうございます。売れないデビューから40年（笑）。“83年デビュー組”です！その3年後にジブリ映画『天空の城ラピュタ』のエンディング曲「君をのせて」のオーディションに合格しまして、『となりのトトロ』『魔女の宅急便』と歌わせていただいています。

―最初はなぜアイドルになったんですか？

　家族全員歌が大好きで、小さい頃から歌手になるのが夢でした。小学4年生で児童合唱団に入って「のど自慢大会」に出場したところ、審査員をしてくださった乙田修三さんという作曲家の先生から「君は歌手になれる」とスカウトされて、石川県・金沢市の歌謡研究所に入りました。

―オーディション番組にも出場されていますね。

　当時は『君こそスターだ！』（フジテレビ系）、『スター誕生！』（日本テレビ系）、『全日本歌謡選手権』（日本テレビ系）のような、テレビ番組のオーディションでスターになる時代でした。

　山口百恵さんや森昌子さんを輩出した『スター誕生！』にも出場したのですが、決勝まで行って萩本欽一さんが2回も後押ししてくださったのに（スカウトの）プラカードは上がらず。しばらく頑張ったのですがなかなかうまくいかず、もう諦めようとしていたところ、できたばかりの新しいレコード会社からデビューできることになったんです。

　“花の82年組”の後の、“不作の83年組”です（笑）。森尾由美さん、松本明子さん、いとうまい子さん、武田久美子さん、桑田靖子さん…と、けっこう今も皆頑張っているんですけど、82年組（中森明菜・小泉今日子・石川秀美・早見優・「シブがき隊」・堀ちえみ・三田寛子…）が華やか過ぎまして、なかなか私たちを見ていただけませんでした。

―ジブリの楽曲を歌うきっかけは？

　デビューから3年後に、レコード会社の人たちが集まるお食事会で、「アニメのサントラ盤を歌う人を探している」というお話を聞いたんです。すぐに歌を入れたテープを持って行ったら、宮崎駿監督と高畑勲監督が「この子だったら歌えるかもしれない」と言ってくださり、久石譲さんの事務所に行きました。『天空の城ラピュタ』のエンディングテーマとなった「君をのせて」のデモテープを渡されて、覚えて歌ったら宮崎監督が「よし！合格。すぐ録ろう」とおっしゃったのです。

　『天空の城ラピュタ』は8月2日公開で、「歌う人を探している」という話を聞いたのが6月。合格翌週の7月7日にはレコーディングでした。それまで何人もオーディションしたらしいのですが、「♪あの地平線～」で始まる曲は音域も広く、なかなか決まらなかったそうです。

　完成披露試写会に行ったら、あのメロディーは何度も流れて合唱団の歌も入っているのに、私の歌は流れない。「ダメだったのか…」と思っていたらエンディングで私の曲が流れて、ホッとした気持ちとうれしさで、めちゃくちゃ泣きました（笑）。

―ギリギリの話だったんですね。

　私がダメだったら、メロディーだけを楽器で流して歌は入れないことになっていたそうです。時期的にもう無理でしたから、あの曲はもしかしたら、歌としては世の中に出なかったかもしれないです。

―どこが良かったと言われましたか？

　真っすぐに歌っていたのと、ボーイソプラノの男の子が歌っているように聞こえたところみたいです。色がない、いわゆる“透明感”があるとも言われました。話の内容も知らずに歌っていますから（笑）。ただ急に決まったので、ポスター・チラシにも全然載ってないです。

―これが『となりのトトロ』に繋がっていくわけですね。

　「もし次も機会があるなら、今度は初めから参加したい」と伝えたら、宮崎監督に会うことになりました。当時、建物の上が仕事場で1階に喫茶店があって、そこで初めて『～トトロ』の絵コンテを見せてもらいました。「“トトロ”っていうのがいて、サツキちゃんとメイちゃんという女の子がいて…」と、そこで初めて宮崎監督とお話ができました。『～ラピュタ』のレコーディングでは「すぐ歌を入れなきゃ！」とバタバタでしたから。

―実際にお会いした印象は？

　髪の毛は真っ黒でした（笑）。本当にいい方で、都会ではない小学校の50人しかいない分校の校長先生みたいでした。

―久石さんはどんな音作りをするんですか?

　当時、最先端のシンセサイザーで、ドラムの音から作られていました。トトロが傘を持って、サツキとメイと雨の中バスを待つ有名なシーンがありますが、トトロとの初めての出会いの場なので、そこには久石さんの渾身の音楽が入っていたんです。ところが、宮崎さんは「音はナシ」と言ってバッサリカット。結果、そのシーンは雨の音だけで音楽は一切流れていません。スゴいですよね。

―『となりのトトロ』の主題歌はどのように生まれたのでしょう。

　エンディング主題歌は、「♪トットロ～、トット～ロ」のメロディーが印象的ですがこれは当初、CMで流れる曲でした。結局CMのお話はなくなって。ですが、インパクトがあるのでこれにメロディーを加えて主題歌にしようとなったんです。

　「♪あるこう　あるこう」で知られるオープニング主題歌「さんぽ」は、「杉並児童合唱団」が歌うことに決まっていて、私は、合唱団の子たちに聞かせるためのデモテープを担当したんです。実際に私が歌うわけではないから…と気軽な気持ちで歌ったら、「あずみちゃんの歌が入っていた方が芯があっていいから、このまま使っていいかな」と。イメージアルバムには「杉並児童合唱団」と私の歌が入っています。

　ところが、映画ではなぜか私の歌だけになっていて。何か私が子どもたちから曲を奪ったみたいで大人気ないような…でも、決して私が歌いたいと言ったわけではないです。子どもたちに聞かせるために口を大きく開けて元気よく歌ったデモテープがそのまま使われているのです。そんな背景もあり、今も子どもたちを背負っている気持ちで歌っています。

　実は、米良美一さんが歌われた「♪はりつめた～」でおなじみの『もののけ姫』の同名主題歌も、デモテープなんです。本番の録音もあったのに、宮崎監督が「こっちの方がいいな」とデモテープを採用されて。米良さん自身は、「声楽的にはこの（デモテープの）ピッチでは良くない」とおっしゃっていたそうですが…。多分、宮崎監督は型にはまって完成しているものが好きではないのでしょうね（笑）。

　だからというわけではないですが、今の井上あずみで歌う『～トトロ』『～ラピュタ』があってもいいのでは、ということで、アレンジを変えて2023年バージョンで「ジブリ名曲セレクション Dear GHIBLI II」というアルバムをリリースしています。

―独特の世界観を歌い続けるのも大変ですね。

　アレンジャーさんが一生懸命作ってくださっているので、1曲が重たいです。これまでの世界観を壊してはいけないという方も、新たに壊したいという方もいらっしゃいますが、皆さんが「一番になりたい」という気持ちでやっています。

　今回は、荒井由実（現・松任谷由実）さんの「ルージュの伝言」「ひこうき雲」が入っていますが、“ユーミン”にはなれないです。だけど、今の世代の人たちが聴いても古くなく、でも懐かしいような。言葉を大事にして歌うところや、荒井由実さんのニュアンスみたいなものは残したいなと思って歌いました。他に手嶋葵さんが歌っている曲もあります。“箸休め”的な曲がなく、お腹いっぱい詰め込んだので面白くなっているのではと思っています。

―コンサートはいつも人気ですね。

　コンサートは、ちゃんと緩急つけています（笑）。今年は、第1部はアルバムの「Dear GHIBLI II」をメインにした歌のコンサートで、第2部は『となりのトトロ』の世界を皆さんと一緒に感じられる内容になっています。

　サツキちゃんが、迷子になったメイちゃんを一生懸命探す時に流れるメロディーがあるんですけど、そこに「♪探し～ても見つか～らない」と詞をつけたものがイメージソングでして、このように語りながら歌いながらストーリーが展開していきます。

　「さんぽ」で始まり、サツキ、メイ、まっくろくろすけ、ネコバス、トトロのシーンはカルチャーショックです。40周年だからこそできる内容になっているので、皆さん一緒に楽しんでもらえると思います。

【編集後記】

とにかく明るく笑顔の絶えない方です。世界に誇れる代表作があっても、どこまでも謙虚で自虐ネタも忘れないのは、“83年デビュー組”特有の持ち味でしょうか。相手の話もしっかり聞いて、決して否定することなく、まずは受け止める。そして納得するまで丁寧に説明してくれる優しさがあります。昼は喫茶店でアルバイト、夕方から久石さんのスタジオで曲作りを間近に見ていた当時の生活には充実感があふれていましたが、変わらない熱量で歌い続けている今も、キラキラ輝いています。

■井上あずみ（いのうえ・あずみ）

1965年2月10日生まれ、石川県出身。1983年に「スターストーム」で歌手デビュー。1986年、スタジオジブリ・宮崎駿監督作品の『天空の城ラピュタ』エンディング挿入歌「君をのせて」の歌手に抜擢される。1988年、『となりのトトロ』主題歌の「さんぽ」「となりのトトロ」、イメージソング「おかあさん」「まいご」などを歌い、『魔女の宅急便』ではボーカルアルバムに参加して「めぐる季節」「魔法のぬくもり」などを歌唱。澄み切った歌声と確かな歌唱力で注目される。毎年全国各地で開催されるファミリーコンサートが人気で、幅広い世代から支持を受ける。海外公演にも積極的で2015年、初の中国ツアーを開催。その後、ナポリ・ロンドン・ポーランド・サンフランシスコ・バルセロナなど各地のフェスに出演。絵画でも才能を発揮し、2022年には『新院展』にて最優秀文化賞受賞。アルバム「ジブリ名曲セレクションDear GHIBLI II」は好評発売中。『井上あずみ デビュー40周年記念コンサート～Dearジブリ～』は、8/26（土）東京・なかのZERO大ホールにて開催予定。

■楽曲出典

「君をのせて」作詞：宮崎駿 / 作曲・編曲：久石譲

「となりのトトロ」作詞：宮崎駿 / 作曲・編曲：久石譲

「さんぽ」作詞：中川李枝子 / 作曲・編曲：久石譲

「もののけ姫」作詞：宮崎駿 / 作曲・編曲：久石譲