福島県で甲状腺ガンが20〜50倍の多発 岡山大学のグループが論文を発表
岡山大学大学院の津田敏秀教授(環境生命科学研究科)は2015年10月8日、外国特派員協会で記者会見をし、福島県では小児甲状腺ガンが、日本全国の平均に比べて最大約50倍の多発になっていると指摘、できるだけ早い行政の対応を求めた。
福島県では現在、原発事故発生当時に18歳以下だった子どもたち約37万人を対象に、超音波による甲状腺検査を実施している。2011年10月から2013年度にかけて1巡目検査(先行検査)を行い、14年度から2巡目(本格検査)に入っている(一部、1巡目に間に合わなかった人は14年度以降に受診)。
先行検査という名称は、はじめは放射線の影響のない状況を調べる検査という位置付けにしていたため。「影響がない」の根拠は、チェルノブイリでは事故から4〜5年後に甲状腺ガンが増えたからなどとというものだった。その後の本格検査では、20歳までは2年に一度、それ以降は5年に1度の検診が予定されている。
これまでに1巡目で約30万人、2巡目で約17万人が受診し、1巡目では113人、2巡目では25人が、「悪性ないし悪性疑い」と診断された。そのうち1巡目では113人全員の手術が終わり112人が悪性、2巡目では6人を手術し全員が悪性だった。
【資料2−1 甲状腺検査(先行検査)結果概要】
【資料2−2 甲状腺検査(本格検査)実施状況】
http://www.pref.fukushima.lg.jp/sec/21045b/kenkocyosa-kentoiinkai-20.html
津田教授ら岡山大学のグループはこの結果について「疫学で使われる標準的手法を用いて、福島県が発表するデータを解析」した論文を作成。専門家による査読を受けた後に国際環境疫学会にアクセプトされ、学会の公式雑誌「EPIDEMIOLOGY」電子版に公開された。現在は無料で読むことができる。同学会ではこの問題を重視し、予定を繰り上げて電子版で先行発表したという。
【Thyroid Cancer Detection by Ultrasound Among Residents Ages 18 Years and Younger in Fukushima, Japan: 2011 to 2014.】
論文では2014年12月31日までに公表されたデータを集計し、日本全国の年間発生数と比較、何倍の多発になるかを、潜伏期間(有病期間)を含めて補正して分析した。その結果、「日本全国と比べて最も高い所で約50倍の甲状腺ガンの多発が起こっていることが推定された」(津田教授)。低い所でも約20倍の多発になっていること、もっとも少ない地域ではひとりの患者も見つかっていないこともわかったという。
さらに津田教授は、福島県が開催している県民健康調査検討委員会などで、チェルノブイリでは4年後以後に甲状腺ガンが見つかったとしている点について、「(日本での議論で)見落とされているのは(チェルノブイリ原発事故の直後から起こっている)小さな多発。統計学的にも著しい多発になっているが、これを認めないことで福島ではなにも起こっていないという結論になっている」と指摘。現状を考えると「この後の増加(チェルノブイリで起きた5年以降の多発)がくることが避けがたい状況になっている」と分析したうえで、次のことを強調した。
「それにもかかわらず、日本ではなんの準備もされていない。アナウンスメントも間違って行われている。このままでは(状況が明らかになった時に)住民の不信を招いて行政が機能しない恐れもある。できるだけ早く言い方を変えて、できるだけ早く対策に結びつけなければならない」
津田教授はまた、記者からの「福島県には、危ないことはわかっていても住まざるをえない人たちもいる。そうした人たちはどうすればいいのか」という問いに対して、次のように答えた。
「たいした対策はとらなくても、詳細な情報を与えるだけで(放射線による)有害な暴露は桁違いに少なくなる。正しい知識だけでも教えれば、さまざまなきめ細やかな、しかもコストのかからない対策はいくらでもできる」
甲状腺の検査は福島県外でも行われている。そのうちのひとつ、茨城県北茨城市は8月25日、2014年度に6151人に対して実施した検査の結果、3人の甲状腺ガンが見つかったと発表した。検査は13年度から行われているが、初年度はがんの発生はなかった。
この結果を評価した茨城県甲状腺超音波検査事業検討協議会は、スクリーニング効果であり、「放射線の影響は考えにくい」と結論づけている。協議会のメンバーは、甲状腺の専門家が1人、外科および総合診療の医師が計3人、市の職員が2人の合計6人だ。
【北茨城市甲状腺超音波検査事業の実施結果について】
http://www.city.kitaibaraki.lg.jp/docs/2015082500032/files/koujousenn.pdf
8月26日に茨城新聞は、北茨城市市民病院の植草義史院長の「チェルノブイリ原発事故では5年後に症状が出てきていることや、日本の方が被ばく量が少ないことから、放射線の影響は考えにくい」というコメントを紹介。北茨城市によれば植草院長は、協議会のメンバーだという。
このコメントにある「チェルノブイリでは事故から5年後」だったという見方や、被曝量が少ないという推計は福島県の検討委員会と同じだ。けれども甲状腺に影響を与えるといわれる放射性ヨウ素(ヨウ素131)の、事故直後の拡散状況、被ばく状況はほとんどわかっていないといっていい。専門家の中には、半減期が8日のヨウ素131だけでなく、さらに半減期の短い放射性物質も考慮すべきではないかと指摘する声もある。
いま必要なのは、わずかなデータから結論を導いてしまうのではなく、症例を見据えて科学的な議論をし、市民に情報を提供し、予防を考慮した対策を立てることなのかもしれない。最悪の事態の想定を避け続けて汚染水問題を悪化させてしまった原発事故対応の轍を踏むことだけは、なんとしても避けなければならない。