大阪の3歳児虐待死 助けられなかった児童相談所、対応の問題点を検証
摂津市のマンションで交際相手の女性の長男、新村桜利斗(にいむらおりと)ちゃん(3)に熱湯をかけて火傷をおわせ殺害した疑いで、22日当時、同居していた無職の松原 拓海容疑者(23)が殺害容疑で逮捕されました。
どれだけ痛かっただろう、苦しかっただろう、と胸が痛くなる事件です。そしてどうして救えなかったのか、誰もが疑問を抱くと思います。
報道によると市や児童相談所には複数回の通告と相談があったとのことです。救えたはずの命です。どこに問題があり、どうして救えなかったのでしょうか。
児童相談所の対応は?
まず一部報道によると、摂津市には、母親と桜利斗ちゃんが転居した時に、リスクのある家庭として前の居住地からの引継ぎを受けていたとの事です。つまり摂津市は転居の時点で桜利斗ちゃんを要保護児童、つまり保護が必要となる可能性がある子どもとして把握した訳です。当然、見守りが必要となる児童となります。
昨年1月に、保育所から「たんこぶがある」と摂津市に通告がありました。この時点で摂津市は実際の母親の虐待を確認したことになります。この段階では母親への指導で終わり、保育所での見守りとなりましたが、市が通告を受けたのは初回ですし、見守りが出来る体制はあったので、この点は大きな問題はなかったと言えます。
ですが、今年2月に摂津市は保育所から「こぶがある」と2度目の通告を受けています。児童相談所にせよ、市にせよ、保育所から2度の通告があるというのは、異常事態です。虐待が継続、あるいは再発した、ということで、市は児童相談所に相談し、保護を検討してもうらべきでした。児童相談所はすぐに保育所に行き、桜利斗ちゃんの怪我の程度を確認し、本人から話を聞くべきでした。
そして5月には松原容疑者が母親と桜利斗ちゃんとの同居を開始し、市は母親から松原容疑者の桜利斗ちゃんへの暴力についての相談を受けていました。この時点で、さらにリスクが高まったことを市は把握した訳です。
ポイントは「リスク」対応の問題点
まだ子どもが幼児であり、自ら助けを求められないというリスク。次に、母親がシングルマザーで負担が大きいというリスク。そして母が若年であり、育児に関する知識や経験が乏しく、まだ若い故に遊びたい気持ちもある、というリスク。この3点のリスクに加えて子どもと血のつながらない男性が同居、さらに暴力を振るっている、という大きなリスクが加わったわけです。当然、ここは大きなポイントで、保護すべきだったと言えるでしょう。ですが、ここでも市は訪問によって松原容疑者に指導をするだけで終わっています。松原容疑者は「もう手はだしません」と言ったとのことですが、口頭注意だけでなぜ予防出来ると判断したのかは疑問です。そしてそれを母親は望んだのでしょうか。「なぜ相談に行ったのか」と松原容疑者に母が責められ、今後相談できなくなるリスクは考えなかったのでしょうか。母親が相談できなくなったら、桜利斗ちゃんへの虐待は隠ぺいされてしまう、ということです。
そして6月には「このままでは(桜利斗ちゃんが)殺されてしまう」と複数の母親の知人が摂津市に相談していたとのことです。そして一部報道によれば、母親は知人に松原容疑者の桜利斗ちゃんへの暴力を知人に話しており、日常的だった、という話を知人は聞いていたそうです。
摂津市は計4回の相談・通告を受けたことになります。
2~6月に3回ですから、明らかに異常事態であって、この時点で保護すべきでした。しかし市は桜利斗ちゃんに傷・あざがないという理由で、緊急性はないと判断したとの事です。
繰り返されてきた失敗をなぜ生かせないのか
傷・あざがないから緊急性はないと判断した。過去の事件でも繰り返されてきた失敗です。身体的虐待が減少し、心理的虐待が増加しているのは統計上も明らかで、傷・あざがなければ虐待はない、と判断してはいけないのです。そして、市が確認したその日にはたまたま傷・あざがなかっただけかもしれません。母親の知人たちが「殺されるかも」という危機感を抱くような状態に桜利斗ちゃんはさらされていたにもかかわらず、です。
摂津市はその後母親との面会を通して、暴力がない事を確認していた、とのことですが、当然に母親が隠している可能性があることを検討すべきなのは明らかです。母親も被害に遭っている可能性も考えるべきです。母親の「大丈夫です」という言葉を鵜呑みにして、桜利斗ちゃんは安全だ、などと考えてはいけなかったのです。
市は児童相談所に報告はしたけれど、保護は求めなかったそうです。市は、早急な保護を依頼すべきでした。そして何より問題なのは、桜利斗ちゃんから直接話を聞くべきだった、ということです。過去の事件でも同様のことがありましたが、親の意見だけ、大人の意見だけで子どもの安全を判断してはいけないのです。3歳だと詳細に具体的に話をすることは出来ないかもしれませんが、「怖い」「いやだ」とは言えたかもしれません。子どもの気持ちは置き去りにされたまま、子どもの安全を判断してはいけないのです。
そして事件の6日前から保育所は休園となっていたそうです。唯一の見守りできる機関がなくなってしまった訳です。見守りをどうするのか検討したのでしょうか。保育所休園は児童相談所にも伝わっていたのでしょうか。休園中に、見守りとして市や児童相談所が家庭訪問していれば、抑止にはなったかもしれません。
一部報道では、府警に相談しなかった問題を指摘しており、確かに全件情報共有というルールが守られなかった点は問題ではありますが、現行犯か警察は逮捕状がとれないと動くことは出来ません。一方、児童相談所は調査権も一時保護する権限もありますから、警察の助けなしでも子どもを守れる組織なのです。問題は、緊急性がなく保護の必要はない、と判断した点にあると言えるでしょう。
児童相談所が抱える課題を解決するには
何度も繰り返されている児童虐待による子どもの死。今までも書いてきましたが、やはり児童相談所の職員が地方自治体の職員の単なる移動先の一つでしかなく、児童虐待に関わりたいとは思っていない職員、知識も経験もない職員に任せているから間違った判断が繰り返されてしまうのだと思います。児童相談所で働きたい、児童虐待に関わりたい、という人間を採用する、そして1年以上をかけて児童虐待の専門家を育成する、ということが私は必要だと思っています。本来ならば、私は自治体に任せるのではなく、国がやるべきだと思っています。
そして警察との連携も、単なる情報共有ではなく、市や児童相談所が家庭訪問や安否確認をする際に警察に同行してもらう、など具体的な方法を決めてゆく必要があると思います。情報を共有するだけでは警察は動けません。私も児童相談所勤務時代にやってきましたが、危険がありそうな家庭については、周辺のパトロールを強化してもらう、子どもが外で一人でいるのを見かけたら保護してもらう、など事前にして欲しいことをお願いしておくのも一つの方法です。今まで児童相談所は見守りを保育所や保育園、学校などにお願いする他、民生委員や主任児童委員に地域の見守りをお願いしてきていますが、民生委員や主任児童委員はボランティアです。なんの権限もありません。そして保育所や保育園、学校がリスクを感じても、児童相談所が保護しないのであれば、見守りの意味もないと言えるでしょう。
子どもを救うために私たちができること
児童虐待が繰り返されない為に、私たちは虐待されているかも、という子どもを見かけたら、身近にそういう子がいたら、市や児童相談所への相談、189への通告をする、という事はやるべきことですが、それ以外にも110番するというのも子どもを救う手段です。子どもが叩かれたり、蹴られたりしているのを見たら110番。怒鳴り声を聞いた時も110番して構いません。警察は通報があれば必ず動いてくれますし、警察官が来た、というのは虐待加害者に対する抑止にもなります。
市の窓口や児童相談所は、今後子どもからの聞き取りを中心とした、より丁寧は調査をしていくべきです。そして傷・あざがなくても関係機関や知人などの情報から、リスクがあると判断したら、子どもを一時保護した上での調査が必要です。子どもは親と一緒にいると本当のことは話せないかもしれません。親も子どもを保護されれば事態の重大さに気づきます。同じような事件を起こさないために、児童相談所が改善されてゆくことを強く望みます。
※記事の一部を加筆・修正しました。