高齢労災で「竹中工務店」子会社などを提訴 高齢者の「使い捨て」を防ぐためには?
本日、9月16日の「敬老の日」を前に高齢労災の事件について、記者会見が開かれた。会見を開いた総合サポートユニオンによると、建設業界で40年以上も働いてきた68歳のベテラン測定士の男性が、工事現場で起きた労働災害の損害賠償を求めて、竹中工務店の子会社他3社を提訴したと発表した(3社の関係については後述)。
近年、60歳以上の高齢労働者が増加しており、雇用者全体に占める60歳以上の高齢者の割合は18.7%にも及んでいる(労働力調査)。それに伴い、高齢労働者の労働災害も増加しており、社会問題になっている。今年5月に厚労省が発表したところによれば、労働災害による休業4日以上の死傷者数に占める60歳以上の高齢者の割合は29.3%にも及んでいる。高齢労働者の労災のリスクは他の労働者の1.6倍にもなる。
高齢労働者は身体機能の低下によって労災のリスクが高いだけでなく、会社で弱い立場に置かれることが多い。企業側は「若くてこれからも働いてほしい労働者」と高齢者を差別して対応しがちだ。そのため、労災にあいながら、適切な法的対応を受けていない高齢者が相当数に上るものと推察される。こうした中で争われる、今回の裁判には大きな注目が集められるだろう。
この記事では、裁判の内容を見ていきながら、労災にあったときの適切な対処法について解説していく。
訴訟となった事件の概要
訴状によれば、今回提訴に至った事件の概要は次の通りだ。
原告Aさんはベテラン測量士
原告となったAさんは、40年以上建設業界で働いてきたベテランの測量士だ。1956年生まれの68歳である。測量士とは、計画通りに建設・土木工事をすすめられるよう、工事現場で土地の位置や面積などを測量をする専門職で、就業するには国家資格が必要とされる。Aさんは、専門的知識を活かし68歳になる今でも家族を支えるために働き続けている。Aさんの雇い主は三和正測という従業員10名ほどの小さな会社だった。
3次下請けの測量士だったAさん
Aさんの労災事故が起きたのは、産業廃棄物の埋立処分場・君津環境整備センターの埋立地増設工事だった。君津環境整備センターは千葉県君津市の山の谷間を利用して建設された施設で、その大きさは約426万立法メートルにも及ぶ。増設工事は、処分場に一定の廃棄物が溜まるごとに行われる大規模なもので、千葉県の条例対象事業にもなっている。
この現場のような大規模な土木工事では、重層下請構造がとられることが多い。つまり、ゼネコンが発注者から工事のすべてを請け負い、その仕事の一部を別の会社にさらに委託していく方法だ。発注者から工事を請け負った会社を元請といい、元請から仕事を請け負った会社を下請という。下請はさらに別の会社と請負契約を結ぶことも多く、それぞれの会社を1次下請、2次下請け・・・・と呼ぶ。
今回の工事の場合は、元請が竹中工務店の子会社の株式会社竹中土木であり、竹中土木が測量の仕事を委託した一次下請が株式会社グラフィック、さらにグラフィックから仕事を請け負ったのが3次下請けの三和正測というわけだ。この3社が訴訟の被告になっている。
重層下請の体制では、業務遂行の役割や責任の所在が不明確になり、安全性が低下するなど、様々な弊害が指摘されており、国土交通省も問題視している。
険しい山中で起きた労災事故
Aさんは、2022年4月4日、君津環境整備センターの現場に入り、測量業務を開始した。作業は、一次下請のグラフィックと二次下請のAさんら三和正測の混成チームで行われた。Aさんらの行った測量の目的は、工事に伴って買収された土地の境界と、森林を伐採する範囲を定めることで、作業は急斜面も多くある山中で行われた。
事故が起きたのは2022年7月21日のことであった。この日、Aさんは、グラフィックの従業員1名と、三和正測の従業員2名のチームで動いていた。事故が起きた午前10時半ころ、Aさんは、16本の木杭を束ねて右肩に担ぎ、測量の道具を左手に持って、急な斜面を登っていたという。右肩に担いでいた木杭がばらけそうになり、Aさんはバランスを崩して転倒しそうになった。手に持っていた道具類を投げ出し、踏ん張ったことで転倒は避けられたが、この際、Aさんは左膝骨挫傷の傷害を負ってしまった。
怪我をしても休ませてもらえなかったAさん
労災事故の当日、竹中土木の社員にすすめられ、Aさんは直ぐに病院に連れて行ってもらった。けが自体は後日労災扱いになり、病院代等はかかっていない。しかし、Aさんは、休むことができなかった。竹中土木は、軽作業なら可能ということで、Aさんを出勤させたからである。なお、竹中土木の担当者は、Aさん同席の受診時、医師から軽作業なら可能という確認を取っている。
実は、労災で怪我をしても休ませないことは、建設現場では、一般的に良くある話だという。労災で休業になれば、事業者は死傷病報告を出さなければならない。大規模な工事で休業災害が続けば、工事の中止が勧告される場合もある。また、下請け労働者の場合、元請との権力関係があることから、労災で休めば再び仕事を回してもらえないのではと恐れ、休業をさせないのである。その結果、労働者は本来受けることができる休業補償給付を受けることができなくなる。
Aさんの場合も、このような「労災隠し」に該当するかもしれない。実際に、Aさんは出勤しても軽作業を振られることはなかったからだ。Aさんは出勤はするものの、足が痛み、作業で山道を歩くことができなかった。軽作業もなく、測量作業もできないAさんは、7月29日までは、工事のベースキャンプで待機して1日を過ごし時間をつぶさざるを得なかった。この間、Aさんは一切就労せず、休んでいただけだ。
千葉労働局によれば、こうした扱いは事実上休業として考えられる場合もあり、もし死傷病報告を出さないために行っているとすれば、違法行為に当たる可能性もあるということだった。
後に団体交渉の中で竹中土木は、Aさんは軽作業ができるという認識で実際の仕事内容は三和正測が決めるべきことだと主張し、一方で三和正測は実際に行う軽作業について十分に検討していなかったことを認め、「軽作業がないなら休ませることも検討すべきだったのではないか」とのユニオンの問いかけに対し「認識が甘かった」と率直に認めて話している。
重層下請構造の中で、責任があいまいになり、結果として「労災隠し」を疑われても仕方のない事態が生じていたといえるだろう。
会社側の労災申請拒否
さて、Aさんはその後、コロナ感染による休職もあり、痛みはややおさまっていたが、9月7日、痛みが再発してしまう。怪我の様子がおかしいと感じたAさんは、別の病院に行ったところ深刻な怪我の可能性があることがわかり、精密検査をするようにすすめられ、9月15日からついに休業することとなった。
労災で労働者が休業した場合、4日目以降の休業日に対し、労災保険から休業給付が支給される。これには労働基準監督署に労災申請する必要があるのだが、三和正測はAさんの休業補償給付の申請を拒否した。Aさんは会社が申請してくれなければ手続きができないと思い、諦めてしまった。
さらに、休業を続けるAさんは、10月の明細を見て驚いた。たった、4万円強しか入金されていなかったのだ。事情を尋ねると休業するならと、会社は3ヶ月分の社会保険料を違法に賃金から控除していたのだ。
結局、Aさんは、労災の被害を補償してもらうことができず、「使い捨て」のような扱いを受けてしまった。こうしてもはや一人ではもうどうしようもないと考えたAさんは、総合サポートユニオンに加盟することにしたという。
ユニオンの申し入れで即日労災申請、安全配慮義務違反の経緯も明らかに
総合サポートユニオンは竹中土木・グラフィック・三和正測の3社に対し、労災申請、労災への損害賠償などを求め、10月28日、団体交渉を申し入れた。組合からの申し入れによって、休業補償給付の労災申請はすぐに行われ、11月12日には三和正測が違法に提出していなかった死傷病報告書がようやく提出された。
労働組合に加入して団体交渉を申し入れれば、会社側には法的に「誠実な交渉」を行う義務が発生する。労働者はこの権利を行使することで、違法な「使い捨て」を是正できるのである。
ユニオンは会社に対し、君津環境整備センターの増設工事における安全がどのように守られていたのかについて、説明を求め、資料の提供を各社から受けた。
交渉の中で、総合サポートユニオンは、Aさんらが日常的に行っていた職場の安全活動の中で、転倒の危険性について何度も指摘しており、Aさんの労災事故は十分予見できたということを突き止めることができたという。
もし危険がわかっていながら予防措置を取らず、さらに、事故後にはこれを隠そうとしたのであれば、もはや「高齢労働者の使い捨て」と言われてもしかたがないだろう。
法的に見ても、労働者の安全を守る義務=安全配慮義務は、企業に対し安全な労働環境を作ることを求めている。日常的に存在するリスクに対処しなかったことは、安全配慮義務違反に問われる可能性がある。その場合、労働災害補償保険の適用とは別に、損害賠償の請求が可能になる。
ユニオンは、安全配慮義務違反を根拠に労災に対する損害賠償を求めたが、3社はいずれも労働災害に対する責任を認めず、Aさんに対する損害賠償は行おうとしなかったため、今回の提訴に至った。
裁判の争点
裁判の争点は、会社が安全配慮義務違反を守っていたか、である。
Aさんらは、先に述べていた通り、転倒のリスクを会社は認識していたにもかかわらず、ロープなどの必要な保護具を用意していないなど、危険を回避する措置を十分とっていなかったと主張している。
Aさんが3社に請求しているのは、休業によって失われた収入減などの逸失利益や慰謝料など約540万円だ。
Aさんの怪我はまだ治療中で後遺症が残る見込みで、提訴の段階では請求していないものの、後遺症の等級が確定すれば、100~300万弱の慰謝料をさらに請求する予定という。
労働災害による損害は、一般的に考えられている以上に大きい。仕事ができないだけではなく、後遺症が残れば老後の生活もつらいものになってしまう。企業側には労災を発生させないように配慮する責任があるため、労働者側は被害の補償を簡単には諦めるべきでない。
最後に、Aさんは、裁判を提訴したのは自分のためだけでなく、建設現場で当たり前のように労災になっても我慢を強いられてきた仲間の労働者たちのためでもあるという。Aさんが加入する総合サポートユニオンは、敬老の日に「高齢者労災・無料相談ホットライン」を開催する予定だ(末尾)。
労働災害にあってしまった場合、「自分が悪い」と思いがちだろう。それは高齢労働者であれば、なおさらである。危険な現場で働く人々には、今回の裁判にぜひご注目いただきたい。
なお、竹中土木は筆者の本件についての質問に対し、次のように回答を寄せている。
また、グラフィックからは下記の通り回答が寄せられた。
総合サポートユニオンによる「高齢者労災・無料相談ホットライン」
9月16日(月)17:00~21:00
電話番号 0120-333-774
常設の無料労働相談窓口
電話:03-6804-7650(平日17時~21時 日祝13時~17時 水曜・土曜日定休)
メール:info@sougou-u.jp
公式LINE ID: @437ftuvn
*個別の労働事件に対応している労働組合。労働組合法上の権利を用いることで紛争解決に当たっています。
電話:03-6699-9359(平日17時~21時 日祝13時~17時 水曜・土曜日定休)
メール:soudan@npoposse.jp
公式LINE ID:@613gckxw
*筆者が代表を務めるNPO法人。労働問題を専門とする研究者、弁護士、行政関係者等が運営しています。訓練を受けたスタッフが労働法・労働契約法など各種の法律や、労働組合・行政等の専門機関の「使い方」をサポートします。
電話:03-6804-7650(平日17時~21時 日祝13時~17時 水曜・土曜日定休)
メール:contact@kaigohoiku-u.com
*関東、仙台圏の保育士、介護職員たちが作っている労働組合です。
メール:supportcenter@npoposse.jp
*外国人からの相談に対応しています。多言語に対応しています。
電話:03-6804-7650(平日17時~21時 日祝13時~17時 水曜・土曜日定休)
メール:soudan@shigaku-u.jp
*私立学校の教員の労働事件に対応している労働組合。労働組合法上の権利を用いることで紛争解決に当たっています。
電話:022-796-3894(平日17時~21時 土日祝13時~17時 水曜日定休)
メール:sendai@sougou-u.jp
*仙台圏の労働問題に取り組んでいる個人加盟労働組合です。
電話:03-6804-7650(平日17時~21時 日祝13時~17時 水曜・土曜日定休)
メール:soudan@rousai-u.jp
*長時間労働・パワハラ・労災事故を専門にした労働組合の相談窓口です。
電話:03-3288-0112
*「労働側」の専門的弁護士の団体です。
電話:022-263-3191
*仙台圏で活動する「労働側」の専門的弁護士の団体です。