「サイン、コサイン、何になる」に真摯に答えよう
社会的に影響力のある小説家や評論家が、数学や理科を理解せず、またこれらを勉強もせず、「サイン、コサイン、何になる?」と言い放ち、子供たちの理科系への興味を削いできた。しかし、科学者やエンジニアはこれにまともに答えてきただろうか。答えないのか答えられないのかわからないが、きちんと真摯に答えるべきではなかっただろうか。デジタル時代だからこそ、サイン、コサインは欠かせないからだ。
これからの社会や地域、医療、建設、鉱業、鉄道、運輸などの問題をデジタル技術で解決しようという動きが世界中で高まっている。例えば10年も前になるが、ベルギーにある半導体研究所IMEC(アイメックと発音)を訪れた時のことだ。半導体チップにウィルスを電気的に接続したり、人間の脳の働きを探ったりしていた。半導体の研究なのに、なぜバイオテクノロジーを研究テーマに含めているのか質問したところ、「がん治療に対して半導体技術は何ができるかを常に考えている」と真剣に答えた。彼らは、医療の問題、社会の問題を半導体技術で解決しようとしていた。
最近になり、デジタル技術、デジタルトランスフォーメーション、デジタル化で社会課題を解決し、住み良い社会を実現することが新聞でも報じられるようになった。デジタル技術で生活や社会を改善するためには、センサ、アナログ回路、A-D変換、組み込みプロセッサ回路、メモリ、送受信回路、電源回路、モーターなどのハードウエアと、フレキシブルに機能を変えられるソフトウエア(OSからミドルウエア、アプリケーション)を駆使する知識が欠かせない。数学と理科の知識は、ここに集約される。さらに、社会や生活というシステム全体のイメージを描くアーキテクチャ技術も必要だ。
サイン、コサインの三角関数は、波を表しており、波を利用するテクノロジーには必ず使う。また、最近のスマートフォンの通信モデム(変調・復調器)技術に使われているように、長さIと角度Qを4つの象限で表す場合にも三角関数を使う。工事現場では、三角測量で位置と高さを表すのにも使う。最近、話題になっている量子コンピュータの量子力学は、電子や光子などの粒子が波の性格を持つことからやはり三角関数を使う。地震の波や津波の予測にも三角関数が使われる。もちろん電磁波も、アンテナの設計も。
三角関数のような基本的な数学を知らなければ、あらゆる工学(Engineering)を設計できないのだ。「サイン、コサイン、何になる」を軽々しく言うべきではない。社会を構成するさまざまな産業について無知をさらけ出すようなものだ。むしろ、社会に影響力のある人間なら、せめて基本的な数学を勉強すべきではないか。
産業界は、こんな基本的な数学だけではない。微積分はもとより、数列や行列、級数展開も基礎知識としての数学も必要だ。例えば、行列演算を知らなければ、最近のAIすなわちディープラーニングの仕組みを理解できない。またデリバティブ金融商品では、近い将来に先物取引などの価格がどうなるかを予想するためには、時間を考慮した偏微分方程式(ブラック-ショールズの式)を解く必要がある。
また、半導体の世界ではDSP(デジタルシグナルプロセッサ)と呼ばれる、積和演算専用のマイクロプロセッサのチップがある。理科系なら、収束する関数であれば、級数に展開できることも基本的な数学として学習してきたはずだ。この級数展開こそ、積和演算そのものである。自然現象を数式で表現するには複雑な関数になることがよくあるが、さまざまなアルゴリズムを考え出しても解析的に解けないなら級数展開して数値演算に落とし込むことは、さまざまな設計の常套手段。このためにDSPが威力を発揮する。
ハイテク業界だけではなく、さまざまな業界がデジタルトランスフォーミングを通して、生産性を向上させ、生活を改善するために、STEM(科学、技術、工学、そして数学:Science, Technology, Engineering, Mathematics)の必要性が最近叫ばれている。STEMに必要な要素の一つが、サイン、コサインである。だから、物理学や電磁気学、機械工学、熱力学、流体力学などに加えて数学は必須になる。これらはモノづくり現場には欠かせない。
(2018/05/10)